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元婚約者に全てを奪われたので、祈りの刺繍で人生立て直したら雇い主がまさかの王子様でした!?  作者: 魯恒凛


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10.返して!

「ん? なんだか騒がしいわね。何かあったのかしら」


 二階の奥にある作業室で早朝から刺繍代行の仕事を始めていた私は、嫌な胸騒ぎがした。作業台に広げたものを一旦しまい、売り場である一階へ続く階段を降りていく。


 騒然とする店内には見知らぬ黒服の男たちと揉める従業員たちの姿。九割以上が女性客のこの店において、こんなにも多くの男性が訪れているだなんて異常事態としか言いようがない。


 彼らに指示をしている人物を目にした時、心臓がどくんと脈打った。


「ダリオ……?」

 

 それに、腕を絡めているのはセリナだ。もう顔を合わせることもないと思ったのに、一体何をしに来たのか理解できない。私は慌てて駆け寄った。


「まだ開店前なんですが、どんなご用件で……」


 もう赤の他人だと言わんばかりに敬語を使うと、ダリオは胸を逸らし、私を見下ろしながら鼻で笑った。


「よお、リュシア。元気そうじゃねえか」

「……店に押し掛けるなんてどういうつもり? 営業の邪魔をするつもりなら衛兵を呼ぶわよ」

「はははっ! 威勢がいいな~、リュシア。だけどな」


 もったいぶるダリオとその腕に胸を押し付けているセリナ。私が眉間にしわを寄せていると、彼らは口角を上げた。

 

「今日から俺がここのオーナーだ」

「……え?」


 ぱちぱちと目を瞬かせる私に、ダリオは一枚の書類を掲げた。


「ほら、店の権利証。いや~、案外ちょろいな。あははっ! ……おい、なんだよ、その顔。偽物じゃないから、よ~く見てみろよ」


 ――どういうこと……? 権利証は……隠し金庫に入れてあるはず。

 目の前に突き付けられた権利証は、確かにこのアルフェネ商会のものだ。


「そんな……、そんなはず……」


 信じられない。権利証の置き場所はダリオにも教えていないもの。私は身を翻すと階段を駆け上がり、事務所の奥へ駆け込んだ。

 帳簿棚の裏に手を伸ばし、隠し扉を開けたそこには――。


「……うそ」


 がらん、とした金庫の中。 大事に封筒に包んでいたはずの書類が、影も形もなく消えていた。


「何かの間違いよ……そうよ、間違いに決まってる。どこか別の場所に移したんだったかな……しばらくここは開けていなかったから、置くとしたらどこだろう……」

 

 爪を噛みながらぶつぶつ呟いていると、背後から声を掛けられた。


「あの」

 

 ゆっくり振り返った私の目に映ったのは、二十代半ばのジェニー。知り合いであるシレーヌ商会の娘さんで、恋の噂が絶えない人だ。


「……それ、私が。ダリオさんに頼まれて、権利証を渡しました」

「っ……!? 今、なんて……」


 一瞬、その言葉が理解できなかった。


 ――ダリオに渡したですって?


 よろよろと近づき、彼女の両腕を掴んだ。思わず声が震えてしまう。


「ど、どうして……? ジェニーも商会主の娘なら知っているでしょう? 権利証の類がどれだけ大事かって……」

「はぁ。確認したいって言われて……。オーナーの婚約者ですもん。断れないじゃないですか。私のせいにしないでくださいよ」


 ジェニーは私の手を振り払うと、投げやりに答えた。

 

「そんな……」

「なんか店ヤバそうだし、私、今日で辞めますから。もう関係ないので」


 悪びれた様子もなく、部屋を出ていくジェニーの後ろ姿に唖然とした。ジェニーは身元がしっかりしていて、信頼している商会主の娘だからと……経理を預け、金庫の開閉まで任せていた女性だった。


 膝の力が、がくりと抜け、その場にへたり込んだ。

 項垂れる私の元へ、コツコツと近づく足音。頭上からダリオの声がした。


「ほら、本物だったろ? お~い、それじゃあ、始めてくれ!」


 はっとして顔を上げると、ダリオが男たちに指示を出していた。


「いったい、何を……」

「何ってまずは看板の付け替えさ。アルフェネ商会からヴェレド商会に名称変更したからな」

「そんな……!」

「これからはセリナの顔の広さを活かして富裕層向けにラインナップを絞っていくつもりだ。高級路線にした方が実入りがいいのに、リュシアは商売が下手だったからな。安心しろ。おまえのご両親に恥じないように、繁盛させるから! わっはっはっ!」

「……して」

「ん?」

「返して……この店だけは……!」


 床に崩れ落ちたまま、私はダリオの足元に縋り付いた。みっともないってわかってる。だけど、この店だけは奪われるわけにはいかない。


「お願いです、この店だけは……!  両親から受け継いだ大切なお店なんです……!」

「ん~、どうしよっかな~」


 おどけたように「う~ん、う~ん」と首を傾げ、悩んでいるふりをするダリオ。


「…………うん。やっぱり、だめ~」


 言葉を区切り、彼は私をからかうように笑った。


「もうおまえとは終わってるし、これはビジネスだから。悪いな、リュシア」


 まるで戯れ口のような扱いに、奈落に落とされたような心地だ。


「ビジネスって……あなたが権利証を盗ませたんじゃない! お願いよ……、私からこの店を奪わないで……っ」

「いやいや、盗ませただなんて人聞きの悪い。証拠はあんのか? 書類もこっちにあるのに、ひどい言い草だな」


 ……ああ、これは人を見る目がなかった私への天罰なの?


「ああ、お願い……お願いします、ダリオ、お願いよ……どうか、取り上げないで……」


 涙が頬を伝い、床にぽたぽたと染みていく。ダリオは私が泣いている姿すら楽しいのか、その唇が弧を描く。


「安心しろ、リュシア。従業員はそのまま雇用してやる。ああ、おまえも雇ってやるぞ? ……セリナを女主人としてちゃんと敬えるならな」

「そんな……!」


 セリナは髪をいじったり、宝石に指を絡めたりしていたけど、私と目が合うとにっこり微笑んできた。

 

「リュシア~、ごめんね。あんたのもの、いろいろ奪っちゃって。だけど、これからも仲良くできるわよね?」


 呆然とセリナを見上げる私に、ダリオが不機嫌そうに言い放った。

 

「……おい、できないなら出ていけよ」

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