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20.魔法

 グレアムは怪訝そうな表情で広間を見渡す。


「大旦那さま!」


 ポーラは驚きの声を上げた。使用人たちも一斉に頭を下げる。


「何があった? 説明せよ」


 グレアムは鋭い視線を投げかけた。

 使用人たちは顔を見合わせる。そこに、ポーラが口を開いた。彼女は嬉々として事情を話し始める。


「大旦那さま! 聞いてください! お姉さまが大旦那さまの後妻になるのは嫌だと言い出したんです!」


 ポーラの言葉を聞いて、グレアムは眉をひそめた。


「なんだと? どういうことだ?」


「はい! お姉さまは事もあろうにレイモンドさまと通じて、大旦那さまを裏切ったんです! だから、私も我慢できずに……」


 ポーラがそこまで言うと、グレアムはレイモンドに視線を移す。


「そうなのか? レイモンド」


 グレアムは静かに問いかける。その声は静かだったが、威圧感があった。


「はい、おじいさま。俺はヘスティアを愛しています」


 レイモンドはきっぱりと告げる。

 その言葉を聞いた瞬間、グレアムの表情が変わった。眉間に深い皺が刻まれる。


「なんだと……」


 グレアムの全身から怒りのオーラが立ち上ったような気がした。使用人たちは身震いする。

 しかし、そんな中でもレイモンドは怯まなかった。


「おじいさまに決闘を申し込んででも、俺はヘスティアと添い遂げたいと思っています」


 レイモンドは真剣な眼差しで言う。その目には強い意志が宿っていた。


「ほう……儂に決闘を挑もうというのか……」


 グレアムは静かに呟く。その口調は静かだったが、迫力があった。

 使用人たちはごくりと唾を飲み込む。


「そなたが儂に勝てると思っているのか? そこまで耄碌はしておらぬぞ?」


「俺は負けるつもりはありません。必ずヘスティアを幸せにします」


 レイモンドは怯むことなく言い切った。その口調には揺るぎない決意が感じられる。


「そうか……」


 グレアムはそう呟くと、ヘスティアに視線を向ける。


「ヘスティア、そなたはこれでよいのか? レイモンドと添い遂げる覚悟があるのか?」


 グレアムは静かに問いかける。

 ヘスティアは緊張した面持ちで頷いた。


「はい、ございます……」


 その答えを聞いた瞬間、グレアムの表情が一変した。彼はにやりと笑みを浮かべる。


「ならばよい。やっと決心がついたような情けない孫ではあるが、よろしく頼むぞ」


 グレアムの言葉に、使用人たちも驚きの表情を浮かべた。


「え……? 大旦那さま……?」


 ポーラは目を丸くしている。彼女にとっては想定外だったようだ。

 レイモンドも呆然としていた。まさか、こうもあっさり許してくれるとは思っていなかったのだろう。

 だが、徐々に意味が染み込んできたのか、彼の表情が晴れやかになっていった。


「おじいさま……ありがとうございます!」


 レイモンドは喜びを噛み締めるように礼を言う。

 その横で、ヘスティアも静かに頭を下げる。


「ありがとうございます、大旦那さま……」


 広間に和やかな空気が流れる中、ポーラは一人納得できないという表情を浮かべていた。


「どうして……お姉さまが大旦那さまの後妻にならず、レイモンドさまと結婚するの……? そんなのおかしいわ……」


 彼女はぶつぶつと独り言を呟く。


「そうよ、お姉さまなんて、辺境伯夫人になれるような身分じゃないわ! たかが男爵家で、それも背中に火傷の痕があって見捨てられた女のくせに! そんなの絶対認めないわ!」


 ポーラは叫びながらヘスティアを睨みつける。その目には狂気じみた光が宿っていた。


「ポーラ……お前はもう下がれ」


 レイモンドが冷たく告げる。しかし、ポーラは怯まなかった。


「いいえ、レイモンドさま! まだ話は終わっていません! 私は納得できません!」


 ポーラは怒りの形相で叫ぶ。そして、ヘスティアに詰め寄った。


「それに、人形が輝きを失ったままだわ! お姉さまのせいよ! お姉さまがブローチを盗んだから! 責任を取りなさい! 今すぐに!」


 ポーラは狂気に満ちた目で叫ぶ。


「私は盗んでいないわ」


 ヘスティアはきっぱりと反論する。しかし、ポーラには聞こえていないようだった。


「今すぐに修復しなさいよ! それくらいのこともできないくせに、辺境伯夫人になるなんておこがましいわ! レイモンドさまの妻にふさわしいのは、私なのよ! ほら、早く直しなさい!」


 ポーラは怒り狂って叫んだ。もはや理性を失っているように見える。


「黙れ」


 グレアムは低い声で叱責すると、鋭い目でポーラを睨んだ。


「ひっ……!」


 ポーラは小さく悲鳴を上げる。彼女は怯えた様子で後ずさりした。


「……人形から魔力が失われたか。まあ、もう一度アマーリアに魔力を込めてもらえばよかろう」


 輝きの失われた人形を見ながら、グレアムは淡々と言った。


「いえ……少し試させてください」


 ヘスティアは人形の前に立つと、そっと手を伸ばす。

 アマーリアが魔力を込めていた時と同じように、人形に魔力を流し込むイメージを浮かべてみる。

 すると、手の先から温かいものが流れ出していったような気がした。


「これは……」


 ヘスティアは驚きの声を上げる。手から放たれた魔力は人形を包み込んだ。

 すると、徐々に人形が光り輝き始めたではないか。

 その光は強さを増していき、やがて部屋全体を明るく照らすほどになった。


「おお……これは……!」


 グレアムが感嘆の声を上げる。使用人たちも驚きの表情で見つめていた。

 やがて光は収まっていき、人形はほのかな赤い光に包まれるだけとなった。花のような香りも漂う。


「こ、これが……私の魔力……?」


 ヘスティアは自分の手をまじまじと見つめる。指先には仄かな赤い光が灯っていた。


「本当に……私が……?」


 信じられない気持ちだった。まるで夢を見ているかのようだ。


「お姉さま……」


 ポーラは呆然とした表情で呟く。彼女は顔面蒼白になっていた。まるで化け物を見るような目でヘスティアを見つめている。


「ヘスティア……きみって人は……」


 レイモンドも驚きに目を見開いていた。彼は信じられないと言わんばかりに首を振っている。


「お姉さま……どうやって? なんで……?」


 ポーラは震えた声で呟くと、ヘスティアを睨むようにして見つめた。その目にはまだ狂気めいた光が残っているように見える。


「そなた、魔法が使えるのか?」


 グレアムが問いかけると、ヘスティアは戸惑いの表情を浮かべた。


「いえ……まだよくわかりませんが……」


 ヘスティアは自信なさげに答える。まだ実感がわかないというのが本音だった。

 自分が魔法を使えるなんて信じられない。

 だが、手から赤い光が灯っているのを見ると、本当に魔法が使えるようになったのだと信じざるを得なかった。


「こ、こんなの……認めないわ……私は認めない……!」


 そう言うなり、ポーラは身を翻して広間から走り去る。

 しかし、誰も彼女を追うことはしなかった。

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