27.火凰峰
ヘスティアはレイモンドと共に、馬車で火凰峰に向かうことになる。
馬車に乗り込もうとしたとき、レイモンドのもとに衛兵が駆け寄ってきた。衛兵はレイモンドに素早く耳打ちをする。
「……わかった。引き続き警戒にあたれ」
レイモンドが命令を下すと、衛兵は敬礼して去っていった。
「何かあったのですか……?」
ヘスティアは不安そうに尋ねる。
「いや、むしろ良い知らせだ。詳しくは馬車の中で話そう」
レイモンドは安心させるように微笑むと、ヘスティアの手を引いて馬車に乗り込んだ。
「赤い宝石の掲げられた建物を発見したそうだ。酒場らしく、人の出入りが激しいらしい」
レイモンドはヘスティアの隣に座りながら答える。
「そこにタイロンの協力者がいるのでしょうか?」
「その可能性は高いだろう。建物を見張らせている。何かあればすぐに報告が来るだろう」
「そうですか……」
ヘスティアはほっと胸を撫で下ろす。
「安心しろ。俺たちがついている」
レイモンドはヘスティアの肩を抱くと、安心させるように微笑んだ。
馬車は街の中心を離れ、郊外の道を走る。そして、火凰峰へと続く山道へと入っていった。
「普段は、これ以上は入れない。祭りの時だけ、この道が開くんだ」
山道を進んで行くと、次第に道が険しくなっていく。馬車はガタガタと揺れながら進んでいた。
「大丈夫か、ヘスティア」
レイモンドが心配そうに声をかける。
「はい、平気です」
ヘスティアは笑顔で答えるが、実際はかなりつらかった。
狭い馬車の中で、レイモンドにずっと寄りかかっている状態なのだ。
馬車が揺れるたびに彼に密着してしまい、恥ずかしさと気まずさで頭がいっぱいになる。
「そうか……ならいいのだが」
レイモンドは優しく微笑むと、再び前を向いた。
馬車の揺れがさらに激しくなり、ヘスティアは思わずバランスを崩してしまう。
「きゃあっ!」
倒れそうになったところを、レイモンドが抱きとめた。彼の胸に顔を埋める格好になってしまい、ますます顔が熱くなる。
「大丈夫か?」
「は、はい……」
ヘスティアは慌てて離れようとしたが、腰に回された腕がそれを許さなかった。
「もう少し、このままで……」
レイモンドはそう言うと、ヘスティアの身体をぎゅっと抱きしめる。
「あっ……はい」
ヘスティアは抵抗できずに、そのまま彼の腕の中に収まった。鼓動が激しくなり、頭がくらくらとする。
緊張と恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだった。
馬車に乗っている間中ずっと抱きしめられていたが、やがて目的地に到着する。
「着きましたよ」
御者が扉を開けると、レイモンドは名残惜しそうにヘスティアを離す。
「もう着いたのか……早いな」
少し残念そうな顔でレイモンドは馬車から降りると、大きく伸びをした。
「さあ、行こう」
レイモンドは手を差し出して、ヘスティアを促す。
「はい……」
ヘスティアは小さく頷き、レイモンドの手を取った。
そして、彼のエスコートのもと馬車を降りる。
馬車を降りると、離れた場所に火口が見える。
ここからは歩いて向かうことになるだろう。
「足下に気をつけてくれ」
レイモンドはそう言って、ヘスティアの肩を抱く。そして、ゆっくりと歩き始めた。
「ありがとうございます……」
ヘスティアは顔を赤くしながら答える。
レイモンドの体温を感じながら歩いていると、緊張と恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだった。
しかし同時に安心感もあるため複雑な気分だった。
しばらく歩くと、火口の近くへと到着する。
そこには数人の衛兵が立っており、レイモンドの姿を見ると敬礼をした。
「ご苦労。変わったことはあったか?」
「いえ、異常ありません。大旦那さまと人形もすでに到着しております」
「そうか、ありがとう。引き続き警戒を頼む」
「はっ!」
衛兵たちは敬礼をすると、再び持ち場に戻った。
「一般客が入れるのはここまでなんだ。ここから先は、俺たちだけで行くことになる」
レイモンドは火口へと続く道を指差して言う。
「はい、わかりました……」
ヘスティアは緊張しながら答える。
ここから先は、タイロンが何かを仕掛けてくる可能性が最も高い場所だ。
緊張しないと言えば嘘になる。
「大丈夫だ、俺がついている。心配はいらない」
レイモンドは優しく微笑むと、そっとヘスティアの手を取った。そして、ゆっくりと歩き出す。
「はい……よろしくお願いします」
ヘスティアは頷き、レイモンドと共に歩き始めた。
白い煙を上げる火口からは、熱気が伝わってくる。
周囲には硫黄のにおいが立ち込めており、時折吹く風に硫黄の粉が舞い上がった。
「大丈夫か?」
「はい、平気です」
ヘスティアは笑顔で答える。
本当に、少しも苦しくないのだ。それどころか、この熱気が心地よいとすら感じる。
「無理をせず言ってくれ」
レイモンドは心配そうに言うと、ヘスティアの手を取った。そして、ゆっくりと火口へと進んでいく。
「あれが幻獣の祭壇だ」
レイモンドは火口の奥を指差す。
そこには石造りの祭壇があり、その上には卵が載せられていた。
「あれが……」
ヘスティアはごくりと唾を飲む。
卵は、鶏の卵の倍以上の大きさで、淡い光を放っている。
祭壇全体がうっすらとした膜に包まれ、卵を保護しているように見えた。
「眠っている幻獣って、卵だったんですね」
「ああ、そうだ。寿命を迎えた幻獣は、卵に還る。そして眠りにつき、新たな幻獣として生まれ変わるんだ」
レイモンドは優しい口調で説明する。
「そうなんですか……」
ヘスティアは祭壇を見つめながら呟く。
その時、背後から足音が聞こえた。
「やっと来たか、待ちくたびれたぞ」