三十二話 この人の話
簡単なあらすじ「キジカには一つ、聞いておきたい事があった」
「お母様は……私を……私、を…………私なんか。
産まれて来なきゃ良かったって、そう思ってたのかな……?」
言い終えると同時に、私の中の波打つ感情が遂に器を外れた。
そして涙という形を取った感情は、みるみるうちに私の両目から溢れ出す……今度のそれはもう、アイツの指だけでは。
到底拭い去る事は出来なかった。
「な……!!ち、違う!!
俺はそんな事が言いたかったわけじゃ……!!」
アイツは驚いたような表情で、すぐさま私の質問を否定してくれた。
だけど次は口からも流れ出た感情が、アイツの言葉を掻き消した。
私自身でもそれを止められなかった。
一度堰を切ったそれを、抑える術を私は持ち合わせていなかった。無理だった。今の私には。
「だって!!だってお母様は!!
王と……お父様との関係を本当は望んでいなかったのよね!?
いいえ、それどころか……むしろその決断がどんなに辛かったか……どんなに苦しかったか……その話を聞けば私にも充分、理解出来たわ。
……だからこそよ!!
だから私の事も、望んでなんか……!!」
するとその時、突然アイツが私を強く抱きしめ。
そして珍しくも、感情を露わにこう言った。
「すまないキジカ!!俺が悪かった!!
お前が一番辛いだろうに、苦しいだろうに!!
なのに!!俺は何の気遣いも無しにぺらぺらと……すまないキジカ!!本当にすまなかった!!
でもそれは違う!!違うんだ!!
確かに愛人自体は望んじゃなかったかもしれない!!
だが、お前への愛は本物だった!!
師匠はお前を愛していた!!愛していたんだよ!!」
私を包み込んだ男の温もり。
力強く発せられたその言葉。
それと、初めてだったかもしれない。
アイツに呼ばれた、私の名前…………それらを受け。
突如、私の中に生まれた戸惑いにも似た感情が。
障壁となり、いつまでもこの口から溢れ出るかと思われた言葉達を漸く防ぎ止めた。
しかし、涙だけはそれをすり抜けてしまうようで。
未だ止めどなく流れ出る涙は。
まるで、あの男へと居場所を移すかのようにしてその肩を濡らしていった。
けれど、アイツはそれを嫌がる事も無く。
それどころか、その全てを受け入れようというつもりなのか。
そのまま。私を強く抱きしめたまま。
でも今度は囁くように、私の耳元で話し始めた。
「…………
『なあログマ、知らなかったよ。
我が子とは、こんなにも愛おしいものなんだな』
……お前を初めて抱き上げた時、師匠が最初に言った言葉だ。
師匠のあんな優しい眼差し、初めて見たよ……流石の俺も、少しだけ妬いちまうくらいだった。
大丈夫だ。
お前は愛されていたんだよ。
あの人はずっとお前の味方だ。
今までも。これからも。
そして、この俺もだ」
その話が終わる頃には。
アイツの…………いいえ。
この人のお陰で。
不安から流れ始めたはずの涙は、喜びからへと源を変えていたんだけれど。
でも、それでも。
私は暫くの間、涙を止める事が出来なかった。
「…………ありがとう。少し落ち着いたわ」
「キ……お嬢ちゃん、無理そうならこの話はもう」
「良いの!続けて!」
「だが……」
「ううん、良いの……聞きたいの。
だからお願い、続きを聞かせて」
「……分かった」
そうしてまた、この人は語り始める……
「ええと、どこまで話したか……
ああ、お嬢ちゃんが産まれた所までか。
それで、その後はって言うとな……
師匠が安心してお嬢ちゃんを育てられるように。
人の親になった師匠に、なるべく迷惑を掛けないように。
俺は時間があれば一人で修行を続けたし、今まで以上に仕事にも打ち込んだ。
そしたら……まあ、自分で言うのも何だが。
そのお陰かみるみる俺は強くなっていってな。
お嬢ちゃんが十と幾つかって歳になる頃には、俺の剣の腕は騎士の中でも上から数えた方が早いくらいになっていたんだ。それと、身分がどうだのいう奴もすっかりいなくなっていたな。
……とは言っても、仕事は裏方のままだったんだけどな。
ついでに言っておくと、お嬢ちゃんが俺を知らなかったのもそのせいだと思うぜ。俺は王宮にいない事の方が多かったからな。
で……その頃にはもう、師匠とは滅多に会う事が無かったんだが。
でも、きっと安心してくれていただろう。
俺がどうしていたかは、師匠の耳にも入っていたと思うしな。
そして、長い間そんな日々を過ごして来た俺も。
師匠のいない日常にすっかり慣れちまってた……後は夢に、師匠とお嬢ちゃんの姿を見なければ立派に親離れしたと言える、ってくらいには。
だが、すぐにそうもいかなくなった。
俺はまた前みたいに、師匠の事を考えてばかりいるような日々に戻されちまったんだ。
……師匠が、重い病に罹った」
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