四十三話 抜け殻のような男 2
簡単なあらすじ『ログマとキジカ、ギノックという男と対面する』
ギノックは終始無言を貫く……と、言うよりは。
無言を常としている、のかもしれない。
彼に届いているはずのログマの声は、それでもまるで、空を切るかのようにして虚しく過ぎていくばかり……
これには流石のログマも苦悩していた。
暖簾に腕押し、空に触れたその手を次は額に当て。
「参った……こいつは予想以上に手強いな……」
するとそこで、今度はキジカが声を上げる。
「…………ねえ、お願いよ!
どうせ私達、もうじき終わる命なの!それくらいの願いなら聞いてくれたって良いでしょう!?」
先程まではログマに縋るばかりであった彼女だが、今の様子を見、こればかりは自身も加勢しなければと駆り立てられたのだろうか。
……すると。
変化も無ければ反応も無い、かとばかり思われていたギノックが突如。
彼女の声を聞き、僅かに視線を動かし、遂に。
「……………………君は」
それは確かに、確かに呟きではあったが。
しかし間違いなく口を開けた。そう答えた。
「うぉ!?しゃ、喋った……!!」
瞬間、ログマの驚声が響く。
だが無理もない。最早無機物なのではないかという錯覚すら抱き始めていたそれが、何が引き金か、突然にも活動を始めたのだから。
「しっ!黙ってて!」
とは言えそれでは、漸く手間掛けて灯されたはずの、幽けき言葉が掻き消えてしまう。
そう危惧したキジカは以前自身がされたように。ログマの口を手で無理矢理に塞ぎ、ギノックが続けるであろう、言の葉を凪の中で待った。
結果から言えば、キジカの選択は正しかった。
そうして、彼女の手によって守られた灯は。
「君は……
あの子達と同じ……くらいに、見える……
その命が、終わるのか……?
あの子達のように精神だけでなく、肉体も……何もかも、全てが……
君を大切に想う……人達だっているはずなのに……
それは……………………少し、嫌だな」
「やっぱり、何か知ってるのね?
だったらお願い!何でも良いから話して頂戴!」
「…………分かった。
話して、あげよう……
信じるかは……自由、だ……」
二人の前に今、真実を照らし出す……
「…………転生者は。
あれは、私の……私の……妹達、だった。
本当の、名前は……
パベーナと、バベーナ……双子の姉妹、だ。
二人共、俺みたいな騎士になりたいって……一生懸命に努力する、元気で可愛い……大切な妹達、だったよ。
…………でも。
あれは、二年前の事だ……
突然……何故だか私の上官に、二人が招集を受けたんだ。
確かに……あの子達、は……当直をしていた私と面会するため、よく城を訪れていた……
だから、上官が二人を知っていたとしても……それは、理解出来る。
だが、呼び出されたその訳は……今でも、ずっと分からないままだ……
私が。
私があの時、二人を止めていれば……
止めて、いれば……!
……………………すまない、話を戻そう。
当時、私は浅薄だった。思慮が足らなかった。
ただ名誉な事だと言って、深く考えもせずに……
パベーナと、バベーナを……送り出した……
送り出して、しまったんだ……
…………二人は、戻って来なかった。
いつまでも、いつまで、経っても……戻って、来なかった……
私は……何度も、上に訴えたよ。
だが、二人を呼び出した上官とは……会う事すら、叶わなかった……
まあ私は、一介の騎士に過ぎない……
それも仕方がないだろう……私は二人を、待つ事しか出来なかった。
それしか出来ないから。
私は待って、待って、待って、待って……待ち、続けた……
……それから、丁度一年が過ぎた頃だった。
私のいる部隊の前に…………
ベスカ王子が、現れたんだ。
あの上官と、妹達二人を引き連れてな……
そして、上官はこう言ったんだ。
『今日からこの隊は、彼女達の指揮の元に動く事となる。諸君、上司の顔をよく覚えておくように』と……
本来ならば、あり得ない話だ……
あの子達はまだ……入団試験さえも受けてはいなかったというのに……
当然、それは他の隊員でも知っている者は多くいたから……すぐに不平不満が飛び交った……
だが、私にはそんな事などどうでも良かった。
もう、戻らないとすら思い始めていた、あの子達が漸く帰って来たんだ……私は、心から喜んだよ……
だから、ベスカ王子と上官が去った後。
私はいの一番に妹達の元へと駆け寄った……
でも……あの子達、は……
一年振りに再会したはずの、私の顔を見て……こう、言ったよ……
『……ああ、もしかして貴方。
〝身体の元所有者〟の知り合いか何か?
だったら悪いけど、私達は貴方の事なーんにも知らないんだよね。
私達の名前は若葉と双葉。
その……パベーナと、バベーナだっけ?
それとはもう、違うの』
あり得ない……
そんなはずはない……
信じたくはなかった……
あの時、私の目の前にいたのは間違い無く……
正真正銘本物の、私の妹達だったのだから……
私は妹達の名を呼び続けた……
取り押さえられるまで……彼女達の姿が、見えなくなるまで……
でも……心中では分かっていた……
性格も、口調、も……何もかもがあの子達とはまるで違う、あいつらの言っている事は真実なんだと……
……………………それからだ。
私の心が、魂が……
闇に囚われたのは……
勿論、今でもそうだ。
ずっと、ずっと……この闇は、晴れない……」
全てを話し終えるとすぐに、ギノックは牢馬車の前を立ち去って行った。
まるで、先程の事など夢幻であったかのように。
今までと同じ、抜け殻のような後ろ姿をして。
しかし、そんな様子とは裏腹に。
彼の残していった情報は、二人に大きく、しっかりとした爪痕を刻んでいた。
キジカの動揺が何よりの証拠だ。
話中に自身の兄である者の名を聞いた彼女は、今も尚動揺を隠し切れずにいる。
だがそれすらも凌駕する程、狼狽している者が彼女の側に一人いた。
そう、キジカが今の不安定な精神の状態を悟られぬようにと。会話で注意を逸らすため、視線を向けたその先に……
「今の……嘘を言っているようには見えなかったけれど、ちょっと信じ難い話だったわね。
それに、肝心の話の内容は当時の事がより詳細に分かったってだけで、さっきの兵士達とそこまで変わりないわ……
どうする、ログマ?
他の兵士達も呼んで、もう少し情報収集を……
…………ログマ?」
そこには。
冷や汗を垂らし、拳を震わせている。
今まで見た事も無いような表情をした、ロク・ログマの姿があったのだ。
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