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12.想定外(ネルSide)

 俺がリュシアの病室から廊下へ出ると、そこには相変わらずの無表情で壁にもたれているヴィス。目が合ったとたん、淡々と口を開いた。


「……行きずりの相手を雇うと?」

「いや、その……んんっ! 人手探してたじゃん。真面目な子っぽいし、悪くないかなって」


 つい、言葉が尻つぼみになる。その場の勢いで言ってしまったが……。ヴィスは横目で俺を見た。

 

「なるほど。それにしても、まさか、彼女を助けられるとは思いませんでした」

「いやいやいや、あの状況で放置できないだろう?」

「自ら抱えて病院に走っていましたね。私もいましたし、あなたが右手を軽く上げるだけで四方から護衛が飛んでくるのに。部下に指示すればいいものを」

「……おい、ヴィス。おまえ、さっきからちょいちょい批難してるよな?」

「ネル様がお人好しすぎるからです」


 俺は顔を逸らしながら、ぶつぶつと言い訳の続きを探すようにしてみたものの……。正直言って、リュシアを病院へ運んだのは衝動的な行動だ。っていうか、人として目の前で倒れられたら運ぶのが普通だろう?

 それに……寝言でもずっと謝っているリュシアに少し同情もしてしまった。


「……なんか、痛々しくて。よくわからんが、放っといたらダメな気がして」

「何がダメだと思ったのですか?」

「目がやばかった。あれ、危う過ぎて見てらんない」


 言った瞬間、俺は自分で恥ずかしくなった。……いや、リュシアのことよく知らないのに、何言ってんだ。手で後頭部をかきながら舌打ちした。


「つーか、おまえ、なんでそうやっていちいち突っ込んでくんだよ、鬱陶しい」

「指摘しないとネル様がどれだけ情に厚いか、誰も気づきませんからね」

「はあっ!? おい、ヴィス、今なんつった!?」

「しっかり聞いていましたよ? “うちに来い”でしたか。たいへん心強く、響きの良いご命令でした。……一周まわって求婚のようでもありましたね」

 

 頬がかぁっと熱くなる。そう言われていれば、求婚しているみたいだ。

 

「もう黙れ!!」


 叫びながら歩き出す俺の背中に、ヴィスが口角を持ち上げたのが見なくてもわかる。……くそぉ。からかわれるのを覚悟で言うしかない。


「……ヴィス。あ~……、その、住み込みって言った手前、リュシアが退院したら住める家を用意しておきたい。そうだな……商会の近くで、広すぎず狭すぎず。大通りに面していて治安がいいアパートとか」

「ああ、そんなことおっしゃってましたね。家がないようですし、確かに事務所に寝泊まりされていては困ります。寮扱いでよろしいでしょうか」

「そうそう、それ! 寮だ、寮!」

「では、物件の候補をただちに手配します」

「うん、頼む」

「変わりませんね。ネル様は昔から捨て犬、捨て猫の類を見れば放っておけず、王宮に連れ帰っては――」

「ぐわぁっ! もう言うなっ!」


 俺は両手で頭をかきむしった。


 そういえば、そろそろあっちにも一旦帰らないと、めんどくさいことになりそうだ。……あの人に根回しをしとくか。


 *


 かつ、かつ、と石畳を踏む足音が静かに響いた。昼下がりの王宮は、いつにも増して静まり返っている。広間の窓から差す光は白く、整いすぎた空気が肌に刺さるようだ。


 俺はため息をひとつ吐き、重たい扉を押し開けた。

 そこには長机の奥で資料を整理していた第二王子・エルディオスの姿。胸まである紫紺の髪を束ねた兄が、眼鏡を持ち上げながら振り向いた。


「……一人で仕事してんの?」

「おかえり、エルネリオ。逃げていた割には、ずいぶん堂々と戻ってきたじゃないか」


 賢そうで冷たそうな兄から、だいたい予想どおりの皮肉が返ってくる。


「逃げてるわけじゃないけど……」

「隣国の王女からの手紙、おまえの机の上で埃を被ってるよ。いくら嫌だからって、抗議の仕方が幼稚すぎるぞ?」

「……政略結婚でもさせられたら最悪だ。しかも婿入りだなんて」

「まだそこまで話は進んでいない。何も倉庫の片隅に寝泊まりしなくても……」

「床が硬いと、意外と寝つきがいいって知ってた?」

「私は羽毛の寝台しか知らないな」

「だと思った」


 ふっと笑い合う。が、すぐにエルディオス兄さんの目元が鋭さを取り戻した。


「……で? 逃げるのは構わないが、どうするつもりなんだ?」

「容姿しか利用価値がないって言われるのが嫌なんだ。一番上の兄は王太子。兄さんは王太子の片腕、下の兄さんは剣振ってて民衆の英雄。でも俺は、“第四王子”って肩書以外に、何も持ってないし」


 エルディオス兄さんは静かに机に肘をつき、指を組んだ。


「おまえが何もしないことで傷つく国益は特にない。けれど、何かをすることによって巻き込まれる人間は常に生まれる。それでも、自分の場所を持ちたいと思うのは理解できるよ」

「皮肉じゃなく?」

「八割皮肉だが、二割は本音だ」


 俺は肩をすくめた。


「商会をつくったんだ。最初はただなんとなく、俺にもできるって証明したかっただけだけど。でも、今は真剣にやりたくなった」

「商売だと? 王子の立場で?」

「身分は伏せてる。パーティーやら茶会やら親善交流やらで身に覚えのない賞賛に愛想笑いする生活より、商会はこれからやるべきことが山ほどあって、考えてるとわくわくする。……兄さん。俺は商いを通じて我が国の文化を他国に広めることで、外交の役に立ちたいんだ」


 エルディオス兄さんは少しだけ黙ってから、ペンを置いた。


「王家の影が必要な場面があるなら言ってくれ。正式な関与は避けるが、庶民の生活を聞かせてもらえるなら、十分対価に見合う」

「へぇ、こっそり応援してくれんの? ずいぶん優しいじゃん」

「ったく、こいつ。頭の固い王太子と脳筋の第三王子じゃ話にならないと思って俺のところに来たんだろ? ちゃっかり者の第四王子め」

「へへ。というわけでエルディオス兄さん、隣国の王女と縁談が持ち上がったら、さりげなく却下しといてね」


 俺は笑い、エルディオス兄さんもそれに目元だけで応じた。


「……いいだろう。その代わり、週の半分は王宮で暮らすこと。いいな?」


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