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太陽と月

第三章の内容は旧時代の秩序を守ろうとする恐竜と、生き延びるために知恵を絞る少女の奇妙な旅路を描いた物語です。


第三章の名は「太陽と月」だが、「生存と新秩序」についてのタイトルです...



 恐竜はゆっくりと歩み寄る...

 少女の手から松明を受け取ると、それを高く掲げ、闇に沈んだ部屋を照らした。

 距離はほんの数歩...

 

 ...だが、その数歩を進むのに、恐竜は信じられないほどゆっくりと歩いていた。

「みんな、学校にいた頃、先生はいつも毛糸を編んでいたんだ。」


 恐竜の声はかすかに震えていた。

「学年ごとに、成績が伸びた者や、授業に最も積極的だった者、

 課題を最後まで丁寧に仕上げた者、学級を支えた者……

 そういう子たちに毛糸のセーターを贈るって言ってたな。」


 恐竜は苦い笑いだった。

「私はな...馬鹿だったからな。卒業まで、ついに一度ももらえなかったんだ。」

 恐竜はセーターにそっと触れる。手の甲で毛糸の感触を確かめるように。

 ふっと、息をつく。


 恐竜は松明を蝋燭へと近づけた。

 灯火が燈る。

 炎が、小さく揺れる。

 挿絵(By みてみん)

 恐竜は背を向け、静かに松明を少女へと差し出した。

 振り返って、じっと編みかけのセーターをみつめる。指先が、その端をそっと掴む。

 ゆっくりと、棒針から外していく。

 

 あと数目、収針をすれば終わるすでに完成目前セーター...

 

 誰に言うでもなく、そう呟いた。

 そのまま、部屋の外へと向かう。

 少女は何も言わず、その後ろ姿を静かに追った。

 

 戸口の外、空には鮮やかな太陽が浮かんでいた。

 恐竜は、セーターの肩を掴むと、両手で広げ、空に向かって高く掲げた。

「……やっぱり。」

 涙が溢れそうになる。


 恐竜は大きく息を吸い込み、

「先生!!」

 と、泣きながら叫んだ。

 恐竜は震える手でセーターを抱きしめる。

 膝をつき...


 そのまま、手を袖へと通した。右腕を通す。

「やっぱり、先生は最後まで……!!」


 だが——

「やっぱ...」

 恐竜は、焦るようにもう片方の腕を通そうとする。

「やっばい...」

 

 入らない...


 セーターは、明らかに小さすぎた。

 

 恐竜は落ち込んでいたが、すぐに雰囲気は気まずいものへと変わった。

「……どうやら、毛糸は縮んでしまったみたいだな。」

 恐竜はセーターをどうにかして着ようと試みたが、

 その途中でふと焦げたような匂いを嗅ぎ取った。


「……まさか!」

 恐竜は慌てて毛糸を手繰り寄せた。

 糸を急いで引っ張ると、その先はすでに焼け焦げ切れていた。


「やばい!

 水を探せ!」

 恐竜は立ち上がり、洞窟の入口へ向かおうとする。


 しかし、少女は落ち着いた声で言った。

「そんな大したことじゃないんじゃない?

 たぶん、ただ蝋燭の火に点けられただけよ。」


 そう言いながら、少女は洞窟の扉へ向かい、開けようとした。


「待て、開けるな!」

 恐竜の叫びが響いたが、すでに遅かった。

 

 扉が開いた瞬間——


「ドンッ!!」

 激しい炎が一気に部屋の中へと吹き込んだ。


 少女は驚き、身を翻して逃げようとしたが、

 足を滑らせて転倒した。そのまま意識を失った。

 

 炎は一瞬で部屋の奥へと広がり、すべてを包み込んでいった。

 挿絵(By みてみん)

 恐竜は呆然とセーターを抱えたまま、

 その場に立ち尽くし、ただ燃え盛る炎を見つめていた...

 

 そうしているうちに、気づけば夜が訪れていた...


 恐竜はじっとその光景を見つめていた。

 許久の沈黙の後、夜空に浮かぶ月を仰ぎ、深く息をついた。


 そして、視線を隣の地面へ落とすと、

 両手を広げて倒れている少女の姿を見た。

 一只脚で少女の骨格を軽く蹴ったが、

 目を覚まさなかった。


 仕方なく、恐竜は少女を跨ぎ、

 両手で彼女の手首を掴んで軽く揺らした。

 反応がない。


 次に、肘を掴んで揺らしてみる。

 やはり目を覚まさない。


「……ん……?」

 少女はぼんやりと目を開け、起き上がろうとした。

 だが、足が何かに絡まったようで、バランスを崩し、そのまま恐竜の足元に膝をついた。


 恐竜は少し怒り、少女の肋骨に一撃を食らわせ...

「開けるなと言ったのに、開けやがって!」


月光に照らされた少女は、目の前の恐竜の高大なシルエットを見上げ、思わず体に熱い何かが込み上げた。それが畏敬の念に似た感情であることに気づくと、少女は慌てて視線を月に向け、ぎこちなく手を引っ込め、肋骨の前で腕を交差させた。そして、そっと目を伏せる。


 しかし、恐竜は一瞬呆然とした。


 その様子に気づくことなく、

 少女の足元に絡みついていた植物を見つけると、

 軽く引っ張り、地面から引き抜いた。


「……これ……小麦じゃないか!」

 恐竜は驚きの表情を浮かべながら、

 手にした小麦をじっと見つめた。

「しかも、ちゃんと 小麦の粒がついてる!」


 嬉しすぎた恐竜はしゃがみ込み、少女に問いかけた。

「お前、小麦ってどうやって食うのが一番うまいか知ってるか?」


 少女は微笑みながら頷いた。

「もちろん。パンが一番……」


 だが、少女の言葉が終わる前に、

 恐竜はすでに手にした小麦を根元ごと横向きに口へ持っていき、

 下から上へと勢いよく噛み取った。


「……んぐっ! うまい!」

 恐竜は満足そうに頷きながら大きく食べ、

 次々と小麦の粒を噛み砕いた。

 

 でも、しばらく食べ続けると、喉が渇いてきた。

 しつこく噛みながら、不満げに呟いた。

「うぅ、水がほしい……帰るぞ。」


 恐竜と少女は燃え落ちる屋敷へと戻り、

 焼け跡の中から焼け残った本を数冊拾い上げた。

 それに、それらをセーターのポケットに丁寧に収めた...


 最後に月光に照らされた炎の残骸をじっと見つめると、

 静かに山の方へと歩き出した。

挿絵(By みてみん)

 セーターを抱えたまま、洞口へと向かう。

 少女も黙ってその後ろを追う。


 ...途中、恐竜は何かを考え込んでいるようだった。

 過去を振り返るように、どこか遠い目をしていた......


 いつの間にか顔を上げた頃、

 目の前にはまだ燃え続ける大鍋が視界に映った。

 恐竜は鍋に近づき、

 お玉を手に取ると、スープを口に含んだ。

「……前よりも濃くなってる。こっちのほうがうまいな。」

 そう言いながら、後ろの少女を振り返る...


「ここまで一緒だったんだな……」

 恐竜は少し考え込み、そして言った。

「……自分で入れよ。」


 少女は無言で...

 鍋へ向かって歩き出す...


 恐竜は目を逸らし、手にしたセーターを近くの木の枝に掛けると、

 空を仰いだ。

 まるで別れの儀式のように。


 その間に、少女はすでに鍋の縁へと手をかけ、膝をついた。

 まるで判決を待つ囚人のように、

 もしくは何かを待ち望む者のように、静かに恐竜を見上げた。


 恐竜はその視線に沿って、戸惑いの色を浮かべる。


 そして、沈黙を破るように口を開いた。


「お前……」

 言葉が続く前に、

 突然、大地が揺れた!


 最初は小さな震動。だが、それは激しくなっていく。

 次の瞬間、川の水が急に溢れ出し、地震とともに

 水は鍋の下の薪を濡らし、同時に揺れが止まる。

 火を消してしまった...


 恐竜と少女はお互いの視線が交錯する。

 それから、肩の力を抜き、深いため息をついた。

 その刹那、さらに大きな震動が走った。


 今度は、上流から洪水が押し寄せてきた。

 恐竜と少女同時に上流を見た。


 少女はすばやく鍋の縁を蹴り、恐竜へと飛びかかった。

 恐竜は反射的にお姫様抱っこして、

 一瞬間にそのままセーターの掛かった木の枝へと投げ上げた。

 少女は必死に枝にしがみつき、恐竜はしっかりと木にしがみつき、

 洪水の勢いに抗った..

 

 やがて東の空が白み始めるまで。

 

 洪水はあっという間に駆け抜け、周囲を飲み込んでおり、

 大地に泥の痕跡を残した。

挿絵(By みてみん)

「鍋も、何も残っていなかった...仕事も...」

 恐竜はただ呆然と下流を見つめて...

 それから、ゆっくりと上流へ目を向けた。


 少女は木の枝から慎重に降りると、

 そのままセーターを身に纏い、袖を背中で結んだ。

 川の水は以前よりも少なくなり、

 まるで水源が一気に流れ出てしまったかのようだった。

 

 恐竜は意外そうに少女を見たが、

 セーターの着た姿に気づき、不意に笑った。

「そんな着方があるとはな……だが、悪くない。」


 恐竜はしばらく考え込んで、やがて、決意したように言った...

「……中游に行く。ほかの恐竜を探しに。」


「......」


「……一緒に?......」

 少女は恐る恐る尋ねた。


 恐竜は腕を組み、ふっと息を吐いた。

「仕事もなくなったし、別にもう食う必要もないな。

 中游に行って、他の恐竜と相談するさ。

 先生のことも伝えないといけないしな。」


 少女は少し驚いたが、すぐに問いかけた。

「でも、どうして下流には行かないの?」


 恐竜は静かに首を振った。

「今まで、下流に行けるのは、食われた骸骨だけだ。」


 少女は一瞬言葉を失ったが、やがて可愛らしく微笑んだ。

「じゃあ……中游に行こうか。」


 少女は少し考え、左下に視線を落としながら、心配そうな表情を浮かべた。

「でも、上流まで結構かかるんじゃない?途中でお腹が空いたら……」


 恐竜は首を横に振り、薄く笑った。

「そんなに時間はかからないさ。数歩で着く。」


「え?」

 少女は驚いて目を丸くした。


 恐竜は軽く膝を曲げ、

「後ろに乗れ。しっかり掴まってろよ。」


 少女は恐る恐る恐竜の首の後ろにまたがると、

 しっかりと掴まった。


 次の瞬間——

 恐竜が助走をつけ、大きく跳ねた。

 足元の地面が遠ざかり、一気に森の海へと突入する。


 重なる枝葉、幹の間を力強く駆け抜けるように、

 恐竜は跳躍を繰り返した。


 一本、また一本——

 高度はどんどん上がる。

 

 やがて、一本の太い樹の幹に左足を踏み込み、

 思い切り蹴り上げた。

 空中へと舞い上がる。


 少女の目の前には、広大な景色が広がった。

 眼下には、果てしない森林が広がっていた。緑豊かな木々が生い茂り、その間を色とりどりの鳥が舞い、枝から枝へと軽やかに跳ねる小動物たちがいた。名も知らぬ獣の咆哮がこだましていた。遥か遠くには、細く曲がりくねる川が銀色の帯のように光っていた。大気は透き通り、空は限りなく青い。


「すごい……」

 少女は目を輝かせながら楽しく息をのんだ。

 しかし、その浮遊感は一瞬だった。


 急激に落下が始まる。

 少女の叫びが響く中、一直線に降下し——


「ドンッ!!」

 荒れた大地で、足元の埃はゆっくりと風に流されて...

 衝撃とともに、大地に着地した。

挿絵(By みてみん)

 その瞬間、恐竜の左足が地面に叩きつけられて、

 肉が裂け、小腿の筋肉が不自然に捻じれ、

 赤い鱗に覆われた皮膚を押し破るようにして白い骨が突き出た。


 尘埃がゆっくりと静まり、視界が晴れていく。

 目の前には、丘のような焦炭の中に半ば埋もれた倒れた巨大な焼き網。


 周囲の木々は、根元から切断され、

 炭化した跡が黒く残っていた。


 少女は目の前の切り株を見つめながら、

 驚いたように恐竜の背から滑り降りた。

 

 周囲を見渡し、小さな声で、

「……どうしてこんなことになったの?」

 そう言って恐竜の方を振り向いたが、

 視線がふと足元へと移り、突き出た白い骨を見た瞬間...

 

 顔には驚愕の色が浮かび、目を大きく見開いた...


 恐竜は足元の裂け目をちらりと見たが、

 何事もなかったかのように首を振った。

「ここには、青い恐竜がいるはずだ。」


 少女は辺りを見回しながら言った。

「もしかして……洪水で流されたの?」


 恐竜は鼻で笑い、首を横に振った。

「ありえない。あんな洪水の力じゃ、せいぜいシャワーを浴びた程度だ。」

 

 少女は考え込むように言った。

「じゃあ……食べるものがなくなって、どこかへ行ったとか?」


 恐竜は少しゆっくりと頷いた。

「それはあり得るな。我々の仕事は、

 罪人を分け合って食べることだった。

 もし青い恐竜が飢えて逃げたなら、

 上流のものも生き残れるはずがない......」










 

「秩序とは何か?」「上流」と「下流」の意味は何か?

 恐竜と少女とともに旅がそれから始まった。


「お付き合いいただき、本当にありがとうございました。」

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