24.端切れビジネス
「三人の王子妃様といえば……王太子妃様はその品位と知性が、第二王子妃様はその美貌と社交性が、第三王子妃様は親しみやすさと優しさが国民の憧れですよね」
「……………………そうなの?」
ネルさんの苦虫を嚙み潰したような顔に、ヴィスさんが「……ネル様」とひと言。
流行には敏感な人なのに、王子妃様の話題には疎いのかしら。まあ、確かに男性というより女性人気が高い方たちだけど。
私がペンを動かす音がさらさらと響く。二人はスケッチブックをじっと見つめたままだ。
「……こんな感じはどうでしょう」
「へぇ、端切れからいろいろ作れるんだな」
「あの……王子妃様のドレスと同布の触れ込みで販売できるなら、それぞれの王子妃様にあやかれる商品はどうでしょう」
私の言葉にネルさんがヴィスさんと顔を見合わせた。
「え? どういうこと?」
「この美しい紺地に映える金糸や銀糸を使って文様を刺繍するんです。王太子妃様の“知性”にあやかりたい方は入試祈願や面接の成功を願って身につけると思います」
「知性か……」
ネルさんの口角が上がり、ヴィスさんが小さく何度も頷く。
「第二王子妃様なら……“人気運”を呼び寄せる文様でしょうか。第三王子妃様なら“人間関係の調和”にあやかれるとか」
「……いいかも」
「どれも人気が出そうですね」
ネルさんとヴィスさんは興奮した様子で顔を見合わせ、楽しそうに販売価格を話し合っている。
「でも……。王子妃様が使用されたという触れ込みは嘘じゃないから許されたとしても、こうもお名前を大々的に使うのは問題になるんじゃないでしょうか」
だって、こんな風な商売の仕方が許されてしまったら、ちょっとした高級品に王子妃様のお名前が安易に使われてしまうかも。そうしないのは、王家を怒らせて捕まったりするのが怖いからだわ。
……不安な私とは裏腹に、二人は大丈夫とにこにこ顔だ。
「一応販売前に試作品を見せにいくから大丈夫だよ。……許可をもらわないと後々面倒くさそうだし」
「あっ、そっか。ネルさんは王宮にも商品を下ろしているから、王子妃様たちとも面識があるのね? すごいわ」
「……へ? あ、あぁ、……うん、そうなんだ……」
ん? どうしてそんな尻すぼみなのかしら。もしかして圧倒的存在感を前に、毎回プレッシャーで大変な思いをしているとか?
……なんだか気の毒になって眉尻が下がってしまう。ご機嫌を損ねないように、気に入っていただけるものを作らないと、ネルさんが叱責される事態になるのかも。
「じゃあ、さっそく試作品を作ってみましょう」
「なあなあ、リュシア。俺、このカチューシャと……こっちのは髪留めとヘアゴムだよな。三種類欲しい。三つあればどれかしらは気に入るんじゃないか?」
「あ、なるほど。……ネル様、三種類作ればすべて買う人が現れるかもと思っていますね?」
ヴィスさんの言葉に、にこにこ顔のネルさんは腕を組みながらうんと頷く。
「三つセットなら少し割引するってことにすれば欲しくならないか?」
「すっかり商売人ですね」
「わぁ、ネルさんすごいです。全然思いつきませんでした」
ネルさんはヴィスさんと私に褒められて急に照れくさくなったのか、視線をふいと外した。
「じゃ、じゃあ、決めよっか。カチューシャ、髪留め、ヘアゴムってことで。リュシア、この布以外に何が必要なのか材料を書き出して欲しい。ヴィスは端切れをどのくらいもらえるか交渉だな」
「はい。それぞれ、どの王子妃様のイメージにします? 文様は先ほどのものを古代語にすると素敵だと思うんです」
こうして私たちは屋台で買った揚げパンにかぶりつきながら、新商品のアイディアを遅くまで話し合うことに。
すっかり夜も更けた頃、ようやく商品の具体的なイメージが固まったのだ。
疲れたけど心地良い倦怠感と人気商品になること間違いなしのデザインに、興奮して眠れそうもない。
「遅くまで悪かったな。リュシア、早く休んでくれ」
「はい、ここを片付けたら休みます。……あの、ネルさんとヴィスさんは今日どうされるんですか?」
「う~ん。もう遅いし、俺たちも泊まるか」
「そうですね」
珍しく二人とも泊まっていくと言ったこの日。
広い屋敷の中で一人眠る夜はどこか寂しかったのだけど、なんとなく人がいるという安心感で、天井を見つめながら自然と口角が上がっていた。
端切れをどのくらいもらえるのかわからないけど……。
たくさんもらえたらそれだけ仕事にもなるはず。心のどこかでアルフェネ商会を辞めた従業員たちを雇ってもらえたらいいな、と願いつつ。
私は明日の朝から一刻も早く、試作品を作ろうと心に決めたのだ。




