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22.炎の乙女役

「火凰峰に棲む幻獣については知っておるか?」


 グレアムの問いかけに、ヘスティアは頷いた。


「はい、幻獣は火を纏った鳥だと聞いています。今は眠りについていて、いつ目覚めるかわからないと……」


「そうだ。その幻獣が眠っているうちに捕獲してしまおうと、隣国の連中が動いているようなのだ。そして、どうやらディゴリー子爵家の次男は、隣国と繋がりがあるらしい」


「そんな……」


 ヘスティアは絶句した。

 まさか、自分の知らないところでそんな陰謀が渦巻いていたなんて思いもしなかった。


「ポーラが何か知っているかと思い、探ってはみたが……何も知らないようだった。どうやら、子爵家の次男の独断らしい」


 レイモンドが悔しげに歯噛みする。


「おそらく、幻獣を捕獲して隣国に売り渡すつもりなのだろう。見返りとして、隣国での地位でも約束されたのかもしれんな」


 グレアムはため息をつく。その表情には苦悩の色が浮かんでいた。


「調べたところ、タイロンは次男であるために継ぐ爵位を持てず、そなたの実家ロウリー男爵家に婿入りすることとなっておる。だが、タイロンは野心家だったらしい。幻獣を捕獲して隣国で売れば、大出世できるとでも考えたのだろうな」


「そんな……」


 ヘスティアは言葉を失った。

 タイロンがそこまで欲深い人物だとは思ってもみなかったのだ。


 しかし、考えてみれば彼は昔から自分の利益のことばかり考えていたような気がする。

 ヘスティアから妹デボラに乗り換えたのも、火傷のせいだけではなかったのかもしれない。

 ロウリー男爵家を継ぐのがデボラに確定したからではないだろうか。

 そして恩着せがましくヘスティアを辺境伯家に送り込んだのだ。

 そう考えると、全てが腑に落ちるような気がした。


「……ポーラを引き込むことはできないでしょうか? 彼女自身が陰謀に関わっていないというのなら……」


 ヘスティアが提案する。

 だが、アマーリアとレイモンドは首を横に振った。


「それも考えたのだけれど……正直言って、彼女もかなり性格が歪んでいるわ。信用できない」


 アマーリアは険しい表情で言った。


「先ほどの騒動でも、ひたすらきみに罪を着せようとしていた。自分の欲を満たすためなら平気で嘘をつくだろう」


 レイモンドも苦々しげに言う。


「それに……きみとの仲を邪魔したのも彼女だ。きみを陥れようとしてきたこと、決して許せはしない」


「レイモンドさま……」


 ヘスティアは胸が熱くなるのを感じた。

 自分のことをこんなに想ってくれる人がいることに、幸せを感じる。


「それでも、今の時点で彼女を放り出すわけにはいかないわ。彼女を通じて、タイロンが何か企んでいる可能性がある以上、手元に置いておいたほうが監視しやすいもの」


 アマーリアは冷静な口調で言う。


「そなたには辛い思いをさせるかもしれんが、どうか辛抱してほしい」


 申し訳なさそうに、グレアムが眉根を寄せる。

 ヘスティアは小さく首を横に振った。


「いいえ、私は大丈夫です」


 そう言って微笑んだ。

 今すべきことはわかっているつもりだ。自分は辺境伯夫人になるのだから、このくらい乗り越えられなくてどうするというのか。


「そうか……ありがとう」


 グレアムはほっとしたように表情を和らげた。そして再び厳しい顔つきに戻る。


「炎煌祭の最後に、人形を火口に投じることは知っておるな? かつて、精霊の愛し子とされた炎の乙女が、傷つけた幻獣と共に火口に身を投じて幻獣を救ったという伝承だ。そのため、炎の乙女役が人形を火口に投じる習わしになっている」


「はい」


 ヘスティアは頷く。それは人形作りの最中に、使用人たちから教えてもらったことだ。

 昔はアマーリアも炎の乙女役をやったことがあるらしい。


「ポーラが俺に言い寄ってきた際、炎の乙女役をやらせてほしいと懇願してきた。なぜかと尋ねると、とても名誉なことで将来の辺境伯夫人にふさわしい役割だと、タイロンから聞いたのだとか……」


 苦々しい表情を浮かべながら、レイモンドは吐き捨てるように言った。


「タイロンが、ポーラを炎の乙女役にするために、そう吹き込んだのだろうな。だが、そこであっさりタイロンの名を出すあたり、真意については知らなかったのだろう」


 グレアムはため息をついた。


「幻獣の祭壇があるのは、人形を投じる火口のすぐ近くだ。普段は閉ざされているが、儀式の時だけは開放される。だから、タイロンは儀式のタイミングでポーラを通じて祭壇に忍び込み、幻獣を捕えるつもりなのだろう」


 グレアムが言うと、アマーリアは頷いた。


「ええ……でも、これらは証拠があるわけではないの。あくまでも状況証拠から導き出した推測にすぎないわ。だから、今の時点でタイロンをどうこうすることはできないの」


 ため息交じりに、アマーリアは首を横に振る。


「そこでヘスティア、そなたに頼みがある。炎の乙女役を、そなたがやってほしい」


 グレアムは真剣な眼差しでヘスティアを見つめる。


「おじいさま! 危険すぎます!」


 レイモンドが血相を変えて叫ぶ。


「だからこそ、ヘスティアに頼むのだ」


 静かな声で、グレアムはレイモンドを諭すように言った。


「先ほどのそなたの魔法は、見事だった。そなたには火の精霊の加護がある。そなたならきっと、炎の乙女役をやり遂げられるはずだ。そして、タイロンの企みを阻止することができるだろう」


「しかし……!」


 レイモンドは反論しようとするが、ヘスティアがそれを遮った。


「私でよければ、やらせてください」


 ヘスティアははっきりとした口調で言い切る。


「ヘスティア……」


 レイモンドは呆然とした表情で呟いた。


「レイモンドさま、心配してくださってありがとうございます。でも、私がお役に立てるのなら、やらせてください。私は、辺境伯……ふ、夫人になるんです……だから、これくらいの試練は乗り越えてみせます!」


 ヘスティアは力強く宣言すると、レイモンドに笑顔を向けた。


「ヘスティア……」


 彼は感極まった様子で、瞳を潤ませる。そして、ゆっくりと立ち上がると、ヘスティアを優しく抱きしめた。


「ありがとう……きみは本当に素晴らしい人だ……」


 レイモンドは震える声で囁いた。

 その温もりに包まれながら、ヘスティアは幸せな気持ちに包まれるのを感じていた。


「では、決まりだな」


 グレアムは満足げに微笑むと、立ち上がった。


「もちろん、儀式の際は我々も護衛する。そなた一人には背負わせない」


 グレアムの言葉に、アマーリアとレイモンドは頷く。

 ヘスティアは胸が熱くなるのを感じた。自分は一人ではないのだ。自分には大切な家族がいる。


「ありがとうございます……皆さまのお気持ちに応えられるよう、頑張ります」


 そう言って微笑むと、三人は優しく微笑んでくれたのだった。

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