夜明けのプラットホーム
幼馴染が死んだ。
死因は通り魔による刺傷らしいけれど、詳しいことは知らない。
まだアイツが死んだっていう現実味が湧かない。ついこの前まで一緒に学校に行って、喋って、笑って、驚いたりしていたから。あの優しさと暖かさがなくなるなんて、想像つかない。
「……バカじゃないの。何簡単に死んでんのよ」
自分の部屋のベッドの上で蹲りながら、私は悪態を吐く。まだまだ夏を感じさせる9月4日____太陽の日差しが私の背中を窓越しに焼こうとしている。もしかしたら隣の家にすぐ行けば、アイツがいるかもしれない。いつもみたいにヘラヘラ笑って「どうしたのスズカ、そんな深刻そうな顔しちゃって」とか能天気なことを言ってくれるかもしれない。でも行かない。だって、そんな淡い期待を確かめにいったらアイツの死が確実になってしまうから。
もう少しだけ、この曖昧な時間に浸っていたい。
…それでも、出席日数が危うくなるので学校に行かなければならない。気分は乗らないけど、私は3日ぶりに外に出た。始業式以来かな。アイツの訃報を知ったのは始業式を終えてすぐのことだったから。
蒸し暑い気温の中、私の足は学校の方へ進んでいく。学校に近づくにつれ、似た制服を来た少年少女が増えてきた。
ああ、ノート写させてもらわなきゃ。委員会の仕事もやらなきゃ。
頭の中で今日のスケジュールを立てながら、昇降口にある下駄箱の扉を開ける。そこで私は、首を傾げた。
「……何これ」
私の下駄箱の中には、上履きの上に一通の手紙が入っていた。薄い桃色の便箋で、差出人の名前もなく、ただ私の名前が書かれていた。四葉のクローバーのシールで可愛く閉じられている。一世代遅れた告白の仕方だな、なんて思いながら、鞄の中に便箋をしまい、私は上履きに履き替えた。
自分の教室に着けば、みんな一斉に私の元へ群がった。体調は大丈夫なのかとか、元気だったのかとか、ありとあらゆる心配の言葉を並べられた。大丈夫、ありがとうなんて言葉を述べれば皆気をつかうように私から離れていった。
席に着いた私は先ほど鞄にしまった便箋を取り出す。シールを丁寧に剥がして、折り畳まれた紙を広げたが、ただこの一文しか書かれていなかった。
《午前0時、錦糸町駅3番プラットホームで待つ》
果たし状か。一昔前のヤンキーか。
一番最初に疑ったのは私への悪戯だった。無論虐めがあったわけじゃないし、そういう面倒ごとに関してはこの18年の人生で避けてきた方だと思う。だから考えるべきは悪戯なんだろうけれど____
それにしては、指定場所がピンポイントすぎる気がする。
こういうのって真面目に相手した方が負けな気がするけれど____
『えーっ、絶対行った方がいいよ!行ってみようよ!俺もついていくからさ!』
……うん、アイツならきっと、そう言うと思う。
好奇心に釣られるアイツは面倒事が大好きだった。摩訶不思議なものとか、絶叫マシンとか、お化け屋敷とか。とにかく探究心があった。
その隣で私はいつも顰めっ面をしていたけれど、最終的にアイツのやりたい事に振り回されて____一緒に楽しんでいる。
どうせなら、行ってあげよう。それで何もなかったら、それでいい。
そういうわけで、実際に錦糸町駅3番線のホームまでやってきた。ほとんど人がいないし、静かで不気味だ。制服では補導されてしまうので、カジュアルな私服で駅内に忍び込んだ。
現在23時54分。午前0時まであと6分だ。しかし、午前0時になったら何になるというのだろう。誰かがタイマンでも張りに来るのだろうか。
そんなことを考えながら、最初の3分はただホームの椅子に座って、そのあとは線路を覗き込んでいた。もう電車なんてほとんど来ないから、落ちても登ればどうにかなると思う。そんな風に時間を潰していると、時計は午前0時を示そうとしていた。
「お前が暁月か」
黒の長髪の男が、私の名前を呼ぶ。男は首にヘッドフォンをぶら下げて、黄緑のウィンドブレーカーを身に纏っていた。同じ学校の子でもないし、近所の知り合いでもない。私は警戒しながら答える。
「そうだけど。アンタ誰?」
「……俺は………あ、やべ」
男は時間を確認すると突然私の元まで走ってくる。
「な、なに!?」
「や、その………落ちて」
「は!?」
男は言葉足らずで、私の手を掴んでは突然ホームから線路へ飛び降りた。
何を意味不明なことをしているのだと、頭の中で整理できないまま私も巻き込まれる。
線路に着地すると思えば何故かホームの廊下に着地していた。しかし先ほどのホームとは全く違う。
夜のはずなのに、日差しが出てきていて、夜明けを迎えようとしているのだ。ホームもすぐそこの中央にあったはず自販機が壁のところへ移動している。
明らかに錦糸町駅のホームじゃない。
「……何、ここ」
本当に、何が起きているんだ。
パラレルワールドというやつなのだろうか。
わからない____
「どうしたのスズカ。そんな深刻そうな顔しちゃって」
「………え」
背後から懐かしい声が聞こえ、思わず私は振り返る。
そこには、死んだはずのアオイがにっこり微笑んで立っていた。
初めまして、旭織音です。
なんとか第一話を書き切ることができました。本作が初投稿作品となります。誤字脱字も酷いと思いますが温かい目でお見守りください。