第3話
夕暮れの中洲。屋台の灯りが川面に揺れる
「わ、わたしのこと、ご、ご存じなんですか?」
霧真が聞いた。
「知ってるよ。ピクシブでフォローさせてもらってる」
「ピクシブって何です?」
小山に聞かれ、綴はもの言いたげな顔を向けた。
「小山くんは、それでもボクの担当編集か?」
「元々はファッション誌の編集になりたかった身ですよ? 知らないことの一つや二つあります」
「ピクシブっていう、イラスト投稿サイトがあって、霧真さんはそこにイラストを投稿してるんだよ。フォロワー数十万人で、ボクもその一人だ」
綴は手で丁重に霧真を示しながら説明した。
「あ、ありがとうございます」
霧真は初めて、わずかに頬を綻ばせた。
「先生は映画とか本だけじゃなくて、絵も見るんですね!」
「絵くらい誰だって見るだろ。君は見ないのか?」
「美術館にはたまに行きますけど、こういうアニメ風? なタッチの絵はあんまり」
「じゃあ今度から毎日見るべきだな。ピクシブも登録するといい」
「絵を見ただけで考え付いたりするものなんですか?」
「そういうことも全然ある! 文と絵は切っても切れない縁があるんだよ」
「俺も長いこと屋台しよるけど、小説家とイラストレーターが隣り合わせになったとは今回が初めてやなぁ」
と、後藤は焼き鳥が盛られた皿を綴の前に置く。
「あの、し、小説家さんって、言いましたよね?」
霧真が綴を振り向いた。
「ああ。ペンネームは、綴叶っていうんだ」
今どきの若い子は自分を知らないだろうと思いつつも、綴は名乗り返した。
「わ、わたし、知ってます! 読んだことあります! 家に本が何冊かあって……」
「それは嬉しいな」
綴は自分の頬が緩むのを感じつつ、ビールを口にする。
「……へ、ヘンな話ですけど、わたし、コミケとかで会った人によく驚かれるんです。男だと思ってたって」
「まぁ、梨希って響きは確かに男の子な感じかもです」
と、小山は空になったグラスを店主に渡す。
「先生、次なに飲みますか?」
「ハイボール」
と、綴はビールを飲み干した。
霧真もカシス・オレンジを一口飲むと、
「か、カナエ先生も、あとがきで似たようなお話してましたよね?」
「ああ、ボクもファンから女だと思われてた時期があったよ」
「わ、わたし、その気持ちわかります」
綴と霧真は同時に笑う。
「それ、私も思ってました! 女みたいなペンネームだなって。そういう趣味とかあったりします?」
綴は小山に聞かれ、笑ながら首を振る。
「なわけないだろう。叶えるって漢字は縁起がいいから選んだだけで、女だと思われるとは考えもしなかったんだ」
「わ、わたしも、そういう趣味はないです」
霧真も控えめに笑いながら、首を小さく振った。
「霧真さんは男物のスーツとか着ても似合いそうですけどね? 髪をもう少しだけ切って後ろで結べば某名探偵みたいになりますよ! 先生は女装は似合わないからダメです」
「え、ええ?! わたしはそんな……」
「誰が女装したいと言ったんだ」
ひとしきり笑いが収まったところで、霧真がふとこう言った。
「つ、綴先生。ちょっと相談してもいいですか?」
ちょうどハイボールを空にした綴は、おもむろに彼女を振り向いた。
霧真の、安らぎの中にまだ微かな不安を残したような上目が、彼の目を見つめる。
「ボクに聞けることなら、構わないよ?」
そう答えて、綴は注文した。
「ジャックダニエル。ロックで」