第7話
夕暮れの中洲。屋台の灯りが川面に揺れる。
「新作のヒロイン、霧真さんのおかげで動かせそうなんだ。そのお礼に、表紙絵を頼もうかなって思ったんだよ。あと挿絵も欲しいね」
小山が慌てた様子で言う。
「ええ? なんで急にそうなるんですか!」
「ダメ? ボクが言うんだから、編集長だって聞いてくれるだろ」
「作風ちゃんと考えて言ってますか? ラノベじゃないんですよ?」
綴は後藤からウイスキーを受け取り、ぐいっと煽る。
濃厚な燻製の香りが広がる。
後藤は物言わず、口元に笑みを浮かべ聞いている。
「べつに、ラノベじゃなきゃイラスト使っちゃだめなんて決まりないぞ? 角度を変えろって」
「そう言われても、ねぇ?」
と、小山は霧真に顔を向ける。
「わ、わたしはその、ええと……」
視線が定まらない霧真。
「確定じゃなくて、提案の段階だよ。兼業は兼業でも、絵だったら、キミもやり易いんじゃない?」
「そ、そういうお話でしたら、まぁ、ありがたくはありますけど」
「えっ、霧真さんはいいの?」
酒を危うく吹くところで、小山が聞いた。
「店主さんもおっしゃってましたけど、今のクリエイター業界は飽和状態。その中でバズッた人が上に行ける社会構造。……手段は選んでられません。せっかく頂けたチャンスは、掴みたいです」
霧真は目こそグラスを見つめているものの、綴はそんな彼女の言動から、理想以外の仕事でも挑戦しようとする意志を感じ取った。
「同感だね。ボクも手段は選べない。……というわけで小山くん、納期を少し伸ばしてくれないか?」
綴が小山に振り向くと、彼女は抗議の含みで眉を吊り上げた。
「ええ!? なんでまたそうなるんですか!」
「霧真さんのおかげでいろいろ閃いたんだよ! ヒロインがようやく動いてくれるし、物語も大きく動かせる!」
負けじと語る綴。
「大きく動く!? どんなふうにですか? ちゃんと編集部が納得できる内容ですか!?」
綴はもう一度、霧真を振り向いた。
ドギマギしたままの様子で、霧真は見つめ返す。
綴は言った。
「この居酒屋を舞台に、一から新作を書くんだよ!」