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34.解放

 それから数日後、アマーリアとレイモンドが選んだドレスが完成したという知らせを受けた。

 王都でのパーティーに着るためのものだ。

 ヘスティアは、さっそく試着してみることにした。


「こ、これは……背中が開きすぎています……!」


 ヘスティアは鏡に映った自分の姿を見ながら、思わず叫んだ。

 ドレス自体は素晴らしいデザインだったが、背中が大きく開いていた。

 これでは背中にある火傷の痕が見えてしまうと焦るが、そういえば本当は精霊紋というものだったかと思い直す。


「あなたの背中を見せるためなのだから、当然よ」


 アマーリアは平然と言う。


「でも……」


 ヘスティアが躊躇していると、アマーリアは鏡越しに微笑みかけた。


「大丈夫よ。あなたが精霊に愛されているから、その背中には美しい花があるのでしょう? それを他の貴族たちに見せてあげればいいわ」


 鏡に映る背中の精霊紋は、確かに花のようだった。

 燃え上がる炎のような真紅の花が咲き誇っている。


「とても美しく、そして力強いわ。ほのかに漂う魔力も、とても清らかで澄んでいる。きっと、あなたの魂の美しさを表しているのね。魔法を使える者なら、それを火傷の痕と見間違えることなんてあり得ないわ」


 そんなアマーリアの言葉に、ヘスティアは胸が温かくなるのを感じた。


「ありがとうございます……。アマーリア様」


 ヘスティアは自然と微笑みを浮かべていた。

 先ほどまでは躊躇していたドレスだが、今は自信を持って着ることが出来る気がした。

 アマーリアはそんなヘスティアの様子を見て微笑むと、言葉を続ける。


「さあ、あなたの夫になるレイモンドにも見せてあげなさい。きっと大喜びするわよ」


 アマーリアは悪戯っぽい笑みを浮かべると、部屋を出ていく。


「え、あ、あの……っ!?」


 ヘスティアは顔を真っ赤にして慌てたが、アマーリアの姿はもう見えなかった。

 入れ替わりにレイモンドが入ってくる。


「どうしたんだ? 何か困ったことでも?」


 レイモンドは心配そうに尋ねてくる。

 ヘスティアは慌てて首を振った。


「い、いえ……なんでも……」


「そうか」


 レイモンドはほっと息をつくと、ヘスティアに近づいてきた。


「その……ドレス、よく似合ってる」


 レイモンドは頬を赤らめながら言う。

 その様子が可愛くて思わず笑ってしまった。


「ありがとうございます」


 ヘスティアは笑顔で答えた。

 すると、レイモンドの顔がますます赤くなる。


「背中が開きすぎな気もするが……まあ、俺が側にいれば守ってやれるしな」


 レイモンドは自分に言い聞かせるように呟いていた。


「ありがとうございます……」


 ヘスティアは恥ずかしそうに俯く。

 しかし、それでもレイモンドに背中を見せるようにくるりと回って見せた。


「どう……ですか?」


 少しドキドキしながら尋ねる。

 すると、レイモンドは大きく目を見開き、硬直してしまった。

 その様子を見て不安になる。

 やはり、自分には似合わないのだろうか。そんな考えが頭をよぎる。


「えっと……似合ってないなら……」


 ヘスティアがそう言って離れようとすると、レイモンドは慌てて止めた。


「待ってくれ! そんなんじゃないんだ」


 彼は、顔を真っ赤にして俯く。

 その様子を見て、クスッと笑ってしまった。どうやら照れていただけらしい。

 レイモンドはしばらく黙っていたが、やがて意を決したように口を開く。


「すごく綺麗だよ」


 そう言って、優しく抱きしめてくれた。

 その温もりにほっと安心すると同時に、ドキドキもした。そして同時に、自分の胸の中に熱い感情が湧き上がってくるのを感じた。


「私、幸せです……」


 思わず言葉が漏れる。

 すると、レイモンドはさらに強く抱きしめてくれた。


「俺も幸せだよ」


 レイモンドは優しい声で囁く。そして、ゆっくりと唇を重ねてきた。


「ん……」


 思わず声が出てしまう。

 すると、レイモンドは慌てたように唇を離した。そして、顔を真っ赤にして謝ってくる。


「ごめん! そんなつもりじゃ……いや、君が欲しいのは本当だけど……!」


 その様子を見てクスッと笑ってしまう。

 この人は本当に可愛らしい人だ。そんな彼のことが大好きだと思う。

 だから、もっと触れ合いたいと思った。


「私で良ければ……その……どうぞ」


 自分でも大胆なことを言っている自覚はあった。

 それでも、彼になら全てを委ねられる気がしたのだ。


「本当にいいのか?」


 レイモンドは不安げに聞いてくる。

 そんな彼に対して、ヘスティアはゆっくりと頷いた。


「はい……」


 そして、レイモンドの首に腕を回す。

 すると、彼はもう一度口づけをしてきた。

 触れるだけの軽いものから、深くなっていこうとしたところで、アマーリアが部屋に入ってくる。


「言い忘れたことが……って、あら?」


 アマーリアは二人の姿を見て首を傾げた。

 ヘスティアは慌てて離れると、顔を真っ赤にして俯いてしまう。


「えっと……お取り込み中だったかしら」


 アマーリアが気まずそうに聞いてきたので、慌てて否定する。


「いえ! そんなことはありません!」


 すると、レイモンドも慌てた様子で言った。


「そ、そうだとも! 俺たちはただ話をしていただけだ!」


 しかし、その慌てようが逆に怪しく見えてしまうのではと思ってしまう。

 案の定アマーリアは訝しげな表情を浮かべていた。


「そ、それで! どうしたんですか、叔母上!?」


 レイモンドは誤魔化すように言うと、アマーリアに先を促す。

 すると、彼女は咳払いをしてから口を開いた。


「ああそうそう……二人に伝えておかないといけなくてね」


 アマーリアはそう言って二人の顔を見る。

 ヘスティアは少し緊張して背筋を伸ばした。どんな話をされるのか不安だったからだ。


「ヘスティアはロウリー男爵家から正式に除籍されたわ。これで実家との縁が切れたことになるわね。もう、彼らに煩わされることもないでしょう」


 アマーリアはそう言うと、優しく微笑んだ。


「えっ……?」


 ヘスティアは驚いて言葉を失った。

 縁を切ることができるとは言っていたが、こんなに早く実現するとは思わなかったのだ。


「本当……ですか……?」


 半信半疑のまま問いかけると、アマーリアははっきりと頷いた。


「ええ、本当よ。これであなたは解放されたわ」


 アマーリアはそう言うと、ヘスティアの手を取り握りしめる。

 その温もりを感じ、ようやく実感が湧いてきた。

 これまで家族とも思っていなかったが、父や妹と正式に縁が切れたのだ。

 そう思うと、自然と涙が溢れてきた。今まで辛かったことや悲しかったこと、そして愛情を求めてもがいたことが一気に思い出されてきたのだ。

 そんなヘスティアをレイモンドが優しく抱き寄せると、耳元で囁いた。


「これからは俺たちが一緒だ」


 その言葉に胸が熱くなるのを感じた。

 そして、そのまま彼の胸に顔を埋める。

 アマーリアはそんな二人の様子を眺めながら微笑むと、言葉を続けた。


「それとね、ヘスティアはノリス伯爵になることが決まったわ」


「えっ……?」


 突然のことに驚き、顔を上げる。

 すると、アマーリアはにっこりと微笑んだ。


「ノリス伯爵家はあなたのものよ。だから、これからはあなたが当主になるの」


 アマーリアの言葉に頭が追いつかなかった。

 自分が貴族家の当主になるなんて想像もしていなかったからだ。

 しかし、すぐに我に返ると慌てて首を横に振った。


「そんな……! 私なんて、何もできません……!」


 貴族としての教養も知識もない自分が当主になるなど、とてもじゃないが務まらないだろう。

 それに、自分にはレイモンドの妻としてやらなければならないことがあるのだ。

 しかし、そんなヘスティアの不安を見透かしたように、アマーリアは優しく微笑んだ。


「大丈夫よ。領地は王家預かりになっているし、いわば名前だけみたいなものよ。あなたが何もしなくても問題はないわ。もし将来的にあなたが当主として領地を治めることを望むなら、その時に改めて考えればいいでしょう」


 アマーリアの言葉に、少しだけ安心する。

 それでも不安は拭い去れなかったが、レイモンドが支えるように手を握ってくれた。


「大丈夫だ。俺がついているから」


 そう言って微笑みかけてくれる。

 それだけで心が安らいだ気がした。

 アマーリアはそんな二人を見て微笑むと、言葉を続ける。


「これからヘスティアは覚えることがたくさんあるけれど、焦ることはないわ。ゆっくり学んでいけばいいの。それに、もし困ったことがあれば私たちを頼りなさい。いつでも相談に乗るから」


 アマーリアの言葉に胸が熱くなるのを感じた。

 こんなにも自分のことを大切にしてくれる人がいることに感謝の気持ちが込み上げてくる。


「ありがとうございます……!」


 ヘスティアは目に涙を浮かべながら頭を下げた。


「ああ、そうだとも。一緒にやっていこう」


 レイモンドはそう言うと、ヘスティアを優しく抱き寄せる。

 その温もりを感じていると、これから先のことも乗り越えていけると信じられた。


「それじゃあ、ヘスティアは私と一緒にアクセサリーを選びましょう。レイモンドと二人きりにするのは危険みたいですものね」


 アマーリアは冗談めかして言う。

 その言葉に、レイモンドとヘスティアは思わず顔を見合わせた後、お互いに頬を赤らめた。

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