妹の言葉を真に受けたら、最愛の人に婚約破棄を言い渡された ~え、女性は高圧的で冷たい王子さまが好きなんじゃないの?~
初めて短編を書いてみました。
よかったら読んでください。
「兄上様、知っていますか?」
八つ歳の離れた妹、アーティが目をキラキラさせてある時俺に教えてくれた。
「女性はみんな『俺様王子様』が大好きなのですよ?」
うん?
オレサマ王子様?
アーティ、それはどこの国の王子様かな。
「どこの国とかそういうのではないのです。 よいですか、兄上様!
女性とは! 口を開けばいつも命令口調で! 視線はいつも刺々しく! 眉根を寄せていつも不機嫌そうにしている! そんな俺様な王子様が大好きなのです!」
俺はその言葉に衝撃を受けた。
そういえばつい先日母上にも「お前は女心がまるでわかっていない」と苦言を呈されたばかり。
父上にも「剣の稽古ばかりしていないで少しは遊んではどうか」と言われた。
そして今日、ふがいない俺は、かわいい妹にまでダメ出しをされる始末。
「やれやれ、世話が焼けますね、兄上様は。 具体的にはこんな王子様ですよ」
そう言って分厚い本を見せてくれる優しい妹。
おお、これはとても分かりやすい絵本だね、さすがはアーティだ。
ふむふむ…。
え、婚約者にこんな冷たい仕打ちを?
こんな横柄な態度で?
どうしてこんな……?
「女性が皆、そういう男性を好きだからです!」
どやっと胸を張るアーティ。
「そして女性は野蛮な男が大嫌いです! 毎日剣を振り回して、汗まみれになっているような無骨な男は嫌われますよ、兄上様」
天使の言葉が俺の体にグサリと突き刺さる。
まさかそんな。
男は強くなければいけないと思っていたのに。
毎日ひたすらに剣の稽古をして、それなりに強くなれたのに。
なのに、野蛮?
「そのままではシャーロットさまに嫌われますよ、兄上様!」
その言葉に、俺の覚悟は決まった。
シャーロットは隣の国ユリシリオンの第一王女で、俺の婚約者の名前。
両国のよりよい関係のために結ばれた、政略的な婚姻だけれど。
彼女は淑やかで、女神のように優しい、まさに淑女の鏡のような女性だ。
そんな彼女を俺は誰よりも愛している。
月に一度届く彼女の手紙がどれだけ待ち遠しいか。
会えるのは年に数回だけだけど、俺にとってはあの時間は何物にも変えられない大事な時間だ。
そんな彼女に好かれるためなら…。
俺様王子?
なってやるさ。
横柄で、目つきが悪く、無口な割に口を開けば悪態ばかり。
おおよそ俺とは真逆の性格。
だけど、幸い俺はこの国フィルガイルの第一王子。
最大の問題である王子はクリアしている。
見てくれも金髪碧眼で、この絵本にかかれている俺様王子と比べても悪くはないはず。
残す問題は性格のみ。
だけど必ずものにして見せる。
かわいい俺の妹が、ふがいない俺を心配してわざわざ絵本まで用意して助言をしてくれたのだから。
そして俺の愛する婚約者に愛されるためならば。
俺は女性が好む『俺様王子』になってやる!
そうして俺は五才になったばかりの天使の言葉を真に受け、『俺様王子』になるべく頑張った。
なのに……。
「申し訳ありません、レイモンドさま。この婚約をなかったことにしてはいただけないでしょうか?」
五年後俺に告げられたのは、最愛の人からのそんな言葉だった。
目の前には、ソファに座ったまま丁寧に頭を下げ続けている俺の婚約者。
チラッと視線だけで周りを確認する。
場所は王宮の特別室。
部屋の中にいるのは、俺、そして俺の向かい合わせのソファにシャーロット。
俺の後ろに側近であるリアンが立ち、同じようにシャーロットの後ろにシャーロットが連れてきた侍女が立っている。
この異常事態を知っているのは四人だけ。
この人数なら、話が漏れることも防げるだろう。
とにかくシャーロットと話をしなければ。
どうにか心を立て直し、いまだ頭を下げているシャーロットに視線を戻した。
先ほど婚約破棄を告げたときのその顔は、何か固い決心を決めたような表情で。
そういえば一週間前、彼女が輿入れのためにこの国に入国してくれて。
それを出迎えにいったときも、今と同じような顔をしていた。
それは『久しぶりに婚約者にあえて嬉しい』という表情では決してなくて…。
え?
旅の疲れが出ているのかと思ったけど違うの?
え?
俺、もしかしてシャーロットに好かれてない?
え、うそ?
なんで?
なんでこうなった?
絶望感で心が真っ黒に染まっていく中、頭に浮かんだのは天使のあの言葉。
『女性はみんな俺様王子が好きなのです』
そうだ、俺様王子だ。
まだ俺はシャーロットが求めるような完璧な俺様王子になれていない。
だから見限られたんだ。
でもまだ挽回のチャンスはあるはずだ。
今こそ長年かけて作り上げてきた、完璧な俺様王子を見せるとき。
視線はつねに上から下へ。
高圧的に、氷のよう冷たく、それでいて刃物のように鋭く。
声は抑揚を抑え、排他的に。
「お前、何を言っているのか理解しているのか…?」
うん、我ながらよく出来た。
なのによく出来ているはずなのに、シャーロットの肩がピクッと動いた。
その動きがまるで『気に入らない』とでも言っているようで。
え?
まだ傲慢さが足らない?
「お前と俺の婚約は、国同士で結ばれたもの。その婚約を破棄する。その意味、わかっているのか? お前自身もただではすまんぞ」
なんとか婚約破棄を撤回してほしくて。
俺様王子のイメージを崩さないように気をつけながら言い募る。
またピクッとシャーロットの肩が動いた。
……え?
なんで?
俺うまくやってたよね?
今もうまくできてたし、これまでだって。
君からの手紙の返事も、何度も書き直して、ちゃんと俺様王子っぽく高圧的に
書けたし。
年に数回の茶会で顔を合わせたときも、一生懸命俺様王子に徹した。
三年間、両国の境にあるシュバルツ学園に共に通ったときも。
接触は最低限にしたし、シャーロットの前では剣を一度として握らなかった。
王子は頭が良くないといけないと聞いたから、首席を取りつづけたし、野蛮だと思われるといけないから、武術の講義は泣く泣く取らなかった。
他の学生にも常に横柄な態度を貫いたし、不機嫌な表情で毎日を過ごした。
誰から見ても完璧な俺様王子だった…はず。
なのになぜ?
君は俺様王子が好きなんだろう?
「レイモンドさま、一つ、どうしても申し上げたいことがあるのですがよろしいですか?」
頭を下げていたシャーロットが、ゆっくりと顔を上げた。
美しい翡翠のような瞳が、強い輝きをもって俺を捉える。
「え…? …あ、う……いいだろう、聞いてやる。 さっさと話せ」
え…? …あ、うん、どうぞ。
シャーロットのあまりの迫力に、思わずそういいかけて、慌てて軌道修正する。
どうぞ、なんてなよなよしい言い方、俺様王子は絶対言わない。
よかった、なんとか取り繕えて。
ホッと気付かれないように安堵の息を吐き出したところで。
ゆらりとシャーロットが立ち上がった。
きりっと目元を吊り上げたシャーロットの鋭い視線が、俺をまっすぐに射抜く。
「では失礼して言わせて頂きます」
そう前置きした後、シャーロットは一度大きく息を吸い込んで。
数秒後。
「なんですか、それ? 横柄で、口を開けば悪態ばかりで、いっつも不機嫌そうな顔をしているくせに。婚約破棄を告げられて、真っ先に心配するのが国とわたしの心配ですか? もう、本当になんなんです? ギャップ萌えを狙ってるんですか? あなたはいつもそうです。学園に通っていたときだって、口と表情は常に俺様で、なのに行動はひたすら紳士的で優しいって。 ただの不器用男子ですか?
っていうか、いつも俺様な態度をとったあと、満足そうにどや顔するのやめてもらえます? かわいすぎ……ゴホン、顔が緩みすぎです。 今までどれほどの令嬢がその流れ弾に被弾しているかわかっていますか?」
え? え? なに?
シャーロット、君『一つ』って言ったよね?
一つどころか、全然止まらないんだけど。
ってかそれよりも…え、俺いつもそんなどや顔してた?
うそ、恥ずかしい。
「やめてください、またそんなかわい……ゴホン、緩んだ顔をして。
だいたい、事の顛末は昨日そこにいるリオンから聞きましたけど、お兄様が大好きでとられたくなかった妹の、五歳になったばかりの幼い妹の言葉を真に受けて『俺様王子』、ですか? なんなのです、それ? レイモンドさまは馬鹿なのですか?」
グサッ。
あ、今確かに俺の心になんかぶっとい物が刺さった。
え、なに?
俺って馬鹿なの…?
幼い妹の言葉を真に受けてって。
え、あれ真に受けちゃいけない言葉だったの?
じゃあ、女性が『俺様王子』が好きってのも違うの?
………っていうかリオンのやつ、シャーロットに余計なこと言いやがって。
『好かれたくて一生懸命俺様王子を装ってた』なんて一番言っちゃいけないことだろ!
チラッと俺の後ろに立っているリオンを確認する。
くっそ、なんで直近で一番いい笑顔で、踏ん反り返ってんだよ。
泣かす、絶対泣かす。
お前の飯は明日から毎食激から料理にするよう、俺直々にオーダーしてやる。
せいぜい今日の晩飯を、最後の晩餐として楽しむがいい。
それからお前の入浴時間を、これから隔日で一番最後にしてやる。
ふん、潔癖のお前には辛いだろう、ざまあみろだ。
「聞いているのですか、レイモンドさま!?」
現実逃避のように、後ろにたっている従者に恨みの念をこれでもかというほど送っていたら、またしてもシャーロットに怒られてしまった。
慌てて視線を戻して。
「すまない、ちゃんと聞いて……」
聞いているよ。
そう言おうとして一瞬躊躇する。
俺様王子ならここで『うるさい、黙れ』と一蹴するところ。
だけど…。
「…ちゃんと聞いているよ」
もう俺が何を言っても無駄なのだろう。
俺は、『俺様王子』になりきることは出来なかったようだし。
先程のシャーロットの言動からみれば、そもそもその『俺様王子』事態、的外れだったってことだろう。
ああ、馬鹿な俺。
そういえば何度もリオンに「アホな事はもうやめたらどうですか」って言われたなぁ。
その度に俺は「お前は女心がちっともわかってない」とどや顔を決めてたわけだけど。
あれも全部的外れで、女心をわかってなかったのは俺の方か。
え、なにこれ、めっちゃへこむし、めっちゃ恥ずかしい。
「……それで? こんな馬鹿な俺とは結婚なんてしたくない…ってことでいいのかな?」
もう精神的疲労が濃すぎて、背筋を伸ばして座っていることすら辛い。
どさっと後ろのソファに身を預け、素のまま問い掛ける。
もう行くところまで行ってしまっているようなので、今更取り繕っても仕方がない。
「……っ。 そんなことは言っておりません」
「……は? ってかむしろさっきからそんな内容の事しか言ってないよね?」
一つ、って言っておきながら相当な量のダメ出しをくらったんだけど?
こっちにも心の準備ってものがあるんだから、あんなにいっぱい鬱憤がたまってるなら先にそういってほしいんだけど。
「婚約破棄を申し出たのは、レイモンドさまのあまりの馬鹿さ加減が問題なのではなくて…」
グサッ。
また馬鹿って言われた。
しかもあまりの馬鹿さ加減って…。
「……じゃあ一体なにが問題なの?」
もう止めを刺すなら、一気にやっちゃって欲しいんだけど。
はぁとため息をつきながら問い掛ける。
すると、みるみるシャーロットの眉尻が下がっていって。
トサリと軽い音を立てて、シャーロットはソファに腰掛けた。
そのまま目線は俺から外れて、顔は下を向き。
一秒、二秒、三秒。
沈黙は続く。
「ええっと……」
え、これなに待ち?
俺の死へのカウントダウン?
それとも、俺からなにかアクションを起こすべきなのか?
そう思ったとき。
「……レイモンド殿下、口を挟む無礼をお許しいただけますか?」
ヒリヒリするような沈黙を破ったのは、シャーロットの後ろにたっている侍女の声。
え、シャーロットの代わりに、彼女が俺に止めを刺すってこと?
……出来れば、婚約破棄の理由くらいシャーロットの口から直接聞きたかったけど。
さっき一瞬見えたシャーロットの顔は、今にも泣きそうだった。
あんな顔を彼女にさせるくらいなら、侍女に任せた方がいいのかもしれない。
「……いいよ、許す」
俺が発言を許可したことにより、侍女は「ありがとうございます」と一度丁寧に頭を下げた後。
「レイモンドさまは『シャル』という冒険者を覚えておいでですか?」
と、問い掛けてきた。
「……シャル?」
確かにその名前には覚えがある。
学園に通っていた頃、俺は町の冒険者ギルドに籍を置いて、よく魔物討伐に出かけていた。
その時に度々見かけたのがその『シャル』という冒険者だ。
背がちっこくて細身で、剣士にしては絶望的に体格に恵まれていなかったのに。
高い技術と素早い動きで、うまく立ち回ってた。
ただ少しばかり無鉄砲なところがあって、よくイノシシみたいに正面から魔物に突っ込んでたな。
何度も助けてやったのに、憎まれ口ばっかり叩いてきて。
学園を卒業してギルドもやめたから、数ヶ月見かけてないけど。
あのイノシシ坊主、ちゃんと無事でいるんだろうか?
「うん、確かにシャルって冒険者は知っているけど? それが?」
相当な回数顔を合わせたし、悪態をつかれた回数は数えきれない程だ。
だけど、あのイノシシ坊主が今この状況でなんの関係があるのかさっぱりわからない。
「レイモンドさまから見て、その『シャル』はどんな人物ですか?」
は?
どんな人物?
だからあのイノシシ坊主が一体なんの関係があるっていうんだ。
だけど発言を許すといった以上、こちらも誠実に対応しなければいけない。
ええっと?
冒険者シャルの人物像、ね。
まあ、一言でいうなら。
「物凄いひねくれ者、だよね」
そう、一言でいうなら『ひねくれ者』。
どう見ても危ない状況だったのに、「手助けなんて必要なかった」って言って、ツンツンしてたし。
「猫みたいに警戒心は強いし、口は悪いし、なんなら態度も悪かったし」
ってあれ?
侍女殿の顔がどんどん引き攣っていく。
シャーロットの頭もどんどん下に下がっていくし。
「周りの空気を読まずに余計な一言を言って、冒険者から反感くらうし、イノシシみたいに無鉄砲に魔物につっこんでいくし…」
そう、全部を知っているわけじゃないけど、俺の目から見た『シャル』という冒険者はかなりのくせ者だった。
だけど…。
「だけどいつも一生懸命だったよ」
俺のその言葉に、シャーロットの肩がぴくりと動いた。
え、俺またなんかまずいこと言った?
だけど侍女殿の目が無言で「続けてください」と訴えて来るので。
仕方なく俺は言葉を続けた。
「言葉はきつかったけど、言ってることは全て的を射ていたし。ひねくれてたけど、それだけじゃなかった」
「手助けなんて必要なかった」とツンツンして感謝の言葉一つなかったけど。
毎回律儀に(無理矢理)食事をご馳走してくれたし。
あれは、きっとあいつなりの感謝の形なのだろう。
そして『シャル』の人物像を語る上で、一番外せないエピソードは。
「古龍が町に接近した時があってね。冒険者の誰もが戦わずして逃げる算段をたてるなか、あの坊主だけは諦めなかった」
俺はその場にいなかったから、後からギルドで聞いた話だけど。
今守る者がいなくなれば、町が全滅する。
だからどうか一緒に戦ってほしい、と。
冒険者達を鼓舞し、最前線に立って戦ったと聞いている。
「今あの町が無事なのは、あのイノシシ坊主のおかげだろうな」
「……いいえ、そうではありません」
俺の言葉が気に入らなかったのか、シャーロットはゆっくりと顔を上げた。
そして眉尻を下げ、泣きそうな顔で、でもまっすぐに俺を見つめたまま言う。
「あの町が無事だったのは、あなたのおかげです、レイ…」
レイ…?
なに急に愛称で呼んだの、シャーロット。
そんな事されると、俺にもまだ希望があるのかと勘違いしてしまうよ。
「あの時、わたしたちは束になっても古龍に傷一つつけられなかった」
「…………は?」
あの時? わたしたち?
「正直もうダメだと思いました。なにも守れずわたしはここで死ぬのだと。 けれど……」
「あなたが助けてくれた」そういって、シャーロットは泣きそうな顔で笑った。
「世界最強の剣士、唯一『ソードマスター』の称号を授かったレイ。あの時、駆けつけたあなたが古龍をたった一人で倒してくれた」
レイ、とまたシャーロットが俺を呼ぶ。
二度目の呼びかけでやっと俺は気がついた。
愛称で呼ばれたんじゃない。
レイは、ギルドに登録されている俺の冒険者としての名前。
シャーロットは、冒険者の俺に呼びかけた。
俺の冒険者としての顔を知っている。
そして話の脈略から考えるなら……。
「……え?」
ゆっくりと顔を上げ、シャーロットを、そしてその後ろに立っている侍女殿の顔を見る。
……よくよく見てみれば、この侍女殿、見覚えがある。
髪型や服装で、随分印象が変わっているからぱっと見わからなかったけど…。
『シャル』とパーティーを組んでいた女剣士だ。
パーティーを組んでいるとは言っても、いつも控えめで、その態度はまるで従者の様だった。
「…………は?」
従者のよう?
視線は自然と目の前のシャーロットへとうつり……。
その美しい姿が、ひねくれ者の冒険者シャルと重なった。
「え? イノシシ坊主?」
「……イノシシっていうな、ぶん殴るぞ」
「…………は?」
「イノシシっていうな、ぶん殴るぞ」。
俺がイノシシ坊主と言う度に、『シャル』は頬を膨らませていつもそう悪態をついていた。
シャーロットの声よりも、随分低い声。
多分わざと声音をかえ、悪態をついた。
俺にそうだとわかりやすく伝えるため。
「つまり……」
あのひねくれ冒険者が、シャーロット?
え、待って待って、頭が追いつかない。
シャーロットは誰が見ても完璧な淑女で。
物腰は柔らかくて、いつも穏やかな笑みを浮かべているような女性で。
「婚約破棄の理由はそれです、レイモンドさま」
混乱する俺の心を見透かしたように、シャーロットが笑う。
「本当のわたしは、レイモンドさまが思っているような『完璧な淑女』などではありません」
まって、シャーロット。
ちょっと俺に時間をくれ。
なのに頭が混乱しすぎて、そんな簡単な言葉さえ出てこない。
「今まで必死で『レイモンドさまの望むわたし』を演じておりましたが、もう無理です」
「無理って…」
「レイモンドさまがおっしゃった通り、本当のわたしはひねくれ者で、口が悪く、助けてもらったのに素直にお礼も言えないような女なのです」
「いや、でも、シャルは男で……」
「化粧とかつらで男のふりをしていましたが、あちらがわたしの素です」
今も相当取り繕っています。
そういって、シャーロットは泣きそうな顔で笑う。
「こんなわたしでは、レイモンドさまにふさわしくありません。一生取り繕って嘘をついたまま、生きていくことなんて出来ません」
そうしてシャーロットはゆっくりと立ち上がった。
「最後に一つだけ、言わせていただいてよろしいでしょうか、レイモンドさま?」
え、また一つ…?
そんなことを言ってまた凄まじいダメ出しを……。
「心から…お慕いしておりました、レイモンドさま」
「……へ?」
「何度も命を助けて頂いて、本当にありがとうございました」
「………っ」
「あなたの幸せを心からお祈りしております」
そうしてシャーロットは目が眩むほど綺麗な笑顔を浮かべた。
コツコツ、と小さな足音を立てて、シャーロットが部屋から出ていこうとする。
……ちょっと待ってよ。
なに一人で完結しちゃってるの。
最後にそんな事言って、俺から逃げるつもり?
それにやっぱり『一つ』じゃなかったし。
とにかく俺がシャーロット、君に言いたいことは…。
「ふざけるな、そんな理由で俺から逃げられるとでも思っているのか?」
「……へ?」
おっと、ここに来て長年演じてきた『俺様王子』がつい表にでてきちゃたけど。
いいよね、こっちももう俺の一部みたいなもんだし。
「悪態など、どれだけついてもいい。素直じゃなくていい。素のお前でいいから、俺の側にいろ」
どんなシャーロットでもいい。
本質的なところはなにもかわってないんだから。
急いで駆け寄って、その細い体を抱きしめる。
そうだ、ウダウダと考えていないで、とにかくこうしてシャーロットを抱きしめ、自分の気持ちを伝えればよかったんだ。
「俺も愛している、シャーロット」
俺の一世一代の愛の告白に。
「……そうですね、レイモンド殿下はシャルに会う度に『シャーロットがいるのに、あいつに会うと胸がドキドキするんだけど』、『ってか、男にときめくとか、ありえなくない?』と、毎回苦悩されてましたものね。問題解決で、よかったですね、殿下」
………おい、ふざけんなよ、リオン。
いちいち俺の声音をまねるとか、ちょこざいな真似までしやがって。
お前は今日から見習い騎士団員の部屋で寝ろ!
あの男臭さの中で眠れる夜を過ごすがいい!
そうして俺は、婚約破棄という最悪の結末をぶじ回避し、シャーロットと無事結婚式をあげることが出来たのだけれど。
「ねえ、レイ。 たまに俺様キャラ出してくるの、すごいくるのよね。だからこれから、ちょくちょくお願いね」
どうやら妹が言っていたことは、全てが的外れでもないらしい。
愛する女性に好かれるためならば、もちろん。
「誰がお前の言いなりになどなるものか」
全力でお応えしますよ、我が愛しの奥様。
こんな拙い話を最後まで読んでくださってありがとうございます。
もしよければ、感想、評価、ブクマしていただけるとうれしいです。
時間があったら今度はシャーロット目線も書いてみたいです。
ありがとうございました。