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07.若き美貌の辺境伯

 レイモンドは、辺境伯の唯一の子として生まれた。

 魔物との領域の境目である辺境を守るため、幼い頃から武芸を叩き込まれて育ったのだ。

 レイモンドは幼い頃から聡明であり、武術にも優れていた。しかし、決して驕ることなく努力を怠らなかった。

 辺境伯の嫡男として恥ずかしくないよう努めることが、自分の使命だと思っていたからだ。


 周囲はレイモンドのことを褒め称え、期待を寄せた。

 だが、そんな彼を母はいつも心配していた。


「レイモンド……あなたは優秀だけれど、少し心配ね……」


「母上?」


 母は物憂げな表情で、レイモンドを見つめていた。そして彼の頬に手を添えて告げる。


「あなたは真っ直ぐすぎて、少し危ういところがあるわ。だから、誰か信頼できる人と支え合えると良いのだけれど……」


「信頼できる人ですか……?」


 母の言葉に、レイモンドは首を傾げる。そんな息子に母は微笑んだ。


「ええ、そうよ。あなたが心から信頼できて、あなたと共に歩んでくれるような人」


「……辺境伯家の皆のことを、俺は信頼しています。それに支え合っていますよ」


 レイモンドがそう言うと、母は悲しそうな表情を浮かべる。そしてゆっくりと首を振った。


「そうではないわ。そういうことではないのよ……」


 母はそう言うと、レイモンドの頭を優しく撫でる。そして優しく微笑んだ。


「でも、いつかあなたにもできるはずよ」


「……はい」


 レイモンドは母の言葉に、小さく頷いた。


 それから数年が経ち、レイモンドは青年へと成長した。

 彼は父と共に領地を治めながら、鍛錬に励む日々だ。


 しかしある日のこと、突然母が倒れた。原因は分からないが、病に侵されたのだという。

 医師からは長くは持たないと言われた。

 母は儚げに微笑みながら、レイモンドの手を握る。


「あなたには苦労ばかりかけてごめんなさいね……でも、私は……あなたを誇りに思っているわ……」


「母上……!」


 レイモンドが呼びかけると、母は静かに目を閉じた。そのまま意識が戻ることはなかった。

 さらに不幸は続く。

 父が魔物討伐中、魔物に襲われて命を落としたのだ。

 最愛の妻を亡くしたことで、心が弱っていたのかもしれない。まるで後を追うように、父もこの世を去った。

 こうしてレイモンドは、わずか十八歳にして辺境伯家の当主となったのである。


 爵位を継ぐために、レイモンドは王都に向かった。

 王家との関係は良好だったため、爵位継承は滞りなく行われた。

 しかし、祝賀会こそがレイモンドにとっての試練だったのだ。


「まあ、まだ婚約者がいらっしゃらないのですか?」


「わたくしもまだ婚約者がおりませんの。ぜひ、ぜひ、わたくしを候補に入れてくださいませ」


「いえ、私こそ!」


「いえいえ、わたくしの方が!」


 会場では、貴族令嬢たちが我こそはとレイモンドに群がって来る。それはまるで獲物を狙う肉食獣の群れのようだった。

 若き美貌の辺境伯であるレイモンドは、彼女らの格好の獲物だったのだ。


「お気持ちはありがたいのですが……」


 レイモンドが困り果てた声で言うと、令嬢たちは一斉に騒ぎ出す。


「まあ! どうしてですか? まさか、すでに意中の方でもいらっしゃるのですか?」

「わたくしではいけませんか?」


 口々に問いかける彼女たちに、レイモンドは首を横に振る。そして苦々しい表情で答えた。


「いえ……そういう訳ではありませんが……」


 すると今度は別の令嬢が前に進み出て言った。


「それならばぜひわたくしと!」


 だんだんとレイモンドはうんざりしてくる。

 辺境の地で魔物の相手しかしてこなかったレイモンドは、令嬢たちとの戦い方など知らない。

 適当にあしらうこともできず、レイモンドはただ彼女たちの勢いに圧倒されるだけだった。


「はあ……本当に勘弁してくれ……」


 思わず口から出た言葉に、令嬢たちは興味津々といった様子で聞いてくる。


「まあ! 今、なんとおっしゃいましたの?」


「お聞かせください!」


 レイモンドは仕方なく答えた。


「いえ……その……私はまだ結婚するつもりはありませんので……」


 その言葉に令嬢たちは色めき立つ。


「まあ! どうしてですか?」


「ぜひ理由を教えてくださいませ!」


 ぐいぐいと迫ってくる彼女たちに、レイモンドは辟易とする。そして内心でため息をついた。

 どうにか切り抜ける方法はないだろうかと考えていると、ふと祖父のことを思い出す。

 すでに隠居した先々代ではあるが、未だ健在で魔物討伐に明け暮れている。討伐に専念するためにさっさと家督を譲ったような、戦闘狂だ。


 だが、辺境から離れた王都では、祖父のことなど伝わっていないだろう。

 そう思った時、ある妙案が閃いた。

 レイモンドはニヤリと笑うと、令嬢たちに提案する。


「私はまだ未熟者なので、実権は祖父にあるのです。もはやおぼつかないくせに色ボケ……失礼、高齢故に不自由なことも多く……後添えとなって祖父を甲斐甲斐しく世話してくれる令嬢はいらっしゃいませんか?」


 それを聞いた途端、令嬢たちは顔を曇らせる。


「まあ……それでは、その方をお探しして差し上げないといけませんわね」


「では私たちはこれで失礼いたしますわ」


 そう言って去って行く彼女たちを見て、レイモンドは安堵のため息をついた。なんとか難を逃れることができたようだ。

 祖父には悪いが、これでしばらくは静かになるだろう。

 どうせすぐに辺境に帰るのだし、自分がいなくなればこんな噂は立ち消えるはずだ。

 そう考えて、レイモンドはその場を後にした。


 しかし、その考えは甘かったことを思い知ることになる。

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