35.断罪のパーティー
王城でパーティーが開かれることになり、デボラは嬉々として乗り込んだ。
これまで王城になど縁はなかったが、今回は招待状が届いている。
新しい伯爵のお披露目とのことで、父であるロウリー男爵と共に、いよいよ自分たちが伯爵家として認められるのだと胸が高鳴っていた。
「お父さま、今日のドレスはどうかしら?」
デボラはドレスの裾を持ち上げながら尋ねた。
光沢のある生地で作られた深紅のドレスだ。胸元は大きく開いており、背中も大胆に開いているデザインとなっている。
「ああ、よく似合っているよ。お前が一番美しいに違いない」
父の言葉に満足げに微笑むと、そのままエスコートされて会場に入る。
そこには大勢の貴族がいた。
初めて見る顔ばかりだが、皆一様に品があるように見えた。さすが王城のパーティーに招かれるだけあって、貴族の格が違うということだろう。
これからは、デボラも彼らの仲間入りをするのだと思うと、胸が躍った。
デボラは父と共に壁際に立ち、談笑をしている貴族たちを眺めていた。
すると、不意に一人の女性が目にとまる。
見事な深紅のドレスに身を包んだ女性だ。
豪華な宝石を身に着けており、あの宝石一つで自分たちの屋敷くらい買えるだろうと考えてしまう。
彼女の隣には、黒髪の美貌の青年が寄り添っている。
青年はすらりと背が高く、細身だが筋肉がついているのがわかった。
二人の周辺には人が集まり、まるでパーティーの主役のようだ。
特に青年は存在感があり、視線が吸い寄せられていく。
「まあ、素敵な殿方だこと」
デボラは思わず呟いていた。
青年は婚約者であるタイロンなど比べものにもならないほど、整った容姿をしている。彼の隣に立つことができたら、どれほど優越感に浸れるだろう。
すると、青年と目が合った。その瞬間、ドクンと心臓が鳴るのを感じた。
青年の目がデボラを捉えた瞬間、まるで吸い込まれるような感覚に陥ったのだ。
しかし、青年は寄り添う女性に何かを囁くと、デボラから視線を外した。
「お父さま……あの方はどなた……っ!?」
デボラは父に尋ねようとして、言葉を途切れさせた。
青年に寄り添う女性が、こちらを見つめたのだ。その顔には、見覚えがあった。
「お姉さまっ!?」
思わずデボラは叫ばずにはいられなかった。
見間違えるはずがない。あれは腹違いの姉、ヘスティアだ。
役立たずとして、辺境の色ボケ老人の慰み者になっていたはずの女が、まるで別人のように着飾り、青年に寄り添っているではないか。
「どうしてあんな女が……」
デボラは怒りに体を震わせる。
今まで見下し、馬鹿にしてきた相手が、自分など比べものにならないほどの豪華絢爛な衣装を身につけている。
許せなかった。絶対に許せない。
「お父さま! あれはお姉さまよねっ!?」
デボラは声を荒げる。
父もまた、驚いたようにヘスティアを見つめていた。
「ああ……間違いない。しかし、あんな……」
父も困惑しているようだ。
当然だ。デボラだって信じられないのだから。
「許せないわ! お姉さまのくせに、あんな……っ!」
デボラは怒りに任せて叫ぶ。
周囲の視線が集まっているが、気にならなかった。
「落ち着け、デボラ……」
父が宥めようとするが、聞くつもりはない。
「嫌よ! お姉さまの分際で、あんな綺麗な服を着て……! 許せないわ!」
デボラは叫ぶと、ヘスティアに向かって駆け出した。
「おい! デボラ!」
父の制止の声が聞こえたが、無視して突き進む。
周囲の視線がさらに集まるのを感じたが、気にしている余裕はない。
とにかく、ヘスティアに痛い目を見せてやりたかった。
だが、突然目の前に立ち塞がる者がいた。黒髪の青年だ。
彼はヘスティアを抱き寄せると、警戒するようにこちらを睨み付けてくる。まるで騎士気取りだ。それがたまらなく不快だった。
「邪魔よっ! そこをどいて!」
デボラは怒鳴りつけるが、青年は微動だにしない。それどころか、さらに強い力でヘスティアを抱き締めているように見えた。
まるで見せつけられているようで、ますます苛立ちが募っていく。
「何様なのよっ!? 私は伯爵令嬢になるのよ! 無礼者! どきなさいよ!」
デボラは叫ぶと、青年に掴みかかろうとした。
先ほど、青年に目を奪われてしまった自分のことすら腹立たしい。
「デボラ! やめなさい!」
父の声が響き、デボラの手が止まる。
振り返ると、父が慌てた様子で駆けてきたところだった。
「お父さま……っ」
デボラは助けを求めるように父に抱きつく。
しかし、父は青年を警戒するばかりで、こちらを見ようともしない。それが悔しくてならなかったが、今はそれどころではなかった。
「この不敬な男を追い出してちょうだい! お姉さまの番犬ごときが!」
デボラの言葉に、周囲がざわめき出す。
「まあ、なんという無礼な……っ」
「どこの家門の方なの!?」
「オースティン辺境伯さまに向かって……」
そんな声が聞こえてくる。
オースティン辺境伯という家名に、デボラは聞き覚えがあった。
ヘスティアが慰み者になっているのが、オースティン辺境伯家の先々代当主だということを思い出した。
「どういうこと……?」
目の前の青年は、どう見ても二十歳前後にしか見えない。先々代当主の老人が、こんな若い男のはずがない。
「俺はオースティン辺境伯家当主レイモンドだ。ヘスティア嬢は俺の婚約者であり、未来の辺境伯夫人だ。無礼は許さん」
青年はそう言うと、デボラを冷たい目で見下ろした。
その目を見た瞬間、背筋が凍るような感覚に襲われる。本能的な恐怖を感じずにはいられなかった。
「そ、そんな……お姉さまは先々代当主の慰み者じゃ……」
デボラは震える声で言う。
すると、青年は呆れたようにため息をついた。
「何を馬鹿なことを……。彼女は俺の妻となる女性だ。慰み者などではない」
そう言うと、青年は再びヘスティアを抱き締めた。その仕草はとても優しく、愛おしげに見える。
「お、お姉さまが……? うそ……」
デボラは呆然と呟いた。
信じられなかった。あのヘスティアが、自分よりも美しく華やかに着飾っていることも、幸せそうに微笑んでいることも。
そして、こんな地位の高い美貌の男と結婚するということも。
「まあ! おめでたいわ!」
「お似合いの二人ね」
そんな声が周囲から聞こえてくる。それがまた悔しくてならなかった。
しかし、それ以上にショックだったのは、周囲の反応だ。誰も疑問を抱いていないようだし、むしろ祝福しているではないか。
「み、見る目がないのね! お姉さまなんて、背中に醜い火傷の痕があるのよ!? しかも、そんなに背中の開いたドレスで見せびらかすなんて、どうかしているわ!」
デボラがそう叫ぶと、周囲が静まり返った。皆、驚いたような表情を浮かべている。
やっと少しは周囲に響いたかとほくそ笑むデボラだが、次の瞬間、笑い飛ばされてしまった。
「ふふ……っ」
誰かが吹き出す声が聞こえる。それがまたデボラの神経を逆撫でした。
しかし、その笑い声を皮切りに、あちこちで嘲笑が漏れ始めたのだ。
「まあ、精霊紋と火傷の痕の区別もつかないなんて……」
「なんて無知なのかしら……」
「貴族とは思えませんわね……」
周囲の視線が冷たくなっていくのがわかる。まるで異端者を見るような目だ。
そんな視線に耐えられず、デボラは後ずさった。すると、突然背後から腕を掴まれたのだ。
「何をしてるんだ! お前は!」
振り返るとそこには父の姿があった。
「お父さま……!」
デボラは思わず助けを求めるように手を伸ばすが、その手は振り払われてしまう。 父は険しい表情で声を張り上げた。
「娘の無礼な振る舞い、申し訳ありません! ほら、お前も謝れ!」
「嫌よっ! 私は悪くないわ! お姉さまが悪いのよ!」
デボラは父の言葉を拒否し、ヘスティアを睨みつけた。
しかし、彼女はこちらを無視して青年と会話を続けているようだ。それがまた腹立たしかった。
デボラは父の言葉を拒否し、ヘスティアを睨みつけた。
「……私はもう、あなたの姉ではないわ。ロウリー男爵家から正式に除籍されたのですもの」
ヘスティアはそう言うと、デボラに微笑みかける。
その笑顔はとても美しく見えたが、同時にとても冷たく感じられた。まるで別人のような雰囲気だ。
一瞬、あっけにとられてしまうデボラだったが、すぐに我に返った。
そして、除籍という言葉に反応する。
「そ、そうよ、除籍されたのなら、もう貴族ではなく、平民になったということよね!? それなら、私の方が偉いんだからっ! 私は伯爵令嬢よ!」
デボラは気を取り直して叫ぶ。
しかし、ヘスティアは微笑みを崩さない。
「いいえ、あなたは伯爵令嬢ではないわ」
「嘘よっ! 私は伯爵令嬢よ!」
デボラは叫ぶが、ヘスティアは静かに首を横に振るだけだ。
「ノリス伯爵家を継いだのは、私よ。今の私はノリス伯爵家の当主。そして、縁を切った以上、あなたは伯爵家とは何の関係もないわ」
その言葉に、デボラは頭が真っ白になった。
信じられない気持ちでいっぱいになる。
「そ、そんな……お姉さまが伯爵に……? そんなの?……」
呆然と呟くデボラだったが、周囲の視線がますます冷たくなっていくのを感じた。 まるで汚物を見るかのような目だ。
「お父さまっ! お父さまぁあっ!」
デボラは助けを求めるように父を見たが、彼も愕然とした表情を浮かべていた。
「ど、どういうことだ……!? 私が伯爵になるのではなかったのか!?」
父は動揺を隠しきれない様子で叫んでいる。
ヘスティアはそんな彼を冷たい目で見つめていた。
次の36話は明日5/3の7時過ぎ、最終話37話は5/3の18時過ぎに投稿予定です。