少女と恐竜
恐竜と少女は、未知の地で新たな世界の一端を垣間見ていく。
しかし、それはただの旅ではない......
過去の痕跡、廃墟、沈黙...
彼らが踏み出すごとに、この世界の秘密は、少しずつ、その姿を現していく。
少女は一瞬凍りついた...
「ちょ、ちょっと待って!」
「う、うわあっ!」
恐竜は驚きのあまり大声を上げ、ニンジンが左手から滑り落ちた。
表情が少しずつ緩み、困惑に満ちていた。
「川の上流から流れた罪人の食べきれない食料が喋るなんて...」
恐竜は落としたニンジンを拾い上げ、
しばらくの沈黙の後、彼は少女に歩いて来ていた。
少女は背筋を伸ばし、必死に笑顔を作る。
「え、普通さ、食べる前に挨拶とかするもんじゃない?」
少女は慌てながらも、必死に平静を装い、
恐竜の動きが止まる。
「……挨拶?」
「そうそう! あっちの風習では、
初対面なら、まずはお互い自己紹介しよ?」
少女はさらに可愛らしく見せようと精一杯の笑顔を浮かべて言った。
恐竜は少し戸惑いながら、ぼそっと呟いた。
「……まあ、食いかけだけど、神が言ってたんだよな……
食べ物は大切にしろって...」
誰にともなく、恐竜は呆然としたまま,独り言のつもりで小声で呟いた。
だが、その声は思った以上に響き、少女にもはっきり聞こえていた。
「うん! だからまず、私は……えっと……?」
少女は一瞬口ごもった。(あれ……? 私、名前なんだっけ?)
「……えっと、そういうわけで、うちの風習ではね、
女の子はちゃんと相手のことをよく知ってから名乗ることになってるの!
だからまず、男の……雄の方が先に名乗るのがマナーってこと!」
恐竜は胸を張り、恰も大人物であるかのように堂々と語り始めた。
「仕事は、世界を正すドクターだ!」
少女は恐竜をまじまじと見つめ、わざと疑わしげな声を出した。
「……本当に?」
恐竜ぐっと眉をひそめ、鍋にお玉を沈めて...
少女を肩の上に乗せ、そのまま悠然と歩き出した。
「お、おろして!ちょっと待ってよ!」
少女は抗議の声を上げたが、恐竜は気にする様子もなく、低く笑いながら言った。
「さあ、私の研究室まで案内してやる。見せてやろう、私の知識の宝庫をな!」
恐竜は森の奥にある洞穴の入口に着くと、そこに立てかけてあった火把を手に取り、
肩の上の少女とともに洞穴内へと進んだ。
そこは暗く長い洞穴通路で、冷たい空気が肌をなでていく。
松明の揺れる光が壁に揺らめく影を映し出し、
まるで生きているかのように壁が動いて見えた。
それは洞窟壁画だ...
第一図には馬や牛、鹿などの動物が生き生きと
狩猟の成功を祈る儀式や宗教的な目的で描かれた。
これは人類が最初、生存の手段だ。
少女は壁画を見上げ、その古めかしい色彩に目を奪われた。
(思わずこれって……誰が描いたの?)
松明の揺れる光に照らされた壁の奥から、
まるで何かがこちらを見つめているような錯覚を覚える。
恐竜とともに洞窟の奥へと進んで...
火の筋が広がり、闇の奥を照らし出して、新たな壁画を表す。
第二図には、何人もの人影が並んでいた。
大地を踏みしめ、手にした道具で整然と並んだ穀物を
刈り取る人間たちの姿。
「これは……農業?」
少女の声が洞窟の静寂に響く。
「これって……おかしくない?
農業があっても、洞窟に住んでいたのか?」
しかし、返ってくるのは沈黙。
洞窟の奥から、冷たい風が吹き抜ける。
少女は息を呑む。
少女の骸骨の眼窩が、じっと壁画を見つめる。
じっとりとした視線。
それはまるで、時間の流れを超え、過去の残像を追いかけるようだった。
だが、その視線だけは、どこまでも壁画に張りついたまま動かない。
恐竜は歩い続けて...
松明の光が揺れるたびに、骸骨の黒い眼窩も微かに影を変える。
そして——
第三図の壁画が姿を現した。
そこには、二つの異なる人々が描かれていた。
一方には、たくましい筋肉を持つ者たち。
屈強な身体は、腕を広げ、太陽に向かって何かを捧げている。
太陽の燃え盛る炎が天に立っていた。
もう一方には、
しなやかで細身の人々は静かに月に祈りを捧げている。
月の下には星々が瞬き、地面には冷たい水が流れている。
松明の光に照らされた壁画の人物たちが、まるで生きているかのように見える。
いよいよ、恐竜は足を止めた。
松明の光が、目の前の古びた扉を照らす。
扉は、多くの深い裂け目が走っていた。
バンッ——!
恐竜の足で一撃が、扉を蹴破った。
中は闇だった。
恐竜は迷うことなく足を踏み入れた。
松明を持ち、扉の脇にある古びた壁の火炬へと近づく。
シュッ……ボッ!
松明の先が火炬に触れると、燃え広がる炎の細い帯が壁を這うように伸びた。
その光が壁の亀裂をなぞり、影を刻み、ゆらゆらと揺れながら部屋の奥へと広がっていく。
最初に照らされたのは、一列の書棚だった。
無数の書物が積み上げられたその棚は、埃にまみれ...
火はさらに進む。
たくさんの机が整然と並び、その一つ一つに椅子が置かれていた。
しかし——そこには誰もいない。
ボウッ! ボウッ! ボウッ!
暗闇の中で、松明の列が連鎖的に燃え上がる。
光が拡がるたびに、部屋の構造が露わになっていった。
高い天井、整然とした書棚の列、並ぶ机と椅子。
「教室よね!」
少女は思わず声を上げた。
「ここが……答えの場所だ。」
恐竜は自信たっぷりに言い放った。
「……誰が、ここで学んでいたの?」
少女は呟くように言った。
「ここは、恐竜たちが世の中の知識を学ぶ場所だった。」
恐竜はゆっくりと歩を進め、机の間を通りながら、懐かしむように書棚の本を見つめた。
少女は目を丸くして周囲を見回した。
「じゃあ……ほかの恐竜たちは?」
恐竜は少しの間、ゆっくりと答えた。
「……みんな、今は川の近くで働いている。」
少女は眉をひそめた。
「川の近く? 何をしているの?」
「分配された仕事をしている。」
恐竜は無造作に書棚の上の本を手に取り、埃を払った。
少女は一瞬口ごもった...
「で、あんたって、あこでずっと何してたの?」
恐竜は考え込むように顎をなでた。
「罪人には、超越的な痛みを味わわせて、憶を消し去るって」
少女は疑問を口にした...
「罪も、消し去るのか?」
「.......」
「どころで、もう何日も新しい罪人が来ない。腹が減ってしょうがないんだよ。」
少女をじりじりと見下ろしながら近づいていく。
少女は祈るように言った。
「もし私を見逃してくれたら、私の故郷に案内する。そこには美味しい食べ物がたくさんあるの!」
「皮がパリッパリで中はジューシーなローストチキン!
それから、甘辛い割下でじっくり煮込んだ熱々のすき焼き!
あとはね、チーズがとろけるグラタンとか、ふわっふわのパンケーキとか……」
恐竜は本を読みながら、じっと考えた。
「信じられないな...」
「人類...」
少女は眉をひそめながら、恐竜を見上げた。
「本当だよ!マジでヤバいくらい美味しいものばっかりだから!」
しばらくの沈黙。
少女を見下ろして言った。
恐竜は埃を払った本を机の上に広げ、鋭い爪で文字をなぞりながら、低く読んだ。
「人類の思考がある問題を理解するに足りない時、
彼らは本能的に自分の『常識』を持ち出す。
しかし、『常識』とは、
たいてい断片的な経験の積み重ねに過ぎない。
そうして導き出される結論は、
えてして主観的な偏見や固定観念に満ちている。」
恐竜は机を爪で軽く叩いた...
低く静かな声で続けた。
「……つまり、お前は今、自分の視点からしか考えていないということだ。」
少女の目を覗き込むように顔を傾けた。
「……それに、お前の言葉はずいぶんと甘美だな。まるで、私に早くお前をここから連れ出せと急かしているようだ。」
少女の喉がかすかに鳴る...
恐竜は静かに息を吐き、目を細めた。
突然、恐竜が大きな声を上げた。
「オフィスだ!!あそこには、いっぱい食べ物があったんだ!!」
少女は首をかしげる...
恐竜はすでに待ちきれない様子で、松明を掲げ、オフィスの方向へ大股で歩き出した。
「早く行くぞ!! 先生のオフィスには、果物とかパンとか、
たくさん没収されてたんだ! 絶対にまだ残ってるはず!!!」
オフィスの扉を開けると、埃っぽい空気が舞い上がった。
室内には、机が散乱し、紙や本が乱雑に積まれていた。
誰かも机や棚を探したかのように——
恐竜は大きな鼻をクンクンと動かしながら、机や棚を探し回った。
ゴソゴソと探し回る中、恐竜の目がキラリと光った。
「あった!!!」
机の隅に、埃まみれのリンゴが転がっていた。
恐竜は素早く拾い、吹き払う。
赤く輝く果実が顔を出した。
松明を捨てて...
ガリッ!
大きくかじった。
口いっぱいに広がる甘酸っぱさ。
思わず目を閉じ、舌の上でじっくり味わう。
そして、満足そうにゴクリと飲み込んだ。
「うまい……ッ!!!」
「よし!! 先生にも会いに行こう!!!」
そう言うと、少女は松明を掲げ、農場へ続く扉を開けた。
扉の向こうには、眩しい光が広がっていた。
しかし——
恐竜の足が止まる。
「……あれ?」
本来ならば、青々とした作物が実り、風に揺れる広大な農場が広がっているはずだった。
だが、そこには何もなかった。
荒れ果てた大地......
「……なんで?」
恐竜は茫然とあたりを見回した。
ふと、少女の視界に小さな小屋が映る。
「ねえ、あそこ……先生の家じゃない?」
恐竜は無言で頷いた。
そして、一気に駆け出した。
恐竜は思い切り肘で押し開けた。
室内は薄暗く、埃が舞う。
少女が部屋の中を照らした。
炎の輝きが壁に映り込み、影がゆらめく。
そこには、一つの机。
そして、その前に、何かが座っていた。
「先生?」
恐竜は、奥に座っていた黒い影に気づいた。
慎重に一歩、また一歩と近づいた。
机の上には、開かれた本。
傍には、燃え尽きた蝋燭。
松明の光が、その姿を照らしていく。
そして、半分編みかけの毛糸は黒い影の中に横に置いた。
まるで、ほんの少し前までそこにいたかのように——
しかし、光が完全に影を照らした瞬間——
それが、ただの「骸骨」だと分かった。
かつてここには、恐竜たちが学び、生き、働いていた。
しかし...
洞窟に壁画の謎...
教室の目的...
先生の骸骨の原因...
この物語は、過去と現在、そして未知の未来を繋ぐ旅である。
恐竜と少女の足跡は、すでに止まった時間を再び動かすことができるのか。
それとも、この世界は、すでに終わってしまったのか——。
彼らの旅は、まだ始まったばかり。
次に見つけるものは、希望か、それとも絶望か?
新たな章へと続く物語に、どうぞご期待ください。