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第5話 だめ、意思疎通できないタイプ

 

「大嫌いは酷くない? 傷つくなぁ。幼稚だよ、そういうの」


 片方の眉を上げながら、肩をすくめてみせる水瀬ミヤコからは傷ついている様子など微塵も感じられない。


「そう言われるに(あたい)する正当な理由があるんだ、受け入れろ」


「好きになってって言ってるのに!」


「好きになってもらえる努力をしたか?」


「傲慢!」


「どっちが」


 なにが悲しくて真昼間の公園の、蝉が鳴きわめく木の下で幽霊と罵りあいなんてしなくちゃいけないんだ。なにもかも間違っている。人目を避けているとはいえここは自宅の近所、独り言を喋り続ける様子を誰かに見られて妙な噂なんて立てられたら面倒だ。


「僕に霊感が身についたらしいこと、君がいずれ化け物になる可能性が高いこと、それはわかった。話は終わりか? 他に用がないならもう帰る」


「いま、さり気なく酷いこと言ったよね? 終わってないから! なんでそんなに帰りたがりなの? むしろ本題はここからなの」


 両手を突き出し行く手をさえぎってくる水瀬ミヤコに対して、思いきり不服な表情を向ける。笑顔を返された。初夏のそよ風程度にも効いていない。


「ねえ、来栖くん。共同作業って絆を深めるのに最高の方法だと思わない?」


「……なに?」


「たとえば、高校の文化祭とか体育祭。カップルができやすいイベントだって知ってる? 遅くまで一緒に残って作業したりしてさ、普段あんまり関わりがなかった人とも自然と仲良くなれるじゃない? いままで知らなかったお互いの意外な一面を知ったり、同じ目標を達成するための苦労や喜びをわかちあう。なんか普段と違う特別な感じするでしょ。そういうことの延長で恋愛に発展しやすいんだって」

 

「それで?」


「だから、私たちもなにか共同作業をしてみるといいんじゃない? 同じ目標をもって力をあわせるの。そうすれば、もっと距離が縮まって仲良くなれるかもしれないよ。私のこと、好きになっちゃうかも」


 この調子では水瀬ミヤコに対して恋愛感情を抱くなんて夢のまた夢。むしろ好感度は現在進行形で下がり続けている。取り憑かれたまま化け物と化すおそれのある時限爆弾であることも判明したいま、たしかに悠長にはしていられない。なにかしらの手を打つ必要があり、そう考えると彼女の提案自体は悪くない気がした。文化祭や体育祭のあとに付き合い始めたカップルの話はたまに聞くし、実際に僕も委員会の活動を通じて親しくなった友人がいた。共同作業でもなんでもいい、きっかけになるものが必要だ。ただ、問題がある。


「生きている僕と死んでいる君でできる共同作業なんてあるのか……? 」


「はい、そこで幽霊さんたちの出番なんです。みんな未練があってこの世にとどまってるんだからさ、来栖くんと私の二人で協力して成仏する手助けをしてあげようよ」


「成仏の手助け……」


 彼女一人に対してすら手を焼いているのに、積極的に見ず知らずの霊たちと関わりをもとうとするなんて。よく考えなくてもわかる、どうかしている、本来は避けるべきことだ。しかし、水瀬ミヤコには早く消えてほしい。この世のものに影響を与えることができない彼女と共通の目的をもってなにかに取り組むとなると……あまり選択肢はなさそうだ。


「まあ……まったく的外れな案ではない、と思う」


「でしょ? 人助けをしていい気分にもなれちゃうし、一石二鳥だよ」


「簡単に叶わない望みだから成仏できないんだろ。僕たちでどうにか出来るものなのか……?」


「んー。そこは地道に、叶えられそうな望みをもった幽霊を探すしかないかなぁ。でも、そんなに難しく考えなくていいと思うよ。幽霊って思ってた以上にたくさんいるんだよね、意外と簡単なことが叶わずに成仏できない人、見つかるんじゃないかな」


「さっきみたいな……ああいうやつには関わりたくない」


 さきほど目の当たりにした異形の女。あんなものと自ら関わっていくなんてとても身が持たない。


「あはは。それは私も同じ。なにされるかわかんないもん、もう近付かないよ。それに絶対、叶えてあげられないしね」




***


 


 公園内を見渡し、三体の霊――シーソーのそばにいる女の子、木の下に立っている作業着の男、ベンチに座る老人を確認する。血まみれだとか体のどこかが欠損しているだとかわかりやすい異常はなく、しっかりと人の形を成している。ここから見ているかぎりでは生きている人間と見分けがつかない。水瀬ミヤコだってそうだ、近くでよく見ればうっすらと透けているだけでほぼ生身の人間にしか見えない。これほどまでに見分けがつかないなんて、いろいろと大丈夫なんだろうか。


「……生きている人間と幽霊の簡単な見分けかたはないのか? 近くまで寄って透けているか確認する前に目があったり接触してしまうことは避けたい」


「えっ、見分けがつかないの? そんなにはっきり視えちゃうタイプなんだ」


 目を丸くして驚く彼女の様子から、おそらくあまり大丈夫ではないと察した。


「人によって違うのか?」


「違うんじゃない? 白いモヤみたいに視えるとか、黒い人影に視えるとか、声だけ聞こえるとか、気配だけ感じるって人もいるよね。取り憑かれて霊感が強くなりましたって言っても、生きてる人間と見分けがつかないレベルなんて、たぶん珍しいよ」


「やけに詳しい」


「私、怖い話が大好きなの。心霊番組とホラー漫画の受け売り」


 水瀬ミヤコはホラー好き。死んで数日しか経っていないのに幽霊としてここまで適応しているのも、おぞましいものに動じないのもそのせいか。清楚で可憐、明るく穏やかで誰にでも分け隔てなく優しく、されど誰にも靡かない高嶺の花。学園で囁かれていたイメージからどんどんかけ離れていく。噂通りの性格であってくれたなら彼女に惹かれる確率も上がっていたかもしれないのに。目の前のこの女は僕に気に入られようと媚びを売ることすらしない。


「親より先に死んだ子供は(さい)の河原で延々と石積みらしい。おそろしい話だよな水瀬ミヤコ」


「あー、また嫌味でしょ来栖くん。 私が賽の河原で鬼から責め苦を受けるって言いたいの? それって怖い話じゃなくて宗教ファンタジーだからね。響かないなぁ、やり直し」


「成仏の概念を持っているくせに、都合がいいな……」


「信じたいことだけ信じるの。幸せに生きるコツだよ?」


 幸せに生きるコツ、よりにもよって自ら命を絶った人間がそんな言葉を口にするとは。矛盾を飲み込み、こめかみを押さえて小さく首をふる。


「……それで、見分ける方法は?」


「んー。たぶんないね、そこまではっきり視えちゃってたら」


「……」


「でも、なんとなく普通とは違うなってわかる行動もあるよ。幽霊って生きてたころの動きを真似てることが多いみたいなんだよね。習慣が身についてるっていうか」


「ああ……それはなんとなく、わかるかもしれない」


 実際にいくつかは確認している。呼吸のまねごと、物にさわれないのに生きている人間と同じように椅子やベッドに座る行為――あれは実際には浮いているそうだ。彼女らは意識的に地に足をつけているだけで、やろうと思えば宙を漂っていることもできるらしい。


「でも、なにかに囚われてるときっとゴールがないんだよね。なにをしても結果が伴わないから、同じ動きをずっと繰り返してたり、同じ場所からまったく動かなかったり、不自然なことになっちゃうの」


「つまり、結局は観察頼りなのか」


「私がいれば問題ないよ。幽霊かどうかくらいはすぐにわかるから警告してあげられる。来栖くんのためにもいつも一緒に行動しなくちゃね?」


「恩着せがましい言い方をするな。君の気分次第で僕を酷いめにあわせることもできるって意味だろ」


「ふふ、どうかな? ね、さっそくあの三人に聞いてみようよ、どうしたら成仏できそうか」


 言われるまま霊たちに目をやる。死んだ人間の未練を聞いてまわるなんて決して愉快なことじゃない。彼女のように自分の意思で人生を終わらせた人間よりも、望まない死を迎える人間のほうがはるかに多いはずなのだ。それをどこまで理解しているのだろう。深いため息をついて気持ちを切り替え、まずは周囲の人たちからいちばん離れた場所にいる男の霊に話を聞くことにした。




***

 

 


「おい……ちょっと待て水瀬ミヤコ」


「あー、あれって…………」


 背の高い男が木陰で静かに佇んでいる、遠目にはそう見えた。だが、近づくにつれて異様さに気付いてしまう。男の首は不自然に長く、体は力なく揺れていた。靴を履いてない足が地面から数十センチ浮いている。ロープなどの道具は見当たらないのに、はっきりと「木の枝で首を吊っている」様子がわかった。こちらに背を向けていて顔が見えないのがせめてもの救いだ。直視すれば、まともな精神状態でいられる自信がない。


「すみませーん」


「おい……!」

 

 どうしたものか動けずにいる僕を気にも留めず、水瀬ミヤコは近所の知り合いにでも挨拶するかのような軽い足取りで平然と男の正面へと回り込んでしまった。


「お話しできますか? あっ、声って出せますか? どうして成仏できないんですか?」


 無神経、異常なまでの度胸、いやシンプルにバカなのか、なんなんだこいつは。男を見上げながらまるで日常の一コマのような軽快さで一方的に話しかけている。しばらくすると僕のそばに戻ってきて顔の前で軽く手を振った。あきらめたらしい。


「だめ、意思疎通できないタイプ。次行こ!」


「君、首吊り仲間だろ、少しは敬意を払えよ。祟られるぞ」


「えっ、あの人ずっと笑ってたよ?」


「……ああもう、気色が悪い、想像したくない。次だ次だ。あの爺さんはどうだ、無害そうに見える」


 ベンチに座り、遊具で遊ぶ子供たちを眺めている老人を指差す。皺だらけの顔に人の良さそうな微笑みを浮かべ、幼いころの我が子や孫を思い出している、というような穏やかな雰囲気をまとっている。少なくとも、笑いながら首を吊り続ける男よりは話が通じそうだ。


「うん、行ってみよう来栖くん。孫に一目会いたいんじゃとか、ハートフル系の未練だよきっと!」


「よし……」


 ベンチに近付くと、爺さんが何かぶつぶつと呟いているのが聞こえてきた。低く(しわが)れた小さな声で、何を言っているのかまでは聞き取れない。さりげなく彼の隣に座り、耳をそばだてた。



 


「……いいねぇ……かわいいねぇ……殺したいねぇ……若い頃のように……また殺したいねぇ……あぁ、あの子……いいねぇ……かわいいねぇ……」


「……っ」


 

 聞こえた声の温度に背筋が凍りつく。失敗した、こいつもハズレだ。無害どころか、ろくでもない望みを持っている。早く傍から離れたい、込み上げる嫌悪を顔に出さないよう注意しながら、席を立とうと脚に力を込めた。


「君は歳を取りすぎているねぇ……」


 いつのまにか、干からびた果物のように皺だらけの老人の顔が目の前にある。異様な角度で体を折り曲げ、僕の顔を覗き込んでいた。

 

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