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元婚約者に全てを奪われたので、祈りの刺繍で人生立て直したら雇い主がまさかの王子様でした!?  作者: 魯恒凛


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26.私の加護(セリナSide)

 「縫いには魂が宿る」なんて伝説があるせいで、古くから刺繍文化が盛んなこの国。はっきり言って刺繍は好きじゃない。集中力が続かないし、目も痛む。何時間も同じ姿勢で指よりも小さな範囲に何百針も通すなんて正気の沙汰じゃない。美容にだって悪いわ。


 だけど、美しい刺繍を見るのは好き。持っているだけで賞賛の言葉を浴びられるのもの。だから刺繍がとてもうまいというリュシアの噂を聞いて近づいた。

 ちょうど両親を亡くし、貴族から平民に落とされたリュシアは学園でも居心地が悪そうにしていた。手の平を返すような周囲の態度に眉を顰めずにはいられなかったけど、これが社会というもの。特になんとも思わなかった。でも、彼女の刺繍技術は捨てがたい。だから周囲の目を気にせず、リュシアと仲良くした。


 単純なあの子は最初は警戒していたものの、徐々に私を親友だとでもいうように、いつも微笑んでいた。

 刺繍をねだれば仕方がないわねと眉尻を下げ、翌日には目の下にクマを作りながら持ってくる始末。一週間はかかると思っていたのに、私を悦ばせたいのかと思うと申し訳ないのと同時に自尊心が満たされた。

 

 私の言うことなら何でも許してくれるリュシア。かわいいのにおしゃれには無頓着で、頭の中は刺繍のことばかり。そんな彼女が突然、男を居候させ始めてどんなに驚いたことか。聞けば学園で二つ上だったダリオ・ヴェレドだというじゃない。

 正直羨ましくてたまらず、家に行ってみればそこにはすっかり落ちぶれたダリオ。騎士として活躍していると思いきや、怪我で荒れ果て子爵家からは勘当された腐った男に成り下がっていた。

 捨て犬のようなダリオを仕方なく拾ったリュシアに、あの子らしいと思いつつ、どこかほっとしていた。

 

 ――ああ、リュシアってばいつも貧乏くじを引いちゃうんだから。

 

 それでも刺繍をねだりに行く度に、ダリオは少しずつ立ち直り、昔のような輝きを取り戻していった。その過程を一緒に見ている間に、私の方がダリオと気が合ってしまったんだから仕方がないじゃない?

 

 彼が騎士として復活した頃、私も王宮侍女として箔をつけろと無理矢理働かされることになり、王宮でも顔を会わせるうちに二人で会う機会が増えていた。

 最初は人気のない王宮の死角で、そのうち街の酒場の二階の連れ込み宿で。

 徐々に大胆になり、リュシアが買った新居でも逢引きを重ねるようになっていた。


 親が遺してくれた遺産に繁盛店まで。それに花形職業でもあり騎士のダリオを恋人に持つリュシアが、この頃になると羨ましくて仕方がなく、どうしようもなかった。

 私はといえば、今までの奔放な恋愛遍歴のせいで婚約者が見つからず、親よりも年上の年寄りの後妻くらいしか嫁ぎ先がないといわれ、焦りが生じていたのもあり……。

 あんな形でバレるとは思わなかったからリュシアには悪いけど、ダリオと結託して家と店をいただくことで、私はようやく幸せを掴めると思った。だって、騙される方が悪いじゃない?

 

 それに、恋人間の共同財産だったわけで、リュシアだってたまたま親から引き継いだだけでしょう? ずるいわ、そんなの。


 職場で大騒ぎでもされたらさすがにヤバいなと思ったけど、あのリュシアにそんなことをする勇気があるわけもなく、呆気ないほど簡単に豪華な新居と繁盛店が手に入ってしまった。今まで手が届かなかった宝石もドレスも買いたい放題。

 王宮侍女という立派な肩書きもでき、ダリオとも来年豪華な結婚式を挙げる約束をして、充実した毎日を過ごしていた頃だった。

 

 リュシアが刺繍したハンカチを持ち歩いていたら、ある日他の侍女が話しかけてきたのだ。

 

「それ、可愛いですね。あの……見本にしたいんですけど、貸してもらえますか?」

「え? ええ、もちろん」


 相変わらず、ハンカチの刺繍はこの国のコミュニケーションに欠かせない。リュシアとは絶縁状態だけど、何枚も持っていてよかったわ。

 私はその侍女へ惜しみなく貸し出した。容姿に限らず、褒められるのって気持ちいいんだもの。


 でも――次々に“恋が叶った”って言われるようになってから、周囲の目が変わった。


「もしかして、その刺繍って加護があるんじゃないですか?」

「セリナ様が縫ったんですよね? すごい……聖女様みたい!」


 聖女だなんて。そんな呼ばれ方されたの、当然ながら初めてだった。

 戸惑ったし、私は聖女なんて立派なものじゃないけど、否定する理由もなんだか見つからなくて。だって、現に奇跡は起きているんだもの。


 噂はどんどん広まって、王宮の外からも名前を聞きつけてくる人が出てきた。


「息子の嫁に欲しい」

「あなたを後援したい」


 ――そんなことを言われるたびに、くすぐったくて、ふわふわして。まるで雲の上を歩いているような感覚だった。

 

 わかってる。刺繍をしたのは私じゃない。でも、持っていたのは私。願っていたのも私。だから、その力が宿っているのは私だって、思ってもいいわよね?


 もし、誰かの恋が私が持っていた刺繍で叶い、その祈りが愛に変わるのなら……男に愛されたこともないリュシアより、やっぱり私の愛の加護のおかげに間違いないわ。


 噂が噂を呼び、引っ切りなしに声を掛けられ、手紙とプレゼントの山で寮の部屋の片隅が埋め尽くされた頃。

 

 宰相補佐を務める第二王子エルディオス様からお呼び出しがあった。


「え? 今日から王宮の貴賓室に?」


 慌てて頭を下げ、「しょ、承知いたしました」と答えたものの、笑いが止まらない。

 

 ああ、とうとう人の世話をするのではなく、される側に回るのね。聖女としてこの国で愛される唯一無二の存在になるんだわ!

 近づくことすら許されない三王子妃様。あの方たちのようになれたらとどんなに願っていたことか! とうとう夢が叶うのね!


 王子妃様たちのような人気者になる日を夢見て、私は意気揚々と貴賓室がある宮殿へと向かったのだ。


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