27.王子妃様ご着用
先日、“夜空”をテーマにした美しい夜会が開かれたという噂が王都を駆け巡った。
女性の憧れである三人の王子妃様たちが身に付けていたのは、満天の星が輝く美しい藍色の絹織物のドレス。それぞれ嗜好を凝らした仕立てで、それはもう筆舌に尽くしがたい素晴らしい意匠を披露されたのだとか。
その様子が絵姿として世間に出回ったのだけど、三人の王子妃様はクラヴァン・トレード商会が献上したへアクセサリーを身につけて参加してくださり……!
――皆様が他国の文化を知るいい機会ですから、わたくしたちもお手伝いさせていただきますわ。
ネルさんによると、そんなことをおっしゃってくださったそうだ。
抜かりのないネルさんは夜会の翌日から同布を使った髪留めとカチューシャとリボン付きヘアゴムを、“王子妃様ご着用デザイン”という触れ込みで売り出したのだけど、もはや端切れのレベルではない商品数を販売することに。
多すぎる布地を確保したネルさんに尋ねると、「一巻き余ったから……」と目をそらし。ヴィスさんいわく「王子妃様たちと同じ布地でドレスをつくれる令嬢はいませんから」とのこと。つまり、行き先を失った余った生地を全て譲り受けてきたのだ。
店舗を持たないクラヴァン・トレード商会は取引先に商品を下ろしているのだけど、販売を任せた店には朝から人が押し寄せ長蛇の列。限定品の告知を出してから、一日足らずで商品は底をついたのだとか。
倉庫兼事務所で大成功の報告を聞いた私はほっと息を吐いた。売れるとは思っていたけど、こんなにあっという間に完売するなんて、さすがは王子妃様人気にあやかったことだけある。
そんな私の背中に、消え入るような声が掛けられた。
「……リュシアさん、改めて、あの時は……本当に、申し訳ありませんでした」
振り返ったそこにはかつてアルフェネ商会を支えていた面々。今はクラヴァン・トレード商会の制服を着ている。泣きそうな顔で頭を下げる彼らに、私は笑いながら答えた。
「何度も言っているじゃないですか。本当に気にしてませんから。こうしてまた一緒に働いてくださるなら、それだけで十分です」
「でも僕たち……」
「本当に、あの時は裏切るような真似を……」
「もう謝らなくて大丈夫ですよ。今があるなら、過去は過去です」
話を聞けば、二か月もお給料が未払いだったとか。本当にダリオは何をやってるのかしら。経営者として従業員の生活を守る義務があることすら理解していないだなんて。
ご家族がいる従業員も多い。さぞ生活が大変だったろうと眉根を寄せていると、奥で棚を整えていたネルさんが、聞こえるように盛大に舌打ちした。
「……甘過ぎるだろ。リュシアはやさし過ぎる」
「……ネルさんったら」
オーナーでもあるネルさんのあからさまに不機嫌な態度に、やっと顔を上げた彼らがまた下を向いてしまう。
「でも、困っていたみんなを雇ってくださったじゃないですか。ネルさんもやさしいです」
「お、俺は効率を考えただけだ! 急ぎで作らないといけなかったし、手が足りなかったから」
ぶつぶつと悪態をついているけど、ネルさんこそ優し過ぎて困っている人を放っておけないことを、身をもって知っている。……照れ屋ってこともだ。
「ふふ、そういうことにしておきますね」
彼らはネルさんにもそっと頭を下げた。
「ありがとうございました、商会に置いていただいて」
「……リュシアに感謝しろ。俺は彼女の言葉に流されただけだから。……だけど、短納期を高い品質で仕上げてくれて助かった。……いい仕事をしてくれた」
ネルさんはそう言いながら、棚の書類の微妙な並びを修正していた。全く必要のない作業なのに照れ隠しなんだろうな、と笑ってしまう。
そんなネルさんの口の悪さとは裏腹のやさしさに、みんなだって気づかないわけがない。笑みをこらえながら俯く彼らに「なんだよ……」とネルさんが不機嫌そうにこぼした。
和やかな笑い声に囲まれ、クラヴァン・トレード商会がまた一回り大きくなった頃。ネルさんがヴィスさんと仕入れのため二週間出かけることに。
「気を付けて行ってきてくださいね。あの、ヴィスさんへもお守りを作ったので受け取っていただけますか」
ヴィスさんは無言でわずかに目を見開いたものの、「……はい」と小さく頷いた。彼に渡したのは安全祈願のストラップだ。“終始安全な移動になるように”と願いを込め、ストラップの先に紋様を施した。
ヴィスさんはどこにつけようか迷ったのか、ごそごそとポケットを漁り、最終的に内ポケットにしまっていた。
その様子をジト目で見ていたネルさんにも顔を向け、「はい」と手渡した。
「え……俺にも? いいのか?」
「もちろんですよ。お二人とも気を付けて行ってきてくださいね」
「……おぅ。こっちのこと、頼んだぞ。みんなには残業させずに早く帰らせてくれ。夜道は危ないから特に女性な。んんっ! …………リュシアも明るいうちになるべく帰るように」
「ふふっ、はい。そうさせていただきますね」
商会の前で見送る私に、ネルさんは何度かちらちらと振り返りながら出発していった。
「……ネルさんって、本当に従業員想いでやさしい人だわ」
いい人と巡り合えてよかったな、と思いつつ、私は彼らの背中が見えなくなるまで見送った。
こうしてネルさんとヴィスさんが不在となり一週間が経った頃――。
いつもと変わらず、多くの人や物で賑わうクラヴァン・トレード商会に、招かれざる客が訪れた。
「リュシア! おい、いるんだろ、返事しろよ!」




