第6話
夕暮れの中洲。屋台の灯りが川面に揺れる。
「最近だと、プロに負けないレベルの絵が描けちゃうAIも出てきてるみたいですし、将来はAIと人間で、仕事の取り合いになる可能性もありますからね」
小山が口を挟むと、綴は苦笑した。
「痛いところつくな。それ、絵だけじゃなくて、文章も音楽もなんだよ。AI学習禁止って注意書きしても、今の法的にはあんまり拘束力なくて、単なるお願いの扱いになるみたいだし」
「わ、わたしの絵が真似されたら、お仕事も取られちゃう……?」
霧真は青ざめた顔で言った。
そんな霧真を横目に、綴はとある可能性に思い至る。
この子を助けられて、自分も助かる道が、開けるかもしれない。
「逸らすようだけど、ラ・ラ・ランドって映画知ってる?」
カラリ。
ロックグラスの氷を揺らして、綴が聞いた。
氷だけの今、ウイスキーを注いだなら、豊かな香りが再び起こるだろう。
「わ、わたし、映画は好きなんですけど、最近見れてなくて……」
「そういえば! 私もまだ見れてないんでした。気になってるんですけど」
「小山よ、お前もか」
綴は後藤に追加のウイスキーを頼み、二人に説明する。
「ジャズピアニストとして成功したい主人公が、生活のために商業音楽の仕事を受け入れるか悩んで、一度は商業の道を進むんだけど、お互いの夢を尊重し合える相手と出会って、最終的には夢を実現させる話でさ」
「それってもしかしてネタバレですか?」
「ちょうどいい比喩になるんだよ」
「私、耳塞いどきます」
小山が両手を耳に当てる。
「いや聞けよ」
「確か、女の人と出会って、一緒に踊ったりしてましたよね? CMだけ見ました」
と、霧真。
「そうそれ。二人はしばらく一緒に歩むんだけど、最後は別々の道を行くんだ。変化と成功が混在してる映画で、両立の難しさを訴えかけてくる名作だよ。今のボクたちにも当てはまる部分は多いと思う」
「つまり、好きな方へ進むにしても、変化に耐える覚悟が要るってことですか?」
霧真の問いに、綴は頷いた。
「覚悟というよりも、常に柔軟に、変化しながら続けていく感じだね。要するに、働きながらやってみるのはどうか? って話」
「絵の競争率すごいの、先生ならわかりますよね?」
霧真は恨めしそうな目で、綴を見た。
「働いたら、最低でも一日の三分の一は縛られます。単純に考えて、縛りの無いクリエイターのほうが早いペースで先に進めます。そうやって生まれた格差は、どうやって埋めればいいんですか?」
「それを格差と思わないことだ。縛りがないクリエイターはやりたい放題できるかもしれないが、諸刃の剣だろう? キミが兼業なら、少なくとも食い扶持に困らない。けど、クリエイター一本でやってる人はそうはいかない。そうした経済的な安心感がメンタルに及ぼす影響を加味したら、悪くないと思わない?」
「……父は、わたしに、『絵なんてくだらないものに人生を懸けるな』って言ったんです。くだらないって、言ったんです! わたしぜったい、絵で見返すんです!」
霧真は小振りな手を、テーブルの上でぎゅっと握った。
「見返すといい。ボクたちと働きながらとか、どう?」
綴の言葉に、霧真は顔を上げる。
「先生たちと?」
「私たちと?」
霧真だけでなく、小山も首を傾げた。