十話 決行
『ゴーレム』
魔石類イワビト科に分類される全身が岩で出来た魔物。
その多くはスピードの無い代わりに圧倒的な体重、パワーを備えており注意が必要。
『マンドラゴラ』
魔草類マンドラゴラ科に分類される魔物。
その名は根菜類の総称でもあり、動くもの、動かないもの、叫ぶもの、叫ばないもの、食べられるもの……と、様々なマンドラゴラが存在している。
また、その叫びを聞いたとしても気絶するくらいで、絶命する事まではないようだ。
簡単なあらすじ『キジカ、博士と出会う』
「お、あったあった」
今の今までごそごそと何かを探していた博士は漸く目当ての品を発見したらしく。
ゴミ山……もとい資料の山から這い出して来ると。
手にしていた緑色の液体が詰まった小瓶をキジカへと差し出して見せた。
「さあ王女様、挨拶代わりにこいつをあげよう。
マンドラゴラの出汁で作った魔力増強剤だよ。
コレを飲めば一時的ではあるが、君でもそこそこ魔力を扱えるようになるはずさ。
ただちょっと、クソ不味いのが難点なんだけどね」
どうやら探し物とは王女へのプレゼントであったらしい。
「あ、ありがとう……」
キジカはそれをやや引き攣った顔で受け取る。
とは言え、この博士自体には何ら嫌悪感は無かった。
むしろこれを自分に送るためとずっとあちこち探し回ってくれていたのだから、好人物だとすら思っている。
だが、やはりまだその姿には慣れず。
また、この場所もあまり好きになれてはいない。
しかもその上、プレゼントにも欠点があるのだし。
……だからそう。
先の表情はそれらを合わせた総評のようなものであったのだ。
そうキジカは思った後で、それを顔に出してしまった事を反省した。
そこで彼女は、先程の件への謝罪を……
「あの、博士。
さっきはごめんなさ……うぶっ!?」
しようとしたのだが。
痺れを切らしたログマに口を手で抑えられ、無理矢理に会話を遮られてしまった。
「世間話は後で良いだろ。
なあ博士、頼みがあるんだ」
ログマは言った。
(コイツ……
私にとっては『そんなもん』ではないのだけれど……
まあでも、そうよね。
確かここにはあるものを貰いに来たんだった、すっかり忘れていたわ。
特に、博士の見た目のせいで……
だからコイツもイライラしてたのね)
それに対して、珍しくもキジカは沈黙を選んだ。
ただし、不満げな顔を隠せずにはいるが。
「……はぁ。
相変わらず自己中心な男だね。
自分でこのお嬢ちゃんを連れて来たって言うのに……
それで、何だい?」
「『アレ』が欲しい。
アンタの事だ。材料を渡したのは一月程前だったが、もう出来てるんだろう?」
次にログマは身を乗り出してそう言う。
その様子から察するに、この性悪は今心を躍らせているようだ。
……それ程、『アレ』とは魅力的なものなのだろうか。
そう思いキジカもまた、まだ見ぬそれ……ではなく、あれに興味を惹かれ、先程覚えた怒りを忘却の海へと放り出してしまうのだった。
それと、反省の念も。
「……!!
ああ、あれか……勿論出来てるよ。
そうかそうか、とうとう実験対象を見つけたのか」
すると、その言葉を聞いた博士の雰囲気が変わった。
随分と嬉しそうにそう言い終えると、何と小躍りするかのような動きまでしながら、例の『アレ』とやらを懐から取り出しログマへと手渡したのだ。
そして博士の様子は、何処かで見覚えがあるようにキジカは感じる……
が、まだそれが何であったのかは、彼女自身にもはっきりと思い出す事は出来ずにいた。
「手頃なんかじゃねえ、ピッタリだ。
それくらい、お誂え向きな奴を見つけたんだよ…」
しかしそう言ったログマの。
その声、その表情に、キジカの直感が何かを感じ取る。
「へえ、それは益々良いね……ふひひ」
「だろう?……へへへ」
「ふひひひひひひひ……」
「へへへへへへへへ……」
そして二人が、揃って意地の悪そうな笑みを浮かべる頃には、キジカの疑念が確信へと変わっていた。
同時に、彼女の脳裏にある言葉が浮かび上がる。
『同じ穴の狢』と言う言葉が。
……そう。
この好人物だとばかり思っていた博士も。
実の所、性悪側の人間であったのだ。
証拠はその笑みである。
特異な姿をしているため表情こそ違えど、ログマの笑顔と性質が同じであるのは間違い無い。
……もしかすると。
この二人が絆を深めると言う事は運命で決まっていたのかもしれない。
そう考えると、キジカは新たに性悪が増えた事を、素直に喜ぶ事が出来なかった。
「 ていうか、笑ってばかりいないでそれが何なのか、そろそろ私にも教えて欲しいんだけど……」
ログマとキジカが博士の元を訪れてから三日が経過した。
「おいお嬢ちゃん。
新メニューのコレ、結構美味いぜ」
「あら、わざわざ私に教えるくらい美味しいの?
……なら、それ私にも一口くれない?」
「いやいや、美味いものを人にやるわけねえだろ?
不味かったらいくらでもくれてやるけどよ」
「だったら何で教えたのよ……」
「お嬢ちゃんの羨ましがる顔が見たかったからさ」
「はぁ、もう……アンタって本当に……」
そして、その日の夜。
二人はラコールの、以前と全く同じ席にいた。
……全ては。
復讐のために。
そう、キジカ達の待ち侘びていた日がとうとうやって来たのだ。
あれからも情報を掻き集めた結果、ラネディらしき人物が今日この場所へとやって来るのは殆ど確実。
また、キジカは町娘風に。
ログマはこの日のためだけに用意したという白いローブを纏い、つまりは変装し。
勿論、博士から頂いた『アレ』はしっかりとログマの懐にある……と。
そこからも分かるように、抜かりは無いのである。
この日のためにずっと準備してきた二人なのだから。
ただ一つ手落ちがあるとすれば。
それは、キジカが未だに『アレ』が何なのかを詳しくは知らない事くらいであろう。
まあ、それは彼女が何度聞こうと。
「ん?コレが何かって?
はぁ、分かってねえな。
良いんだよお嬢ちゃんは知らなくて。
むしろ何も知らないお嬢ちゃんは一番美味しい役回りなんだぜ?俺が代わってもらいたいくらいさ」
ログマがそう言ってはぐらかし、決してそれを教えようとはしなかった事が原因なのだが……
ちなみに、そのせいでキジカの『それを知りたい』という欲は限界に近付いていた。
しかし、それと同時に。
今日で全てはっきりとするだろうから、ログマの言う通り楽しみに待つべきなのかもしれない。
キジカの中には、そう考える自分も存在しているのだった。
ただし。ログマの言う通りにするというその行為だけは、もう一人の自分も不本意に思っているようだが。
結局、キジカに一口も寄越さずラコールの新メニューだと言う料理を全て一人で平らげてしまったログマ。
満足そうにしている彼とは真逆に、仏頂面のキジカはそんなログマを非難の意をもった視線で見つめ続けていた。
と、まさにその時。
「……!!
来たようだぜお嬢ちゃん。
間違いない、アイツだ。」
途端に目を色を変え、ログマが囁いた。
それを聞いたキジカはすぐさま。
だがそれでいて、悟られるようなるだけゆっくりと振り向く……
『酒場 ラコールの新メニュー』
魔物肉のマリナード(マンドラゴラソース漬け)
主に薬草として使われるマンドラゴラを食材として使用致しました。口の中に広がるマンドラゴラの苦味と魔物肉の脂が意外にも良く合う一品です。葡萄酒と共にどうぞ。