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02.出荷

 ヘスティアは、成り上がりの男爵家に生まれた。

 元は平民だった当主が、商売に成功して貴族の仲間入りを果たした、いわゆる成金貴族だった。

 当主は、貴族としての箔をつけるために、没落した名門貴族の娘を妻に迎えたのである。


 そして生まれたのが、ヘスティアだ。

 ところが、女子であったために母方の爵位を継ぐことができず、当主からは政略結婚の駒としてしか扱われなかった。

 妻の家の爵位を我が物とするため、当主は男子を望んだ。

 そして妻に無理をさせ、身体の弱かった彼女は、ヘスティアが十歳になる前に帰らぬ人となってしまった。


 すると、当主は愛人だった女とその子を、正式に迎え入れたのだ。腹違いの妹とは、年齢が数か月しか違わなかった。

 愛人だった女は貴族の庶子で、美しい金髪の持ち主だった。彼女とよく似たデボラもまた、美しい金髪の可愛らしい少女だった。

 当主は後妻とデボラを溺愛し、ヘスティアのことは放置する。


 ヘスティアは最初、腹違いの妹となるデボラと仲よくしようとした。

 しかし、デボラはヘスティアのせいで今まで日の当たる場所に出られなかったのだと、恨んでいた。そして、父親の黙認のもと、ヘスティアをいじめるようになったのだ。


 二人が十歳になったある日、庭でデボラがヘスティアをいじめている最中、事件は起こった。

 デボラが魔法を発動させ、ヘスティアの背中を焼いたのだ。


「熱い! 熱いわ! 誰か助けて!」


 燃え上がる背中の熱さに、ヘスティアはのたうち回る。火を消そうと、地面に転がったが、背中の熱は増すばかりだった。


「凄い! 私、魔法が使えたわ!」


 デボラはそんな姉の心配などせず、自分の魔法が及ぼしたであろう効果に酔いしれていた。


「貴族の証である魔法! やっぱり私は貴族の娘なのね!」


 そう叫んだデボラに、父親である当主が駆け寄ってきた。


「デボラ! いったいどうしたんだ!? ヘスティアがまた何か……」


 当主はそこで初めて、ヘスティアの惨状に気づいたようだった。


「お父さま! 見て、私、魔法が使えるようになったのよ!」


 デボラは父親に抱き付いて、甘えるようにそう言った。


「なんと……!」


 驚愕の表情を浮かべると、当主はすぐに満面の笑みとなってデボラを抱きしめた。


「よくやった、デボラ! お前は自慢の娘だ!」


「私、綺麗なドレスも買ってもらえる?」


「ああ、もちろんだとも! すぐに仕立て屋を呼ぼう!」


 当主は喜びを隠しきれない顔でそう言った。ヘスティアのことなど目に入っていない。


「お……お父さま……」


 ヘスティアは自分に背を向ける父に、震える声で呼びかけた。

 しかし、父親もデボラも答えない。


「お父さま、私は火傷をして……」


「ああ、うるさいな」


 ヘスティアの訴えを、当主は冷たく一蹴した。そして呆然とするヘスティアになど見向きもせず、デボラを抱き上げるとそのまま屋敷へと戻っていった。

 使用人たちもまた、主の喜びに水を差さないようにと見て見ぬふりをしている。

 後に残されたのは、惨めな姿のヘスティアだけだった。


「なんで……どうして……」


 震える声で呟くが、答えてくれる者は誰もいない。

 ヘスティアは、火傷でただれた背中の痛みよりも、心の痛みのほうが何倍もつらかった。


「私は……お父さまに、見捨てられてしまったの……?」


 そんな絶望が胸に広がる。そしてそれは、すぐに現実となった。

 醜い火傷を負った娘など、政略結婚の駒にもならない。

 ヘスティアの婚約者だったタイロンも、あっさりデボラの手を取ってしまったのだ。

 婚約は解消され、ヘスティアは厄介者扱いになった。


 それでも慈悲だと家には置いてもらえたが、使用人同然の扱いだった。

 食事は粗末なものしか与えられず、服も破れかけたものがあてがわれるだけだ。

 そしてデボラは、そんなヘスティアを馬鹿にして、いじめ続けた。


「その宝石、お姉さまなんかが持っていたらかわいそうだわ。私がもらってあげるわね!」


 デボラはヘスティアが大事にしていたものを奪い取っていく。母の形見も全てだ。


「その醜い赤毛、私が綺麗にしてあげるわ!」


 そう言って、デボラはヘスティアの髪を鋏で切り刻んだ。


「なによ、その反抗的な顔! 躾が必要ね!」


 真冬に冷水を浴びせられて、庭に放置されたこともある。

 それでもヘスティアは、黙って耐えることしかできなかった。

 母から教わった、貴族の娘としての誇り。それだけが、ヘスティアの心を唯一支えていた。

 たとえ蔑まれても、惨めな扱いを受けても、自分は母の娘なのだ。

 どのような境遇にあろうとも、心の持ちようだけは気高くあろうと、ヘスティアは決めていた。


 そして、ヘスティアが十六歳になったあるとき、辺境伯家の老人の後妻という縁談が持ち込まれることになったのだ。




 あっという間に、ヘスティアは辺境伯領に送られることになった。まるで、荷物の出荷のようだ。

 当然、ヘスティアに拒否する権利はなかった。


「お姉さま、ご結婚おめでとう! 田舎の老人の慰み者とはいえ、お姉さまが結婚できるなんて、奇跡ね!」


 デボラは、嬉しそうに嘲笑った。


「辺境の地なんて、どうせ田舎で貧乏なんでしょう? 辺境伯なんていうくらいですもの、伯といってもどうせ子爵か男爵程度ね。それでももったいないくらいだわ!」


 そう言って、デボラは嘲笑をさらに強める。

 ヘスティアは、そんなデボラを唖然と見つめた。


 彼女は、辺境伯という地位について何も知らないのか。

 重要な地を守る要職であり、時には王女の降嫁先に選ばれることだってある。

 子爵や男爵どころか、侯爵と同等以上の家柄なのだ。

 本来なら、男爵令嬢ごときが嫁ぐ相手ではない。今回は、すでに引退した老人の後添えで、血を残す必要もないから許されたのだろう。


 母から貴族としての教育を受けていたヘスティアは、デボラの無知に呆れ果てた。

 しかし、デボラはヘスティアの呆れ顔にも気付かず、上機嫌で続ける。


「お姉さま、田舎でせいぜい可愛がってもらうことね」


 デボラはそう言って、馬車に乗り込むヘスティアに手を振った。


「さようなら、お姉さま。もう二度と会うことはないだろうけれど」


 馬車に乗ったヘスティアは、デボラを振り返ることはなかった。ただ黙って、馬車に揺られる。

 そして、ヘスティアを乗せた馬車は、王都を旅立ったのだった。

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