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21.真実

 その後すぐにアマーリアが帰ってきて、広間の様子を見て首を傾げていた。

 使用人たちが集まっている上に、グレアムとレイモンドまでいるからだ。


「お父さま……それにレイモンドまで……いったいどうしたのです?」


 アマーリアが不思議そうに問いかける。

 しかし、レイモンドがぴったりとヘスティアに寄り添っているのを見ると、何かを察したように目を細めた。


「……お父さま」


 アマーリアが静かにグレアムへ視線を向けると、彼は頷く。


「うむ。皆の者、持ち場に戻るといい。レイモンドとヘスティアは儂の部屋にくるのだ」


 グレアムが言うと、使用人たちはお辞儀をして部屋から出ていった。

 そしてグレアムが歩き出すと、アマーリアも続く。


「……行こう」


 レイモンドはヘスティアの手を握ると、グレアムの背中を追って歩き出した。


「はい……」


 ヘスティアは小さな声で返事をして、レイモンドの手を握り返す。彼は少し照れたように顔を赤らめた。

 その様子を、アマーリアは微笑みながら見ていた。


 グレアムの部屋にたどり着くまで、三人は一言も言葉を交わさなかった。

 だが、不思議と居心地は悪くない。むしろ心地良かった。

 やがてグレアムの部屋につくと、中に入ってソファーに座るよう促される。


「さて……何から話したものか」


 グレアムは顎髭を触りながら考え込んだ。

 ヘスティアは緊張の面持ちで、レイモンドは落ち着かない様子で座っている。


「まず、そなたに謝らねばならぬことがある」


 グレアムが静かに口を開いた。彼は申し訳なさそうな表情でヘスティアを見つめている。


「火凰峰の幻獣を狙っている輩がいるのだが、儂らはそなたがその輩と通じているかもしれないと疑っていたのだ」


「えっ……」


 ヘスティアは驚きの声を上げる。まさか自分が疑われていたとは思いもしなかったのだ。


「もちろん、屋敷にやって来たあなたを見て、すぐにそれは違うと思ったわ。でも、知らずに利用されている可能性もあったから、警戒していたの」


 アマーリアが説明を加える。彼女は申し訳なさそうに眉尻を下げた。


「何せ、あなたを送り込んできたディゴリー子爵令息が、隣国と通じているという話があったのよ」


 アマーリアの言葉に、ヘスティアは息をのんだ。

 まさか自分の知らないところでそんな陰謀が渦巻いていたとは思いもしなかったのだ。


「そうだったのですか……」


 ヘスティアは呆然とした表情で呟く。

 そんな疑いをかけられていたとは知らなかった。

 しかし、そうして疑っていたにもかかわらず、あんなに優しくしてくれたことに感謝の気持ちが湧き上がる。


「きみがそんな人ではないことはすぐにわかった。ひたむきで、一生懸命で……そんなきみを俺は好きになったんだ」


 レイモンドははにかみながらヘスティアを見つめる。

 その目は穏やかで、愛おしさに溢れていた。


「だが……ディゴリー子爵家の娘であるポーラがやって来た。情報を引き出すために、俺は彼女を邪険にすることができず……きみにも不快な思いをさせてしまった」


「レイモンドさま……」


 ヘスティアは胸が締め付けられるような思いだった。

 レイモンドとポーラを見ているのがつらくて、逃げ出そうとしていた過去の自分を思い出す。

 殻に閉じこもり、己の痛みにしか目を向けなかった。そんな自分の弱さが、彼を苦しめてしまったのだと自覚する。


「でも、これ以上きみを傷つけてしまうくらいなら、もう情報なんてどうでもいい。おじいさまにだって渡さない。俺は……きみだけを愛している。だから……」


 真剣な眼差しで、レイモンドはヘスティアを見つめた。


「俺と結婚してほしい」


 レイモンドの言葉に、ヘスティアは息をするのも忘れて彼を見つめ返した。彼の黄金色の瞳から目が離せない。胸が高鳴った。


「はい……」


 ヘスティアは小さく、しかしはっきりと答えた。

 その言葉を聞いた瞬間、レイモンドの表情が明るくなる。彼は嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとう……」


 そう言って彼はヘスティアの手をぎゅっと握った。彼の手は温かくて柔らかかった。

 ヘスティアは胸が熱くなるのを感じた。自分が認められたこと、そして愛されていることが嬉しくてたまらない。

 辺境の色ボケ老人の後妻になるのだと放り出された先で、美貌の辺境伯から求婚されるという奇跡が起こったのだ。

 かつての自分が聞いたところで、きっと信じることはなかっただろう。

 でも、これは現実なのだ。


「よかったわ」


 アマーリアがほっとしたように微笑む。彼女も自分のことのように喜んでくれているようだ。


「アマーリアさま、ありがとうございます」


 ヘスティアは笑顔で礼を言う。彼女にも救われたのだ。心から感謝していた。


「いいのよ。私はあなたを認めているわ」


 アマーリアは優しく微笑むと、そっと手を伸ばしてヘスティアの頬に触れた。


「それに、あなたはもう私の娘のようなものよ。いつでも頼ってくれていいわ」


「ありがとうございます……」


 ヘスティアは胸が熱くなるのを感じていた。自分は幸せ者だと実感する。


「うむ、儂もそなたたちを祝福しよう。ちなみに、儂がヘスティアを娶るという話は、最初から嘘だ」


「え……」


 レイモンドが驚きの声を上げる。それからヘスティアをまじまじと見つめた。

 居心地が悪くなりながら、ヘスティアは小さく頷く。


「実は……そうだったんです……」


「な、なぜそんなことを?」


 レイモンドは戸惑いの表情を浮かべる。


「それは、そなたがあまりにも情けないからに決まっておろうが。好きな女一人口説き落とすこともできぬとは……」


「うっ……」


 レイモンドは言葉を詰まらせた。反論できないらしい。


「だから、儂が一肌脱いでやろうと思ったのだ」


 堂々とした態度で、グレアムは言い放った。


「そもそも、お父さまがヘスティアを正式に辺境伯家に迎えると言ったとき、自分が娶るとは明言しなかったでしょう。レイモンドの妻として迎えるつもりなのだと、私はすぐに気付いたわ」


 アマーリアはくすくすと笑みをこぼす。


「その程度のことも見抜けないなんて、やっぱりあなたはまだまだね」


 からかうようなアマーリアの言葉に、レイモンドは唇を噛みしめる。


「うぐぅ……」


 レイモンドは恥ずかしさと情けなさで言葉が出ないようだった。彼は顔を真っ赤にして俯いている。


「あなたはもう、辺境伯家の当主なのよ。もっとしっかりしてもらわないと困るわ」


 アマーリアはぴしゃりと言った。しかし、厳しい言葉とは裏腹に、その瞳は優しい。


「はい……」


 レイモンドは消え入りそうな声で答えると、そのまま黙り込んでしまう。

 そんな二人のやり取りを見て、ヘスティアは自然と笑みがこぼれてきた。

 レイモンドにとっては厳しいお小言かもしれないが、彼のことを心から大切に思っているからこその言葉なのだ。

 家族とはこういうものなのだと実感する。


「さて、レイモンドとヘスティアのことは、めでたくまとまったとして……」


 グレアムは顎髭を撫でながら話題を変える。彼の目は真剣なものに戻っていた。


「本当の問題について話そう」


 グレアムの言葉に、部屋の空気が張り詰めた。

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