三話 裏切り
簡単なあらすじ『キジカ、男とのしょうもない言い争いに勝利』
「じゃあ、私はそろそろラネディ様の邸宅に向かうとするわ。
ありがとう、ここまで護衛してくれて。
とても不愉快な時間だったわ。
勿論、アンタのお陰でね」
相手が『ストレスの元凶』というのもあるのだろうが……とにかく、鬱憤を晴らす事が出来たのが余程嬉しかったのだろう。
男との口論に勝利したキジカは珍しく横柄にも見えるような態度となり。
しかもそれだけでなく、未だ頭を抱える男に追い打ちまで行うと、そこでやっと身体の向けを変えラネディのいるという邸宅へと向けて歩き出した。
未だ二人を見つめ続ける。
周囲の視線を一身に浴びながら。
だが、口論も終わりを迎え。
人々の目も漸く各々の向くべき方へと戻り始める……
かと思いきや、再びその視線は二人に注がれる事となった。
「……待てよ、お嬢ちゃん。
俺も同行させてもらうぜ」
外套を着た男がキジカの肩を掴み、そう言ったからだ。
「はぁ!?アンタ何言って」
「こうなりゃ仕方がねえ。
俺もお嬢ちゃんについて行って、そのラネディ様ってのに直談判してみる事にするぜ。
『せっかくここまで護衛したのに、アンタの許婚が手間賃を払ってくれないんです〜』
って感じでな」
男はキジカの言葉を遮って続け、自身の作戦を全て打ち明けた。
そう、男はまだ諦めていなかったのだ。
目の前の女が最低でも貴族クラスの存在であるのが判明した今、『どうにか彼女から手間賃を毟り取ろう』という、その酷く卑しい野望のような、いや非望のような企みを……
「やめてよ本当に!
とにかく!アンタとはここまでだから!」
しかし、キジカは何とかそれを振り切り。
目的の場所へと歩を進める……
「ついて来ないでって言ってるでしょ!」
「そうつれない事言うなよ。
全く、本当にケチなお嬢ちゃんだな」
「アンタねえ……!!」
訂正しよう。
振り切る事は出来なかったようだ。
カンパニヤの町の、大通りを暫く歩いた先にあったのは。
落ち着いた雰囲気の中にも、そこを住処としている者は豪奢な生活を送っているであろう事が容易に窺える大豪邸……
そう、これこそがラネディの住まう、サルディ・オストノルト辺境伯の邸宅なのであった。
キジカは邸宅から少し離れたくらいの位置で立ち止まっていた。
「ちょっとアンタ、いつまでついて来る気なの?」
「さっきから何度も言ってるだろ?
あのデカい屋敷の中までだよ。
お嬢ちゃんは意地でも俺に手間賃を払う気が無いみたいなんでな」
「…………」
理由は外套を着た男が未だ貼り付くようにして自身の背後にいるからだ。
しかも、どうやら男は本気でキジカから奪えぬ分の金を邸宅の住人から回収する気でいるらしい。
「……もう!分かったわよ!
払えば良いんでしょ払えば!
だからアンタはここで待ってて!」
それを改めて実感したキジカはとうとう折れ。
遂に男へと手間賃を渡す事を約束する……
「悪いがそれは出来ねえな。
だってお嬢ちゃん、俺が諦めるまであの屋敷から出て来ないつもりだろう?」
「いや、流石にそんな事は…………はぁ。
もう好きにしなさいよ。
アンタは私の従者って事にするわ。
ただし、ラネディ様に余計な事は言わないでよね?
お金は私が何とかするから」
しかもそれだけでなく、最早言い返すのにも疲れたのか男の同行すらも認めてしまうのだった。
「ああ分かった。
俺は屋敷では何も言わない。
お嬢ちゃんは俺に金を払う。
これで契約成立だな。
じゃ、お嬢ちゃん。
そうと決まればさっさと行こうぜ……ん?」
そして話もまとまり。
いざラネディの邸宅へ……と、二人が歩き出そうとしていたまさにその時。
「あ……アイツは!?」
外套を着た男が何かを見つけたようだ。
「……ほう。
こりゃあまた随分と大物だったんだな。
なあ、ケチなお嬢ちゃん」
「その呼び方やめてもらえる!?
……それで、何よ」
「もしかすると、ラネディってのはアレの事か?」
「え?」
キジカは男の指す方向に目をやる。
男の指す先にあったのは窓掛けを開いた邸宅の一室であり。
またそこには、高価だと分かる数々の彫像……
その中でただ一つ、それらと見紛う程整った顔立ちをした紳士の姿があった。
「あら!あのお人は……!」
そこにいたのはキジカと同色の青眼を持ち。
金色の頭を短く纏めたやや小柄ではあるが非常に端正な顔立ちをした紳士。
確かにそれは王女の許婚、ラネディに間違いは無かった。
「ええそうよ!あの方がラネディ様よ!
あの方は本当に、いつ見ても凛々し」
ラネディの存在に気付いたキジカはうっとりと目を細める……が。
「そうかぁ?
俺にはとてもそうは見えないんだが」
外套を来た男が発した一言により、すぐにキジカはその恍惚から引き摺り出される事となった。
「ちょ……いきなり何言ってんのよ!?
アンタの目は節穴なの?」
「だってよぉ、ほら」
そんな男を非難するキジカであったが。
珍しく男の表情が固いものである事に違和感を覚え、今一度彼の指差し続ける方向へと視線を戻してみると……そこには。
ラネディの腕を取り、彼に寄り添う。
キジカの知らぬ女の姿があった。
「………………嘘」
「お嬢ちゃんのいる場所からだと彫像の影に隠れて見えなかったんだろうな……って。
お嬢ちゃん大丈夫か?」
そこで初めて、キジカは自身が膝から崩れ落ちた事を知った。
『セルバ大森林』
オルスランド王国南東に存在する森林地帯。
それは広大であり、また魔物も多く生息しているため戦術の心得が無い者、もしくは単独でこの地に足を運ぶ事は自死と同義である。