二十二話 一時撤退
簡単なあらすじ『イフリャ、遂にキジカへと牙を剥く』
イフリャの巨大な三叉槍は。
どう見ても主人の体躯とは不釣り合いだと言うにも関わらず、予想以上の速度で突き放たれ。
キジカへと、牙を剥き襲い掛かる。
「あ…………」
だが、動揺、驚愕、恐怖。
様々なものに囚われ、キジカの身体はすっかりと硬直してしまっていた。
とは言え、イフリャの殺気凄まじく。
殺気と共に魔力まで乗せた三叉槍はまるで獲物を喰らう蛇が如く素早い。
動けた所で、どの道躱す事は出来なかっただろう……
それが蛇に睨まれた蛙と言うのならば、尚更にだ。
「何やってんだお嬢ちゃん!」
そんなキジカを抱え、守って見せたのはログマだった。
「……お前らはその死骸の裏に隠れてろ!早く!」
次に性悪は口早くそう言ってキジカをカイヤの方へと突き飛ばし。
「キジカさん!」
「あ、ありがとう……もう大丈夫。
さ、行きましょう!」
二人を無事に逃すと、今度は。
その間にログマへと照準を合わせていた、イフリャの三叉槍に向け得意の毒魔法を放った。
しかし深紫の液体を受けても尚、槍はどうなると言う事も無く。
槍は無表情に。無機質に。
ただログマの顔からほんの少し、右に逸れた所にあった空を刺し貫いた。
……今度の攻撃にも魔力が込められていたのだろう。空を切ったイフリャの大槍はびりびりと雷のような音を発している。
もしもそれに当たっていれば、ひとたまりも無かったはずだ。
いや、最悪……
「何……!?」
それを見たログマは、そこで初めて顔に焦りを見せ。
一瞬戸惑った後、再び掌に魔法陣を描いて毒魔法を。ただし今回はイフリャへの目眩しと足止めのためであったのだろう、煙幕のようなそれを広範囲へと撒き散らすと。
一度後退し、素早くキジカ達のすぐ側。
つまりは亡骸となったドラゴンの影に隠れるのだった。
「うわっ!?…………って。
何だ、アンタだったのね……良かった。
……大丈夫?怪我でもしたの?」
「いや、そう言うわけじゃないんだ。
俺の毒魔法でアイツの槍を溶かしてやろうと思ったんだが、全く効かなくてな……それで一先ず退散して来た」
「そう……あ!
だったら、魔物達を追い払った時みたいな毒を使うのはどう?そうすれば流石のイフリャも……」
「お嬢ちゃん、ナイスアイディアだ。
ただしアレは強力過ぎるから、同じ空間にいる俺達も無事じゃあ済まないと思うがな」
「あ……そう、だったわね……」
そう、この男も手詰まりであるのだ。
その頃、イフリャは。
一歩一歩踏み締めるようにしてあの場を離れ、何とか岩壁まで辿り着き。
丁度、そこに背中を預けたという所であった。
その息は荒く、顔色はやや青みがかっている。
また手指を閉じたり、開いたりを繰り返す彼女の様から察するに、どうやら痺れのような何かをも感じているようだ。
もしかすると、それは。
先程ログマの放った、煙幕のようにして使われたとは言え毒であろう魔法を吸い込んでしまったせいであるのかもしれない。
だが、それでもイフリャは冷静であった。
身体に異常が起きた今、まずは肉体を回復させるため安全な場所を目指す事が先決だ。
ロク・ログマとてきっと、打つ手が無いから身を隠したのだ。だとすればきっと、追撃は来ないはず……
そう考えた上で彼女は、焦る事無く。ゆっくりと。
それを実行して見せたのが何よりの証拠だ。
「流石、元騎士の男。
なかなかやるようですわね。
……ふふ。
貴方をこの手で始末するのが楽しみですわ。
でも。
今はまだ、こうしているとしましょう」
そんな彼女は、ドラゴンの屍を見つめそう呟く。
一方でログマはと言うと。
イフリャの現状を悟っているのかまだ動き出そうとはせず。
その代わりにうんうんと唸り、『打倒、イフリャ』への糸口を、どうにか探し出そうとしている真っ最中であった。
「ねぇ……さっきの話、本当なの?」
そこで、キジカが独りごちるかのようにしてそう言った……が、すぐにはっとしたような表情で両の手を口に当てる。
どうやら彼女は性悪の邪魔をしたかったのでは無く、思わずそんな言葉を零してしまっただけのようだ。
「それは……後で話す」
だが、ログマは怒る訳でも無く静かにそう言うと。
すぐに普段の調子へと戻りこう続けた。
「それより、あの女は一体何なんだ?
あんな風体してるクセに、馬鹿みたいな威力の攻撃するじゃねえか」
それを聞いたキジカは、自身の知るイフリャの情報をログマへと包み隠さず教える。
「イフリャは父君が国内でも指折りの資産家でね、高価な武具を幾つも与えられているそうなの。
勿論アレもその一つで、確かその殆どが金や珍しい宝石なんかで出来ているとか……アンタがそう感じたのも恐らくそのせいだと思うわよ。
ただ武具に頼り切っているせいか、彼女自身はそこまで強くは無いって言う噂を聞いた事があるわね」
「それは本当だと思うぜ。
攻撃自体は単調そのものだったからな」
「そうなの?……まあ。
それが事実でも、私ではとても敵わない相手である事は確かなんだけどね……」
「なるほど、どちらにせよ厄介な奴ってワケか。
こんな時に博士がいりゃ、良い壁役をしてくれたんだが……」
そこでログマは懐を漁りある物を取り出すと。
何かを思い出そうとするかのようにそれをじっと見つめる。
それは、この男が博士から譲り受けた『一見、何の変哲も無いように見える布製の袋』だった。
……既出の事柄ではなかったが。
実は旅立ちの間際、二人は博士にも共に来ないかと声を掛けていたのだ。
だが移動ばかりでは研究が出来ないと断られてしまい。その代わりにと、博士が寄越した手向けの品こそがそれなのである。
その袋は上記したように、一見しただけではただの布製の袋でしかないのだが……何と、転移魔法を応用して作られたものであるらしく。
その中に入る物体でさえあれば。
自由に、現在地と博士の自宅間を移動させる事が可能なのである。
ただし。
ログマが『アイツ、多分コレで研究に使う材料とかを俺達に調達させる気だ。代わりにゴミでも放り込んでおこうぜ』などと言っているため、結局一度も使用された事は無いのだが。
それはさておき。
博士に縋りたい程……か、どうかは分からないが。
そう思えるくらいには悩み続けるログマを見ているうち、すっかりと不安になってしまったキジカはこう問い掛ける。
「どう、勝てそう?
もし無理そうなら……何か、私にも出来る事はあるかしら?」
それに対してログマは言った。
「そう、だな……だったらお嬢ちゃん。
アイツの武器をお嬢ちゃんの召喚術で何処か別の場所にでも移動させられないか?
たった今、良い事を思い付いたんだが……正面突破となるとちと厳しくてな」
悩みこそしているようだが、その顔には希望が垣間見える。
それを見、やや元気を取り戻したキジカはログマと積極的に議論し、作戦を練り始めた。
「うーん……出来なくはない、けど。
でも、あんなに魔力をバンバン流し込んでる最中の武器を使用者から無理矢理引き剥がすのは危険よ。
少しの衝撃でも、中の魔力が暴発してしまうかもしれないわ……ちなみにその『良い事』って、どういうものなの?」
「お嬢ちゃん、あれは殆ど金や宝石で出来てるってさっき言ってただろう?
なら、〝アレ〟を使えば何とかなりそうだと思ってな」
「ボソリ(また〝アレ〟か……)
まあ、とにかく。
少しの間だけでも、イフリャが武器への魔力供給を止めてくれれば良いんだけどね」
「なら、アイツの気を逸らす事が出来ればどうにかなりそうだな。
となると、まずはその方法を考えないとか……」
「方法、ねえ……」
そうして、二人の間に沈黙が流れた。
まさにその時だった。
「だったらその役目、私が引き受けます!」
今まで静観を続けていたはずの、カイリが声を上げたのは。
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