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二話 仕様も無い争い

『トロール』

この世界では魔人類オニビト科に分類される緑色をした大きな人型魔物。力が強いため接近戦を得意とする者は注意すべし。

簡単なあらすじ『キジカ、性格の悪い男と共に森を抜ける』




王都より南東へとひた歩き、セルバ大森林を抜けた先にあるはカンパニヤという町。


その町は小さく、交通の便も決して良いとは言えない場所であったが、そこに居を構える辺境伯サルディ・オストノルト氏の存在により町民は職、生活、そのどちらにも困窮する事は無かった。




日が昇り切り、カンパニヤの町が強い陽光に包まれていた頃。


木々の間を抜け、その入口にある町門に近付く二つの人影があった。


「良かった!無事カンパニヤに辿り着けたわ!」


「ああ、これも俺のお陰だな」


「……」


「おいおい急に黙って、どうしたんだよお嬢ちゃん

恩を受けたならその相手には礼を言わないといけないんだぜ?まさか、知らなかったのか?」


「いいえ、そのくらいの常識は心得ているつもりよ。

でもアンタの場合は害も受けているから帳消しになると思うの。


それでも感謝して欲しいっていうなら、まずはさっきの事を謝ってくれないかしら?」


「……」


「何よ!!アンタも困ったらだんまりじゃない!!」


そう、その二人組とは。

キジカと外套を着た男である。



辺境の地……


それは紛うことなき事実なのだが、このカンパニヤという町は侮れない。


その証拠に大通りは整備が行き届いており、露天や人々の姿も多く活気で溢れていた。


つまりこの場所が何もかも満ち足りる豊かな町であるというのもまた、紛れもない事実であったのだ。



「ところでお嬢ちゃんよお。

一体、こんな片田舎に何の用事があるってんだ?」


大通りの中で周囲をきょろきょろと見回しながら、外套を着た男はキジカに問い掛けた。


ちなみに、この男は簡単に言えば『せっかく来たのだから、例の男(ターゲット)を探してみる』というような理由から、役目を終えた今も尚王女の背後を歩いているのである。


そして、そんな男の言葉を受けたキジカは。

振り返ると何処か自慢げな表情を作りこう言った。


「ふふ、私はね……

この町にいらっしゃる辺境伯、サルディ・オストノルト様のご子息であり私の許婚いいなずけでもある。


ラネディ様にお会いするためここまでやって来たのよ!」



そう、キジカが魔物蔓延(はびこ)るセルバ大森林を抜け、わざわざこの町を訪れた理由とは。


そこにいるラネディという男に会うため……より事細かに言えば。


『ラネディと会い、彼に助けを求めるため』であったのだ。


先にも言ったようにラネディは〝一応〟とは言え、キジカの許婚であり。


また高名なサルディ・オストノルト辺境伯の跡取り息子であるのだから。


きっと、〝こんな状態〟でいる。

キジカを救ってくれるはずなのだ……



(ふふふ、驚いたでしょう?

これでコイツの態度も、少しはマシなものになるかしら?)


どうやらキジカのドヤ顔、もとい得意げな表情は。

そのような考えから作り上げられていたようだ。


だが。


目の前の性悪に一泡吹かせたいがために行われた。


血迷ったとも言えるような。


『身分を明かす』も同然のこの発言を。


彼女はすぐに後悔する事となる……



数奇な運命(?)により出会った女の、この町での用向き。


それを知った男は驚くでもなければ、慌てるような様子でもなく……ただ一瞬。


「許婚、ねえ」


何故だか両の目をぎらりと光らせた。


「……!?

な、何よ……?」


そうして驚く事となったのは、むしろキジカの方であった。


男の反応を目の当たりにした王女の心は。


疑問。戸惑い。不安。少しばかりの怒り。そして不満。


多種多様な負の感情が混ざり合い、絡み合い、揺れに揺れ動いていた。


だが男はそれが落ち着くのを待ってはくれず。


「ちょ!?何するつもりよ!?」


むしろ畳み掛けるような勢いでキジカに顔を近付けるとこう言った。


「ってことはお嬢ちゃん、どっかの貴族の娘か何かだな?じゃあほら、〝コレ〟も結構出せるんだろう?」


男はキジカの顔の前で、指で輪のような形を作り。

くい、くい、と細かく上下に動かして見せる。


「…………ん?」


それが何を表しているのか分からず、ポカンとしていたキジカに。


男は口元を緩めて何処か優しげな口調で。

だがしかし、卑しさも垣間見えるその声で。


自身の行動の意味を説明するのだった。


「何だ?分からないのか?

ここまで連れて来てやった分の手間賃だよ、手間賃」



(やっちゃった……

私は少し……喋り過ぎたのね……)


そう。キジカが自身の発言を悔やんだのは。

まさにこの時、この瞬間である。



「いやあ、それにしても楽しみだぜ。

一体、俺はいくら貰えるんだろうなぁ。


なにしろ貴族のお嬢様を魔物から助けただけに留まらず、こんな辺鄙へんぴな所にまで護衛してやったんだ。


こりゃあ金貨一枚や二枚じゃあとても足りないよな〜


まさか、そんな御身分の御方が命の恩人に謝礼も渡さないなんて事もまずないだろうしなぁ〜


なあ?そうだよなあ?

お嬢ちゃんもそう思うだろう?」


(はぁ……最悪……)


頭を抱えるキジカを気遣う気配すら無しに。


男はつい先程社会の上流にいる事が露見した娘の周囲をくるくると回りながらそのような事を言い続けている。


だが、これは自身のミスが原因なのだからと。

暫くは黙って聞き流していたキジカだったが。


あまりにもそれがしつこいためとうとう怒りが爆発してしまい、新調したばかりである彼女の堪忍袋の緒は、本日二回目の切断を経験する事となった。


「どうするかなあ、それだけの金があれば」


「ああもう!!うるさいわね!!

はっきり言うけどそんなもの渡さないわよ!!


そもそもこうなったのはアンタのせいなんだから払うわけないでしょ!?


それに荷物は殆ど森の中に落として来ちゃったから今あんまりお金持ってないの!!」


突然の怒号に周囲の人々は驚き、瞬く間にその視線が金欠らしき声の主を取り囲んでゆく。


だが、最早止められぬ程立腹していたキジカにとっては、そんなものなど気にもならなかった。


しかし、何故だがその怒りを一身に受けているはずの男もまた、それを何処吹く風のようなものとでも思っているのか一切気にせず。


「心配すんな。俺は優しいからな。

その許婚とやらに金を借りて来るまで待っといてやるよ」


相変わらず自身の持つ卑しさ全てを顔に集中させたような表情をしながら、キジカにそう告げるのだった。


「はぁ!?アンタふざけるのも大概にしなさいよ!!そんな恥知らずな事出来るワケないでしょ!?」


「……そうか、払ってくれねーのか。


じゃ、元々ここまでの約束だったからな。

お嬢ちゃんとはここでお別れだな。


……となると。

今度はたった一人であの森を抜けなくちゃあならないんだな。


魔物だって沢山いるってのになあ……

可哀想になあ……


ああ、残念だなぁ〜

手間賃を払ってくれれば、俺が帰りもお嬢ちゃんを護衛してやるかもしれないのになぁ〜」


すると、卑俗ひぞくの塊は無情にも。

今度はただ要求するのでは無く、キジカを脅すものへと作戦を変更させたようだ。


「……!?


そ、そうだわ。

帰りの事、すっかり忘れてた……!!」


だが、これは非常に効果的だった。


理由など実に簡単である。

そうなればキジカは心底困ってしまうからだ。


(嫌!こんな奴に謝礼なんて絶対渡したくない!


でも確かに、マズイわよね。

セルバ大森林を一人で抜けるのはちょっと……


今は所持金も少ないから、また冒険者を雇うって訳にもいかないし。


本当に、どうしたら良いのかしら……?)


脅迫(?)を受け、再び苦悩するキジカ。


悔しくも、『ここでコイツに見捨てられたら王都に帰れなくなる』というのがほぼ確定しているだけに、今回の苦悩それは一際彼女を苦しめるのだった。


「素直に払うんだったら、帰りの分くらいはまけといてやるんだけどな〜」


そして男は追撃し。

キジカは内からも外からも苦しめられてしまうのだった。



(もう、コイツに謝礼を渡すしかないのかしら?)


為す術もなく、とうとうそんな考えを頭に浮かべてしまっていたキジカ。


「……!」


だが、そこで不意に妙案を思いついた彼女は口元だけで笑い。


「ん?」


刹那、動揺を見せた男に向けてこう言い放った。


「ふふふふふ、帰りたければ帰れば良いじゃない。

私はラネディ様の所に暫く泊めて貰うから!」


「……き、貴族様が外泊っつーのはどうなんだよ?


そ、それにお嬢ちゃんは婚約こそしてるようだがまだ正式に結婚した訳じゃねえんだろう?」


すると男は動揺を隠し切れなくなったらしく。

少し慌てた様子で口早にそう反論した。


しかし、それは悪手だった。

優勢の兆しを見つけたキジカがそれを逃すはずはないのだから。


「状況が状況なんだからやむなしよ!


それに、もしそれがダメで帰る事になったとしても。

その時はきっと、ラネディ様が護衛を付けてくれるでしょうからね!」


「う……」


「さ、アンタもう帰るんでしょう?

お見送りくらいならしてあげるわよ?」


「ぐ……」


「どうしたの?言い返さないの?

それとも、言い返せないのかしら?」


「……」


今度は男が頭を抱える番であった。



こうして、周囲の人々には痴情のもつれか何かに見えたであろう、二人の仕様もない言い争いは。


キジカの勝利で幕を閉じたのである。

『魔力』

・人間ならば誰しもが有する、体内を流れる体液の一種のようなもの。これを体外に放出したり、体内で循環させたりする事でそれが魔法となる。

・ちなみに『体外に放出する』ものは最も一般的に使用されている魔法である。また、それはどうやら魔力が空気に触れる事で起こる、化学反応のようなものであるらしい。

・『体内で循環させる』ものは主に肉体強化等の目的で使用されるそうだ。しかし、過度な使用は肉体に悪影響を与える恐れがあるのだという。

・体液の一種のようなものなので当然、発汗等で増減もする。

・しかし、長きに渡りそれを使用しなかった家系の者等は魔力、魔法を扱えない場合もある。



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