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ただしイケメンに限る、て言うか

作者: はなはな

「とにかくスッゴイのですわ!」

 学園に着いてすぐさま、1番の友人であるフィアナ嬢が、何やら淑女らしからぬ興奮した様子で差し迫って来ましたわ。

 彼女がこのように礼儀も忘れた振る舞いをなさるのは、いつも決まっていますの。

 分かってはおりますけれど、それでも礼儀としていつも聞き返すのですわ。


「ごきげんよう、フィアナ様。それで、何がそんなにお凄いのかしら、フィアナ様?」

「それはもう、オーランド様ですわよ!」


 わたくしの言葉尻に少々被せてくるという、やはり少しはしたないとも言える勢いで、フィアナ様は予想通りのお名前を呼びました。

 そのままわたくしが口を挟む隙もないまま、両手を組んで夢見るようにうっとりと続けられました。


「昨日、キャンベル家のサラ様が、廊下で目眩を起こされて、お倒れそうになりましたの」

「まぁ、それは大変」

「ですがそこへ、颯爽とオーランド様が現れて、サラ様を受け止められて、サラ様は危うく助けられましたのよ!」

「それはそれは」

「もうっ、それはそれは本当にお素敵で格好よくて、まるで物語の騎士様のようで……」


 わたくしが言い終わる前に全て遮られて語られました。

 このように彼女だけでなく、この学園中の令嬢という令嬢がこぞって夢中になっておられるのは、セイムズ侯爵家の嫡男、オーランド様です。

 オーランド様はひとつ上の学年で、美しい容姿に優秀な頭脳、柔らかい物腰で男女関係なく誰にでも礼儀正しく接する、畏れ多くも本物の王子様より王子様とも言われる方です。ご令嬢方はもちろん、ご令息方にも頼られ慕われている、人望厚いお方ですわ。

 かく言うわたくしはと言うと、元々辺境の田舎領地の出で、未だ入学から日が浅い今、かの方のお姿は拝見しておりません。お噂だけでは、素晴らしいお方と推察はできても、さすがにお慕い申し上げるとまではいきません。

 フィアナ様はそこが歯痒く思われるらしく、毎日毎朝、わたくしと顔を合わせる度に、このようにオーランド様の素晴らしさを語られるのです。


「抱き止められたサラ様も、貧血よりもオーランド様に助けられ、間近にあのご尊顔をご覧になられたショックで失神なされましたの」

「そ、それはむしろ大事になったのでは……」

「でも致し方ありませんわよね。そのようにオーランド様に抱き止められてしまったら、わたくしだってきっとサラ様と同じようになりましたわ!」

「……………」


 それはオーランド様にもご迷惑なのでは、という言葉を、わたくしは危うく飲み込みました。

 そんな事を申しましたらどんな事になるのか、考えるだに恐ろしいです。

 幸いわたくしの内心は悟られることなく(そもそもわたくしの言葉をお聞きになってると思えませんが)、まだまだフィアナ様は語られます。


「後でサラ様にお聞きしましたが、細身のお身体ですのにオーランド様はしっかりとお支えくださって、やはり殿方らしく逞しさもおありで、その上とても芳しい香りがふわりと香ってきたとか。もうっ、羨ましいですわっ」

「ほ、ほほ、きっとご当人に負けないような素敵な香水をお使いなのでしょうね」


 やっと挟めた台詞は、そのようなどうでもいいものでした。

 しかし、夢見る乙女というものは凄いのですね。そこからとんでもない発想がお生まれになったようです。


「そう、いえ、もしかしたら、いいえきっと! あのような完璧なお方ですもの、香水などではなく、ご自身から自然と香ってらっしゃるのですわ!」


 さすがにドン引きですわ。


 ***


 このような余計なやり取りのせいでしょうか。

 わたくし、この後とんでもない事件を起こしてしまったのです。


 ***


 その日わたくしは、はしたなくも学園の大階段を走っておりました。

 お昼休み中に図書室へ行き、つい読書に夢中になって、次の授業に遅れかけてしまったのです。

 焦るあまり、ふっと階段を踏み外し、一瞬体がふわっとなってーーーーー


「!!!!!!」


 あっと思った時には、もうわたくしはバランスを崩して階段から落ちていたのです。

 その後の痛みと衝撃を覚悟して、ギュッと目をつぶってしまったのですが、予想したそれらはいつまで経っても襲ってきませんでした。

 恐る恐る目を開けますと、何と目の前には信じられない造形美を誇った殿方のお顔がーー


「!!?」


 何が起こったのか分からないわたくしに、殿方は心配そうなお顔をされ、お尋ねになりました。


「大丈夫かい? 怪我は?」

「あのっ……わたくしっ……」


 混乱したままのわたくしは、それ以上言葉が続かず、それを察したらしい殿方は、事情を説明くださいました。


「あなたが階段から落ちるところを、たまたま私が通りかかって咄嗟に支えたんだ。淑女の体に無作法にも触れてしまったが、許して欲しい」


 そう言って安心させるようににこりと微笑み、そのお方はわたくしをそっと立たせてくれました。

 事情を聞いて、御礼を申し上げなければと、慌ててわたくしは息を吸い込み言葉を発そうとーー


「くっさ!!!!」

「え?」


 何かフォローしたかったのに、その一言を出してわたくしは、不甲斐なくも失神致してしまいました。


 ***


 わたくしを階段落下から救ってくださったのは、件のオーランド様でした。

 令嬢の危機にやたら遭遇なさるお方ですのね、という感想はともかく、わたくし恩人にとんでもない無礼を働いてしまって、身の置き所がございません。

 あれからオーランド様に、悪臭疑惑が降りかかり、一時学園内で事件となりました。

 わたくしもフィアナ様はじめ、あらゆる方々から問われ、責められ、誤解を解くのに大変な苦労をいたしました。

 そもそもわたくし、匂いには昔から敏感で、好き嫌いが激しいのです。フローラル系の、一般的には良い香り、は特に苦手でして、きっとオーランド様の香りも、普通はそうなのです。たまたま、わたくしには合わなかったのです。それを分かっていただけるまで、ほんっっっっっっっとうに骨が折れました(涙)

 それに、初めて間近にオーランド様を拝見致しましたが……

 これも、実は薄々察してはおりました。

 わたくし、オーランド様はお美しいお顔ではありますが、好みのタイプでは全っ然ありませんでしたの。

 それを納得していただくのは最後までできませんでした。まぁ、仕方ありませんわよね、価値観は人それぞれですもの。


 結局学園を卒業後、わたくしは辺境の貴族に相応しい、筋骨隆々の素敵な殿方と結ばれました。

 あれですわね、世の中には「ただしイケメンに限る」などという言い回しがあるそうですが、イケメンの基準なぞ本人の好み次第です。


「とどのつまりは、ただし、お慕い申し上げる方に限る、ですわよね」


 愛しい夫の、(わたくしが思う)芳しい香りに包まれながら、わたくしは思うのでした。

 


 




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