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26.炎煌祭

 そして、炎煌祭当日がやってきた。

 タイロンは辺境伯家を訪れた後は宿に滞在していて、おかしな動きはしていなかった。

 街でも、不審な動きやタイロンと関係があるような手がかりは見つかっていない。

 アマーリアはポーラからタイロンの魔法について聞き出したものの、土属性の魔法らしいということしかわからなかった。

 現時点ではタイロンを捕縛できるような理由がなく、手詰まりだ。


 ヘスティアは落ち着かない気持ちで、街の様子を観察していた。

 広場にはたくさんの人々が集い、祭りを楽しんでいる。

 ヘスティアが魔力を込めた人形は、広場に飾られて、祭りの華となっていた。


「ヘスティア、ここにいたのか」


 振り返ると、そこにはレイモンドの姿があった。


「レイモンドさま……。何かわかりましたか?」


 ヘスティアが尋ねると、レイモンドは首を横に振った。


「いや、特に怪しい動きはないようだ」


「そうですか……」


 ヘスティアはため息をつきながら答えると、再び広場に視線を向ける。

 広場では人形の周りで人々が踊りを踊ったり、音楽を奏でたりしていた。その中心には大きな炎が焚かれており、人形を明るく照らしている。

 その光景は幻想的で、とても美しいものだった。


「おそらく、動くのは最終日だろう。それまでは、この祭りを楽しもう」


 レイモンドは優しく微笑むと、ヘスティアの手を取る。


「はい……そうですね」


 ヘスティアは少し照れながら答えると、レイモンドの手を握り返した。

 そして二人はゆっくりと広場に向かって歩き始めた。


「踊ろう、ヘスティア」


 レイモンドは広場に着くと、そう言って手を差し伸べる。


「わ、私……踊り方を知らなくて……」


 ヘスティアは困ったように俯きながら答える。


「大丈夫だ、俺がリードするから」


 レイモンドは微笑みながら言うと、ヘスティアをダンスの輪の中へと連れていく。 そして二人は手を繋ぎながら踊り出した。

 最初はぎこちなかった動きも、徐々に滑らかになっていく。音楽に合わせるようにステップを踏み、くるくると回りながら踊る。


 最初は恥ずかしがっていたヘスティアだったが、次第に楽しくなってきた。

 レイモンドと視線が合うたびに微笑み合い、触れ合う手から彼の温もりを感じる。

 この瞬間が永遠に続けばいいと思った。

 やがて音楽が終わると、周囲から拍手が巻き起こった。二人はお辞儀をしてその場を立ち去る。


「楽しかったな、ヘスティア」


 広場の片隅までやってくると、レイモンドは満足げに言う。


「はい……とても」


 ヘスティアも心からの笑顔を浮かべて答える。

 こんなに楽しい時間は初めてだ。誰かと一緒に踊るなど、想像したこともなかった。

 ずっとこうしてレイモンドと共に過ごしたい。ヘスティアは心の底からそう願った。




 そんな幸せな時間はあっという間に過ぎてしまい、祭りの最終日がやってきた。

 ヘスティアは炎の乙女の衣装を纏い、広場へと向かう。


「いよいよだな」


「はい……そうですね」


 レイモンドから声をかけられ、ヘスティアは緊張した面持ちで答える。


「心配するな、俺たちがついている」


 レイモンドは優しく微笑むと、ヘスティアの手を取った。そして、広場に向かって歩き出す。

 広場に飾られた人形まで、道ができている。周辺は衛兵が取り囲み、不審な者が近づかないように警戒していた。


「さあ、行こう」


 レイモンドはヘスティアの手を引いて進んでいく。

 見守る群衆たちの中からは、期待に満ちたざわめきが聞こえていた。

 これから炎の乙女として、人形に祝福を与えてから火凰峰へと運ぶのだ。

 タイロンが何を仕掛けてくるかどうか以前に、こうして人々の注目を浴びることがヘスティアにとっては恐怖だった。


「大丈夫だ、俺がついている」


 レイモンドは力強く言って、ヘスティアの肩を抱く。

 それだけで安心することができた。


「ありがとうございます……」


 ヘスティアは礼を言うと、炎の乙女として歩き出す。

 仲睦まじい様子の二人の姿に、群衆たちはさらに熱狂した。

 そしてついに、人形が安置されている台座へとたどり着く。


「さあ、ヘスティア」


 レイモンドはヘスティアの肩を抱いたまま人形へ近づくと、その前に立たせた。


「はい……」


 ヘスティアは小さく返事をして頷くと、人形にそっと手を触れる。

 すると、ふわりと赤い光が溢れ出した。

 その光はだんだんと強くなり、やがて人形全体が輝き始める。

 人々が驚きの声を上げる中、ヘスティアはじっとその光を見つめていた。

 やがて光が収まっていくと、人形の向こう側にタイロンの姿が見えたような気がし、背筋がぞくりとした。


「大丈夫か?」


 レイモンドが心配そうに声をかける。


「……向こうにタイロンがいたような気がします」


 ヘスティアは震えながら答える。


「周囲の警備は強化してある。安心してくれ。すぐに捕まえるさ」


 レイモンドは安心させるように優しく微笑みかけると、再びヘスティアの肩を抱いた。


「はい……」


 ヘスティアは気を取り直すと、再び人形に視線を戻す。

 広場の人々が見守る中、人形は徐々に光を失っていった。


「終わったか……?」


 レイモンドが呟くと、周囲の人々から拍手が起こった。


「おお……素晴らしい」


「こんな魔法を見るのは何年ぶりだろうか……」


「今年の炎の乙女は、本物だ!」


 口々に賞賛の言葉が聞こえてくる。

 ヘスティアはそっと息を吐きながら、タイロンがどうなったのか確認するため周囲を見回す。

 しかし、彼の姿はどこにも見あたらなかった。


「くそっ……逃げられたか……」


 レイモンドは悔しそうに呟く。

 しかし、そんな彼の様子など気にも留めず、人々の歓声は大きくなり続けた。


「さあ、これから火凰峰へ向かうぞ!」


「おおっ!」


 誰かが宣言すると、人々から大きな歓声が上がった。

 そして、広場から人々がぞろぞろと移動し始める。

 これから火凰峰へ人形を運び、火口へと投げ入れるのだ。そして花火が打ち上げられ、祭りは終わりを迎える。


「行こう、ヘスティア。これからが本番だ。くれぐれも気をつけてくれ」


 レイモンドは真剣な表情で告げる。


「はい……わかりました」


 ヘスティアは大きく深呼吸をして答える。

 火凰峰には幻獣が眠っている。タイロンの狙いは、幻獣の捕獲だ。これから何か仕掛けてくるに違いない。

 ヘスティアは気を引き締めると、レイモンドと共に、祭りの喧騒が響く広場を後にした。

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