十三話 敢行
簡単なあらすじ『ラネディの護衛おかしくなる。キジカの不満解消されず』
宙を舞う二振の剣は。
皿を割り。卓に刺さり。
まるで鎌鼬のようにその切り口を増やしてゆく。
……そんな、非日常を詰め込んだような状態と成り果てている店内では。
「ね、ねえ、ちょっとやり過ぎなんじゃないの?」
「そうでもないだろ。
今の所、怪我人は一人も出してないぜ?」
「いや、そういう問題じゃ……」
キジカとログマのただ二人だけが。
ごく当たり前のように会話していた……
幻覚毒なる魔法を喰らい、酒場の中心で剣を振るい、ひたすらに暴れ狂うラネディの護衛達。
「おいお前達!一体どうしたって言うんだ!」
そんな護衛達の様子に動揺しつつもラネディは、それがログマの仕業だとも知らず必死に声を掛け続けていた。
だが、暫くすると。
遂に幻覚から解放され、主の声が耳に届いたのか護衛達はその動きを止めた。
……いや。
振り向く二人は明らかに、声の主に対して恐怖している様子だ。
まだ魔法の効果は続いているらしい。
だから、そう……
少なくとも、これはラネディにとってはあまり好ましくない状況であると言えるだろう。
キジカの目から見てもそれは明白だった。
「お、お前達……」
そして再び、ラネディが声を発した……次の瞬間。
護衛達はあろう事か、今度はラネディに切り掛かっていった。
予想済みであったその展開にキジカは目を瞑る。
ログマの話が本当だとするならば。
今、護衛達の目には。
ラネディがその命を狙う、一匹の魔物として映っているのだから……
「ひぃいいいい!!」
だが、その声が途絶える事は無かった。
ラネディが間一髪で剣を躱したのだ。
それを見、キジカはほっと息を吐き出す。
直後、彼は大急ぎでその場を離れて壁際に辿り着くと、そこで縮こまり震え出した。
一方で護衛達は、先程までラネディがいたその場所で、未だ尚剣を無茶苦茶に振り回し続けている……
「よしよし、第一段階は完了だな」
そんな時にログマが言った。
一体コイツは、この様を見て何を完了させた気になっているのだろうか。そして、何故満足であるのだろうか。
キジカは思わず、そのような疑問を抱く原因となった者に問い掛けた。
「どう言う事?」
すると、彼女に寄越されたのは……
「腰巾着共も見た所、まあ色々とやってそうだったから職無しにしてやろうと思ってな……そいつが第一段階だ。
んで、さっきも言った通り第一段階が今完了したのさ。
例え幻覚を見せられているんだとしても、主人が自分に剣を向けた護衛なんていつまでも雇っているはずがないだろう?
その時の光景がちらついて、むしろ寿命が縮んじまうだろうからな」
「…………や、やっぱりゲスだわ、アンタ」
キジカも言うように。
もういっそ清々しいと思える程の、下衆な答えであった。
そんな、随分と下衆な返答をキジカへと投げて寄越したログマは、その後すぐにきょろきょろと辺りを見回し始め。
運良く無傷で残っていた卓を見つけ出すと、そこで目を止めキジカに言った。
「おっ、あそこが良さそうだな。
お嬢ちゃん、ちょっとついて来てくれ。
なるべくゆっくりな。
剣の錆になりたいんなら別だが」
そうして何故だか、それがある場所にまでキジカを誘導すると。
次にその下で震えていた、店の名が入った前掛けをしている人物に向けて口を開いた。
……溢れんばかりの金貨が入った革袋を差し出しながら。
「なあアンタ、確か店長……だったよな?
ああ、やっぱりそうだよな。
なら一つ頼みがあるんだ。
こんな時に悪いが、酒を二つ貰えるか?
お代はここにあるからよ……
釣りはいらない、迷惑をかけちまったからな」
大金を見た店主は口をあんぐりとさせている……が。
時を同じくして、キジカもまた口を大きく開いていた。
(まさか、この男から謝罪の言葉が出るなんて……
流石のコイツも、何の罪も無い他人の店を滅茶苦茶にしてしまった事を後悔しているのかしら?)
ただし、後者は上記したように。
ログマの発言に対して驚いていたのだが。
(いやでも、私にはあんな態度だったし。
それに、朝から酒を飲むフリをして通行人には嫌がらせしていたわよね……
もう、基準が分からないわ……)
そんなキジカも、考えを重ねるうち。
思考した所で無駄だと気が付き、すぐにその顔を無感情なものへと変えるのだった。
ちなみに、ログマの取り出した革袋は。
それ自体が非常に高価である事など、一目で分かる程の代物であった。
恐らく、この騒動の中で。
ラネディか護衛達のどちらかから、どさくさに紛れて掠め取った物なのであろうと言う事も……
それから少しして。
店主の中にある、恐怖と欲望を乗せた天秤が均衡を崩したのであろう。
彼はログマから革袋を受け取り、厨房へと消えて行った……
そんな店主の後姿を、塵でも見るかのような視線で見送ったキジカは。
驚きのあまり頭からすっかりと抜け落ちていた、『何故コイツは酒を頼んだのか』という疑問をそれによって思い出し、ログマへと質問しようとする。
「さて、祝杯の前に全てを終わらせようぜ」
だが、その前にログマが言った。
どうやら酒は祝杯であったようだ。
「……アンタやっぱり、もう終わった気でいるのね。
確かに護衛達はアンタの目論見通り暴れてるみたいだけど、この後はどうするのよ?」
「へへ、最後はお待ちかね……『コイツ』の出番さ」
そこでログマが懐から取り出したのは。
何やら怪しげな色の液体が入った小瓶であった。
「……結局、それって何なのよ?」
そして、それは。
中身こそ知らぬものの、存在だけはキジカもよく知っている。
この男が博士から譲り受けた、『アレ』なのである。
「コイツは博士と俺が共同開発した薬品だ。
お嬢ちゃんのスキルでこれをラネディの頭上に移動させてくれ。小瓶が割れて奴が中身を浴びれば、それで復讐は完了だ」
次にログマはそう言い、キジカの目前に小瓶を突き出して見せる。
「えっ、私がやるの?
別にここから投げても届くと思うけど?」
それを聞き、キジカは目を丸くして言った。
その役目を放棄したいからではない。
この男がそのような、素晴らしい瞬間(?)を他人に譲るとは夢にも思わなかったからだ。
「それでもし外れたりしたら全部台無しになっちまうだろう?最後だからこそ確実にいきたいのさ。
それに、お嬢ちゃんだって一つくらいは奴に何かしてやりたいとは思わないか?
浮気された張本人なら尚更によ」
対する、ログマの意見はそのようなものであった。
「……」
そして蓋を開けてみれば、この男の意見がなかなかに合理的なものである事を知ったキジカはと言うと……
正直に言えば、それが合理的かどうかはともかく。
まずそもそもとして自身の常識の範囲外な出来事が、しかも立て続けに起きていたせいで疲弊しており。
だからそう、素直に打ち明けるのならば……
『早く帰りたい、終わらせたい』と思い始めていたため。
そうした所でどうなるのかも聞かぬまま。
彼女は二つ返事で、オブジェクト召喚を実行するのだった。
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