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23.何も知らない

 手首の青痣も黄色くなり、ほとんど気にならなくなった頃。

 久しぶりに屋台通りに足を運ぶと、店主たちが申し訳なさそうに眉を下げていた。


「……リュシアちゃん、あの日はほんとすまなかった」

「騎士に睨まれたら店ごと潰されるかもって思って……」

「大丈夫ですよ。何ともありませんでしたし。気にしないでください」


 微笑んでそう言うと、店主たちはどこかほっとしたような顔に。そのうち、したり顔で目配せしだすと、「それで」と一人の店主が切り出した。


「あの紫紺の髪の男の人なんだけど……」

「?」

「その、リュシアちゃんの新しい彼氏か? 見た目も態度もえらい男前だったな」

「ち、違いますよ。職場の上司です!」


 慌てて顔の前で手をブンブンと左右に振る。彼氏だなんてとんでもない!

 ネルさんの出自は知らないけど、普通の平民ではないことは確かだもの。私とじゃとてもじゃないけど……そう思った時、ふと思った。


 ――そういえば、私、ネルさんのこと何も知らない……。


 家名は言いたくないのかと思ってあえて聞かないようにしているけど、普段どこに帰っているのかも知らない。私が寮として住まわせてもらっているあそこは別邸みたいだし……。

 好き嫌いも頑なに口にしないし、お兄さんがいることは会話の流れで偶然知ってしまったけど……絶対、貴族よね? もしかしたら、婚約者もいるのかしら。

 ううん、結婚してる可能性もあるかも? ……それはないかな。ううん、やっぱりありえる。

 ……週の大半はどこか別の家に帰っているし、……やっぱり家庭があるのかもしれない。


 そう考えたら、なぜか、胸がちくりとした。

 ……一緒に働くようになって仲間意識が芽生えたから、秘密主義のネルさんがなんだか寂しく感じるのかしら。


「ふ~ん? そういうもんかねえ」

「でもなんだか、えらい大事そうにしとったなあ」


 その言葉に思わず苦笑いする。ネルさんはそういう人だ。懐に入れた人のことをとても大切にする。それは私だけじゃなく、従業員に対してもだ。


「ふふっ。もう恋はこりごりです。これからは仕事に打ち込みます」


 私はそう言いながら、揚げパンと果物をいくつか買っていく。……今日は、ネルさんとヴィスさんも来ると言っていたし、もしかしたら一緒に食べるかもしれないから、大目に買って行こうかしら。


「でもさ、あの紫紺の男前――」

「どう見ても、ただの上司じゃねえよな」


 もう……違うって言ってるのに。屋台通りの店主たちが噂好きなのは昔からだから仕方がない。


「じゃあ、また来ますね」


 まあ……また目新しい話題を見つけたら、すぐに興味が移るだろうなと思い、私は眉を下げながらその場を後にした。


 *


「リュシア、これ見てくれよ」


 ネルさんとヴィスさんが来るのを待ってから食事をしようと、買ってきたものを広げていた私の元へ、ネルさんが興奮した様子で帰ってきた。手にしていたのは絹織物だ。

 深い藍色の絹織物は光の加減でキラキラと煌めく。まるで夜空の中に星が瞬いているかのような美しさに思わずうっとりしてしまう。


「わぁ……素晴らしいですね」

「隣国の山岳地帯に伝わる織物なんだ。冬の厳しい環境の中、数か月も家に引きこもってこの織物をひたすら織るらしい」

「きっと満天の星が輝く美しい場所なんでしょうね」


 絹特有の艶があることはもちろん、肌に吸い付くような滑らかさは紛れもない特級品だ。ランクの高い希少な生糸を使っていることは間違いない。


「すごく軽い……。これ、ドレスにしたら綺麗だろうなぁ」

「そう。リュシアの言うとおり、この布は王族用のドレスに加工される予定なんだ。でさ、端切れって絶対出るじゃん? それを使って商売に使えないかなと思って」

「え? 端切れとはいえ、そんな貴重な布を下げ渡してもらえることは可能なんですか?」


 もし、王妃様や王子妃様ご愛用のドレスに使われた布地を使った商品なんて出たら……。すごい人気になりそうだ。


 ここエリザナス王国の王族たちは正妃一人を愛し抜く愛妻家ばかりとして知られ、国民の自慢のひとつでもある。国王と王妃様も仲睦まじいご夫婦として有名で、四人の王子様たちもとても仲が良いのだとか。

 王妃様は国民の母として慈愛に満ちた素晴らしい方だけど、王子妃様たちの人気の高さもすさまじいのだ。

 

 王太子妃レマリア様はその交渉術と政策に長けた頭脳で数々の外交を成功へと導いたことで知られている。

 第二王子妃シェリル様は流行を生む審美眼と社交術の持ち主として社交界の頂点へ君臨し、第三王子妃アニス様は柔らかな笑顔と人あたりの良さで、平民から貴族まで高い支持を得ている。


 それぞれにファンが多く、“王妃様も召し上がられたスイーツ”や“王子妃様ご愛用の口紅”なんて触れ込みで、商品が店頭から消えることもしばしば。

 だから、もしも端切れを利用できるのなら、これは大きなビジネスチャンスになること間違いない。


 そう口にすると、ネルさんは「そうなんだよ」とうれしそうだ。


「今まで捨ててたって言うし、それなら活用した方がいいだろう? 特にこんな貴重な絹織物は普段手にできない人にも他国の文化を知ってもらえるきっかけになるし、端切れを使った商品なら価格も抑えられる」

「ドレスを作る機会がない平民でも、小物なら頑張って買えるかもしれませんね」

「だろう? 何かいいアイデアあるかな」 

「それなら……刺繍入りの小物をいくつか考えてみましょうか」


 私はスケッチブックを取り出し、思いついたデザインから書き込んでいく。


「ネルさん。ちなみにその絹織物はどなたのドレスになる予定なんですか?」

「これは三人の王子妃それぞれだな。……喧嘩にならないように」

「ん? 今なんて言ったんですか?」

「いや、何でもない。お三方それぞれにお届けする予定だよ」

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