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04.優しい人たち

「アマーリアさま、本日は何をいたしましょうか?」


「そうね……今日は天気もいいから、庭園の花を摘んできてくれないかしら? 客間に飾ろうと思うのだけれど」


「はい。かしこまりました」


 アマーリアの言葉に、ヘスティアは頷く。そしてすぐに部屋を出て行った。


「ふう……緊張したわ……」


 廊下で一人になったヘスティアは、ほっと息を吐いた。

 侍女として働き始めてから、一週間が過ぎていた。その間、ずっと緊張し続けていたのだ。ようやく少しずつだが慣れてきたところだ。


「アマーリアさまはお優しいし、使用人の皆さんも親切だけれど……」


 アマーリアは、美しく優しい貴婦人だった。そして使用人たちにも慕われている。

 屋敷で働く者たちも皆親切だ。決してヘスティアを冷遇することなく、丁寧に接してくれている。

 しかし、だからこそヘスティアは不安になるのだ。


「私……本当にここにいていいのかしら……」


 優しく親切にされることは、怖い。そんな優しい場所には、今まで一度もいたことがないから。


「ううん……弱気になっちゃダメよ」


 ヘスティアはふるふると首を振って、弱気な考えを振り払った。そして、庭園へと足を運ぶ。

 庭園の花を摘んで客間に飾る。それが今日のヘスティアの仕事だ。


「おや、ヘスティアさん。今日は花摘みですか?」


 庭園の手入れをしていた庭師が、ヘスティアに気付いて声をかけてきた。


「はい。アマーリアさまが、客間に花を飾りたいとおっしゃったので……」


「なるほど。なら、少し待ってくださいね」


 庭師はそう言うと、庭園の隅に咲いていた白い花を摘んで花束を作った。


「これを持っていくといいですよ。今の時期が、一番綺麗な花です」


「え……あ、ありがとうございます!」


 お礼を言って受け取ると、庭師はまた庭園の手入れに戻っていった。

 花束からは、甘く優しい香りが漂ってくる。


「いい香りね……本当に、親切な人たちばかり……」


 思わず微笑んで、ヘスティアは花束を抱えて歩き出す。


「あら、ヘスティアちゃん。どうしたの? 休憩はきちんとするのよ」


「後で厨房にいらっしゃい。お菓子があるから、一緒に食べましょう?」


「あ、ありがとうございます……」


 すれ違う使用人にも優しく声をかけられて、ヘスティアは恐縮してしまう。

 今まではこんなふうに親切にされたことがなかったから、どう反応していいかわからないのだ。


「本当に、ありがたいことだわ……」


 手の中にある花束を見つめながら、ヘスティアはぽつりと呟いた。そして気を取り直して、屋敷に戻ると客間に向かう。


「あ……旦那さま」


 花束を抱えて歩いていると、廊下の向こうからレイモンドが歩いて来た。

 緊張で、身体が強張る。

 初めてお屋敷に来た日は丁寧に接してくれたが、彼は本来とても身分の高い存在なのだ。ヘスティアごときが気軽に話しかけていい相手ではない。


 あの日以来、レイモンドとは顔を合わせたことがなかった。

 緊張で固まっているヘスティアに、レイモンドは笑いかけてくる。


「花束を抱えて、どうしたんだ?」


「え、えっと……アマーリアさまが客間に花を飾りたいとおっしゃいましたので……」


 しどろもどろに答えると、レイモンドは納得したように頷いた。


「そうか……ご苦労だったな」


 レイモンドはそう言って、ふっと優しく微笑んだ。そして、少し考える素振りを見せる。


「……ここでの生活には慣れてきたか?」


「え、ええ……その、とても良くしていただいております。本当に、皆さまが優しくて……」


「そうか……」


 ほっと息を吐いて、レイモンドは頷いた。


「……俺の浅慮できみには迷惑をかけてしまったので、気になってはいた。だが、皆とうまくやれているのなら、良かった」


 そう言って、レイモンドは優しく微笑む。

 その笑顔を見て、ヘスティアの胸がどきりと跳ねた。

 頬が熱くなるのを感じて、ヘスティアは俯く。


「どうした?」


「い、いえ……何でもございません……」


 不思議そうに問いかけてくるレイモンドに、慌てて首を横に振る。

 すると、彼は少し首を傾げたがそれ以上何も言わなかった。


「そ……その、私ごときを気にかけてくださって、ありがとうございます」


「いや、当然のことだ。俺の未熟さが招いたことだからな。その、決してきみが美しいから気になるといった邪な気持ちでは……」


「へ……?」


 ヘスティアは驚いて顔を上げた。

 すると、レイモンドは耳まで赤くしてそっぽを向く。


「あ、いや、その……気にしないでくれ」


「え、えっと……はい……」


 どう答えていいかわからず、とりあえずヘスティアは頷いた。

 美しいと言っていたような気がするが、おそらく聞き間違いだろう。

 ヘスティアが美しいはずがないのだから、違う言葉だったに決まっている。

 そうでなければ、レイモンドは特殊性癖ということになってしまうではないか。

 そんなことを想像して、ヘスティアは心の中でぶんぶんと首を振った。


「そ、それでは失礼します」


 そう言って、花束でレイモンドから顔を隠すようにしながら、足早にその場を去る。

 廊下を歩くヘスティアの心臓は、まだどきどきと激しく鳴っていた。


「な、なんなのかしら……」


 思わず胸を押さえて、ヘスティアは呟いた。

 顔が熱いのも、心臓がうるさいのも、きっと緊張のせいだろう。そう自分に言い聞かせて、ヘスティアは客間へと急いだのだった。

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