三十五話 アナタが見せた涙
簡単なあらすじ『ログマの話が終わった』
話終えた彼はすぐに、幕を下ろすかのようにして自身の両手でその顔を覆い隠した。
けれど、それでも私には分かっていた。
今この人は、酷く悲しみに満ちた表情をしているのだろうと言う事が。
だから、何も言えなかった。
そうして始まった沈黙は、永遠に続くかと思われる程、重苦しいものだった……でも。
それを破ったのもまた、彼だった。
この人は急に、それを止めて私の目をじっと見つめると、今度はまた突然にも、私に向かって深く頭を下げ。
そして、こう言った。
「お嬢…………キジカ。
キジカ、俺がお前にこの話をしたのは。
お前に、お前にずっと。
謝りたかったからだ。
キジカ、すまない。
すまない……本当にすまなかった。
俺があの時捕まりさえしなければ。
まだ師匠は生きていて、それで……
お前の側に、いたかもしれないのに。
お前の、親は……
愛していたお前の側に、今も……
でも……俺が……俺のせいで……」
「……!あ、アンタ…………!」
私は言葉に詰まった。
驚きのあまり言葉が喉首で止まり、絡まり、そして道を塞いでしまった。
初めて見たからだ。
ロク・ログマが涙している姿を。
でも、それだけでは無かった。
私が何も言えなかったのは……だって、初見のそれは。
痛いくらいに冷たくて。
先程の顔ですらも比較にならない程、苦しそうで。
もう、癒える事は無いのではないかと思うくらい、悲しくて。
見ている私の方が、心が傷だらけになってしまいそうな程の表情だったんだから。
でも。
それでも、私は。
「…………ログマ!!」
彼に手を伸ばした。
ずっとずっと、一人で抱え続けて来たんだろう。
放り捨てる事も出来なかったんだろう。
けれど見つめ返す事もまた、出来なかったんだろう。
…………それはどれだけ、辛かったのだろう。
そんな言葉だけでは言い表わせないくらいの苦痛からこの人を引っ張り上げないと、そう思ったから。
そうして、私は。
静かに涙を流し続けるこの人を……彼を。
ログマを。
いつしか強く、抱き締めていた。
少し前、この人が私にしてくれたみたいに。
そう、今度は私の番だ。
「ログマ、ログマ!……ログマ!!
泣かないで……大丈夫、大丈夫よ。
貴方のせいじゃないわ。
むしろ、お母様は貴方に感謝してると思う。
勿論、私もね……だから、お礼を言わせて。
ログマ。
母様を助けようとしてくれて……いいえ。
救ってくれて、本当にありがとう」
「キジカ…………クソ、まだ涙が止まらねえ。
こんな俺でも、あの時の事を思い出しちまった時だけは嫌でもこうなっちまうんだ……
恥ずかしい所を見せちまったな。
笑ってくれ、こんな情け無い俺を……」
「心配しないで、何も見ていないわ。
今の私には何も、何も、見えてないから……」
そうして、気が付けば貰い泣きしていた私と。
未だ涙を止められぬログマの、泣き虫二人は。
泣き疲れて眠るまで、ずっと。
ずっと……互いの鼓動を間近に感じていた。
その夜、ロク・ログマは夢を見た。
それは計画を実行に移す、直前の記憶だ……
ここは何処かの一室。
その部屋の中央では、寝台の中で目を閉じた美しくも青白い顔をした婦人がいる。
その時、窓掛けの布が風に誘われたかのように揺れ、何と無しに婦人はそちらへと目を向ける。
すると、そこに何者かの気配を感じ取った。
「…………ログマ?
ログマ、なのか……?
お前、こんな夜中に一体……?
……!?
お前、何かするつもりだな!?
それはもしや……私のため、なのか?
……もし、そうなのだとしたら。
私のために危険を犯すのは止めてくれ、ログマ……」
「師匠、待っててくれ。
俺が必ずアンタを助けてやる」
「ま、待て!!
ログマ……!!ログマ!!」
最後に聞いた婦人の声は。
今でも、彼の耳に焼き付いている……
その夜、私は夢を見た。
夢の中の私は、お母様の部屋の前にいた。
そう、それはあの時の記憶だ……
あの時は確か、部屋のお水を新しいものと取り替えるためにそこまで来ていて。
そこで私は、誰かとお母様が会話していたのを聞いたのよね。
「師……待ってて………
俺が……アンタを……………」
「ま、待て!!
……マ……!!ロ……!!
…………ロ…マ。
全く、最後まで……本当に……
世話の焼ける奴だよ、お前は」
もしかするとあの時、お母様と話していたのは。
ログマだったのかもしれない……
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