二十四話 逆転
簡単なあらすじ『カイリを人質にされたキジカとログマ、イフリャに降伏する』
「ただし、先に謝罪させてくれ。
アンタの装備、汚れるどころじゃ済まねえだろうからな」
つい先程降伏したはずの男が。
今度はそう言って、微笑を浮かべている……
それを見たイフリャは。
今の今まで勝利を確信していたにも関わらず笑みを沈め、饒舌である事を止め。
そして、妙な胸騒ぎと共に。
この男ロク・ログマに対して、僅かばかりの恐怖を覚えるのだった。
「……もう、良いだろう。
槍の中の魔力は、もう完全に抜け切ったはずだ」
直後、ログマは動いた。
彼が頭上にあった両の手を素早く合わせたのだ。
すると、その中心にて黒色をした球体のような何かが混ざり、渦巻くのが見えた。
「…………今更、何のつもりですの?」
とはいえ、それは前にも見た『この男が得意とする魔法』というだけの、ただのいち攻撃手段でしかないはず……
だとすれば、この男は何を血迷っているのだろうか?
それが何であろうと。
それが、どれだけ仇なす者の脅威となろうと。
こちらがこの少女を刺し貫くよりも早く、それを放てるわけも無いというのに。
そう思い、イフリャは視線だけをログマへと向けたまま大槍を構え直す。
それで今度こそ、彼女は人質を突き刺すつもりだった。
一突きさえすれば。腕の一本でも使い物にならなくすれば。いや、わざわざそうせずとも、そのまま壊してしまっても良い。
とにかく、一突すればただそれだけで。
あの男は静まるとばかり思っていた。
だが、それは大きな誤算だった。
ロク・ログマは囮だったのだ。
イフリャの視線を誘い寄せ、捕えておくための……
「お嬢ちゃん!!今だ!!」
「ええ、任せて!!」
そしてログマの声を聞いたキジカが、間髪入れずに魔法陣の描かれた布切れを懐から取り出したかと思うと。
次の瞬間にはイフリャの手元から大槍が消え。
二人とイフリャの間程の位置に召喚されたそれは。
からんと音を鳴らし、地にその身を落とした。
「こ、これは……」
これは、キジカ王女の召喚魔法。
いけない、忘れていた…………いや。
正直に言えば、油断していた。
あの女は私にとって、何の脅威にもならぬものだとそう信じ切っていたのだから。
そう思い、暫くの間イフリャは呆然と立ち尽くしていた。
「…………い、いけない!!」
が、すぐに正気を取り戻した彼女は、とにかく大槍を回収せねばと走り出す。
だが、数瞬遅かった。
「じゃあ、今度は俺の番だな……『融毒・溶解破錠!!』」
再び声を上げたログマが大槍へと向け、小さな水球のようなものを打ち出すと。
それが当たった直後から彼女の三叉槍は瞬く間に溶け出し。そして遂に、泡となってその殆どが消えてしまったのだから。
「そ、そんな!?これは一体……!?」
「まあ簡単に言えば、今使ったのは『高価なもんを溶かす毒』さ。
逆に言えば、そうでなくちゃ溶かせなかった……
アンタがただの見栄っ張りじゃあなくて助かったよ」
……ログマがそう言い終えるが早いか。
イフリャは途端に、膝から崩れ落ちた。
……決着はついた。
そう確信したログマは、一つ溜め息を吐き出し。
一方のキジカは未だ表情を曇らせたまま、すぐにカイリの元へと駆け出して行った。
「カイリ、大丈夫!?」
「キ、キジカさん……私は大丈夫です……
少し背中は痛みますが、何ともありません……」
「……良かった」
カイリの返答を聞き、そこで初めてキジカは表情を緩める。
……が、数秒後には再び眉間に皺を寄せていた彼女は。今度はログマへと向け、声を荒立ててこう言うのだった。
「ちょっとアンタねぇ!!
最悪の場合は俺が何とかするって言ってたじゃない!!
それが何で、こんな……!!
もう少し出て行くのが遅かったら、どうなってたか分かってるの!?」
しかし、すっかりと元の調子に戻ったログマは、彼女を軽くあしらうようにこう言い。
「まぁまぁお嬢ちゃん、そう言うなって。
あの時人命最優先で動いてたら、全てが台無しになっちまう所だったんだから仕方ないだろう?
だから、その代わりと言っちゃあ何だが。
今からコイツにはたっぷりとお返しを……」
次に、イフリャの方に向き直ると……ああ、その発想は相変わらず性悪と言った所だろうか。
あろう事か武器を溶かされ最早、他に為す術も無い者へと非情にも追撃を始めようかとしていた……が。
「…………ん?」
性悪は突然、動きを止めた。
それは視線の先にいる、イフリャの様子に変化があったからだ。
「そ、そんな……そんな……」
今の彼女は、気丈で冷酷に見えた先程までとはまるで別物のようになっており。
姿勢は先程と変わらず地に膝を付けたまま。
ただし意気消沈かつ戦意も喪失しているらしく、うわ言のように何やらぼそぼそと呟き続けている。
「そ、そんな……あの槍が……
あれは小国一つ買ってもお釣りが来るくらいの代物だって、お父様が………」
するとそんな彼女は、すぐにポロポロと大粒の涙を流し始めたかと思うと。
「……うわぁああああああん!!うわぁあああああん!!
どうじよう!!どうじよう!!
お父様に何て言えばいいのよぉ!!」
次の瞬間にはとうとう、赤子のように声を張り上げ泣き出してしまった。
しかし、それを見たログマは。
「……まあ、それとこれとは話が別だし。
ってワケで、たっぷりとお返しを……」
それでも尚、泣き面に針刺す蜂にならんとしている様子であったが。
「いやいやいや!!もう良いでしょどう見たって!!
さ、早く戻るわよ!!カイリの手当てをしないといけないんだから!!」
「私もそう思います、むしろこれ以上は流石に……」
キジカとカイリの制止を受けた事で、再び動きを止めた。
「……ったく、分かったよ。
じゃ、さっさと貰うもん貰って帰るとするか」
次に三人は、ログマの言う通り。
皆でドラゴンの亡骸からなるだけ多くの品を剥ぎ取り、回収し、そして帰路に就くのだった。
未だ号泣を続ける、イフリャを放置したまま。
「おい、カイリ」
「ん?どうしたんですかログマさん?」
「お陰で助かったぜ、ありがとよ」
「え……い、いえ、そんな……私はただ」
「この借りは必ず返してやる」
「…………え?」
ちなみにその際、上記のようなやり取りがログマとカイリとの間で行われていたのは、キジカの知らぬ所である。
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