四十五話 支え
簡単なあらすじ「キジカ、ギノックの話が真実と知り項垂れる」
確かに、確かに。
今でこそ王族、もとい親族達から疎まれている私ではあるけれど。
幸せだった記憶が何一つ無いかと言うと、決してそんな事は無い。
皆で笑いながら食事をした事もあったし。
緊張と高揚に心弾ませ、晩餐会や舞踏会へと足を運んだ事もあった。
そして、その中でも特に印象に残っているのは。
幼い頃の、お兄様との記憶……いえ、思い出。
あの頃は私もお兄様も生まれなど気にせず。
まるで本物の兄妹であるかのように毎日を過ごした。
私達は子供らしく、一緒に悪戯をするのが大好きだった。そのせいで従者に怒られてしまったり、果てはお父様からも雷を落とされた事さえあるけれども。
それでも、幸福だった事はこの胸が覚えている。
……まあ、だからこそ私は。
心の奥底では、あの人にまだ期待していたんだと思う。
だって……だって……もしも、そうでないのならば。
今、私の胸中で音を立てて崩れ落ちてゆく希望。
そこにお兄様の姿がある説明がつかないのだから。
でも、何故だろう。
絶望の淵にいるはずの私が、それでも奈落の底にまで落ち切る事は無いという確信を持っているのは。
いや、本当は気付いている。
今の私の中には。新たな存在。新たな希望。
新たな支えがもう、出来ているから。
…………少し前から私と一緒にいる。
何だかんだと言いながら私を気に掛け。
けれど時には罠に掛けようとする性格の悪い男。
ロク・ログマ。
支えは、間違い無くあの人の姿をしていた。
絶望に囚われていたキジカが、そこから己が力で抜け出したその頃には。
気が付けば周囲の様子が変わり、日も落ちていた。
恐らく彼女がそうしているうちにも、牢馬車はキジカとログマとを死地へ向け淡々と運び続けていたのだろう。
そして、その動きが今止んでいると言う事は。
転生者達は今日はここで朝を待ち、その後で二人を始末しようというつもりなのだと思われる。
だとすれば、随分と悠長なものだ……いや。
もしかすると余裕は悠長などではなく、傲慢から来ているものなのかもしれないが。
だが、それにしても……一体、自身はどれだけの間自我に捕えられていたのだろう。ここまでの変化をも感知する事が出来ないでいたとは。
……けれど。
それと引き換えに、覚悟は決まった。
キジカは一度、深く深呼吸して面を上げる。
「キジカ!!
良かった、気が付いたんだな!?」
すると、それを見たログマがすぐさま彼女の肩に手を添えて言った。
この男もまた、キジカが籠り、囚われていた頃からずっと彼女の名を呼び続けていてくれたのかもしれない。
そう考えたキジカは、こんな状況であるというのに口元を綻ばせる。
だが、それとは裏腹に青白い顔をしたままのログマは。今度は彼女へと頭を下げ、こう続けた。
「キジカ、その……すまん!!
いくら何でもお前には刺激の強過ぎる話だったな……配慮が足りなかった。
今回ばかりは俺も反省してる。
だからだな、その、許し」
「ねえ、ログマ」
その時突然にも、今度はキジカが彼の肩に手を置きそれを遮る。
その手はそっと、まるで慈しむかのように添えられ、そして徐々に想い人の肩から頬へと場所を移していった。
「な!?……な、何だ?どうした?」
漸く正気を取り戻した彼女の声を聞き、またその手が、指が自身の頬にある事を知ったログマの両肩が一度ぴくりと跳ねる。
そんな彼の姿を見たキジカは……可笑しいのだろう、小さくくすりと笑った後に続けてこう言った。
柔らかに、だが奥に決意を忍ばせた瞳をしっかりと彼に向けて。
「ログマ、私決めたわ。
私、絶対魔王を倒して英雄になる。
そしたらね、それを足掛かりにして王宮に戻って。
何としてでもこの国の女王になってやるの。
もう、民の絶望する顔なんて見たくないから。
私が絶対女王になって、皆が笑って暮らせる国を作りたいの。
でもそれは多分、アナタがいないと無理だと思う。
だからねログマ。
その時が来るまで、私の側にいてくれないかしら……?」
するとログマは数瞬、顔を伏せたものの。すぐに上げた面に笑みを浮かべて言った。
「……良いねぇ。丁度、俺もこんな国は糞食らえだと思ってたところなんだ。
だからよ、キジカ。
その話乗ってやるよ。
だがそう言ったからには必ず、お前の力でこの国を俺の過ごしやすいような場所に変えてくれよな?」
「何言ってるのよ!それだけは真っ平御免よ!
アナタが快適に過ごせる国だなんて、他の人にとっては地獄同然だもの!」
キジカの眉間には皺が寄せられる。
しかし、それはまた浮かび上がる笑みによって徐々に解れ、移り変わり。
そして二人は同時に、声を上げて笑うのだった。
「な、何だアイツら……?」
「自分達がもうじき殺される身だと、分からない訳でもないだろうに……」
その時、側を通り掛かった兵士達に幽霊でも見たかのような視線を向けられていた二人だったが。
それでも、それでも二人は笑い続けた。
どうしても止める事が出来なかったのだ。
特にキジカの方は。ある事を幸せに思い、心躍り、視線には気が付かなかったくらいだ。
(…………ロク・ログマ。
やっぱり、この人は私の支えとなる男だ)
いいね、感想等受け付けておりますので頂けたらとても嬉しいです、もし気に入ったら…で全然構いませんので(´ー`)




