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15.女主人のお披露目

 ヘスティアは濃い赤色のドレスを身に纏い、鏡の前で自分の姿を見つめていた。

 胸元には大きな宝石のブローチが輝き、腰回りは細身のラインを描き出している。 シンプルなデザインだが、生地には上質なシルクが使われているようだ。

 普段は地味な服ばかり着ているので、自分がこんなに綺麗な服を着ることが信じられない。まるで別人のようだと思った。

 しかし、鏡に映っているのは間違いなく自分自身である。その事実がヘスティアを戸惑わせていた。


「あの……本当にこれを着てもいいんですか……?」


 ヘスティアは戸惑いながら問いかける。すると、グレアムはゆっくりと頷いた。


「ああ、もちろんだ」


「で、でも……これは、とても……高価そうな……」


 ヘスティアは口籠もる。だが、グレアムは気にするなと言わんばかりに言葉を続けた。


「なぁに、妻の着ていた古着だ。気にするな。本当はそなたのために仕立ててやりたかったが、時間が無かったのでな」


「え……?」


 グレアムの言葉に、ヘスティアは目を見開く。

 先々代の辺境伯夫人のドレスだというのか。そのような大切なものを着てもよいのだろうか。


「だが、目的のためにはこちらのほうが都合がよかろう。気に入らぬかもしれんが、我慢してくれ」


「そ、そんなことはありませんわ! とても綺麗ですもの!」


 慌てて否定すると、グレアムは嬉しそうに目を細める。そして、満足そうに微笑んだ。


「そうか……ならばよかった。妻も喜ぶだろう。それに、妻はとても強く美しい女性だった。きっとそなたにも勇気をくれるはずだ」


「はい……」


 ヘスティアは頷く。そうだ、怯んでいる場合ではない。自分は戦うと決めたのだ。


「では、行こうか」


 グレアムはそう言うと、部屋の外に出る。そして、長い廊下を歩き出した。ヘスティアもそれに続く。

 向かった先は、屋敷の広間だった。

 そこには、使用人たちが集まっている。彼らより前の位置には、レイモンドとアマーリアが立っていた。


「ヘスティア……」


 愕然とした表情で、レイモンドが呟く。そして、駆け寄ってこようとした。


「おっと、レイモンド……お前は後ろに下がっておれ。これは儂が決めたことだ」


 グレアムは有無を言わせない強い口調で言う。

 その迫力に気圧され、レイモンドは足を止めた。


「さあ、ヘスティア……こちらに来なさい」


 グレアムは優しく手を差し出すと、ヘスティアをエスコートするようにして前に出る。そして、ゆっくりと口を開いた。


「皆の者よ! よく聞け!」


 グレアムの声が響き渡ると、ざわついていた空気が一瞬で静まり返る。

 全員が注目する中、グレアムは堂々とした態度で語り始めた。


「今日から儂は、ヘスティアを側に置くことに決めた。後添えなど追い返せと思っていたが、彼女を見て気が変わった。儂はすっかりヘスティアを気に入ってしまったようだ」


 その言葉に、全員が驚きの表情を浮かべる。特にレイモンドは動揺を隠しきれない様子だった。


「すぐにでも手続きをしたいところではあるが、書類のやり取りだけで済ませるのは味気ない。もうじきある炎煌祭に合わせて、ヘスティアを正式に辺境伯家に迎えたい」


 炎煌祭は、この地方で毎年開催される祭りだという。

 街の中心にある広場には、様々な出店が立ち並び、多くの人々が集まってくる。

 最後には、火凰峰の精霊に祈りを捧げる儀式が行われ、花火が打ち上げられるのだと、ヘスティアは聞いていた。


「それは……本気で言っているのですか?」


 声を上げたのはレイモンドだった。その表情は険しいものだ。どうやら怒っているらしい。


「ふむ……当然であろう? 儂が冗談を言うように見えるかね?」


「いえ……ですが……! それはあまりにも突然すぎませんか?」


「何を言っている? ヘスティアは、もともと儂の後添えとなるために来たのであろう? ならば、何も問題はないではないか」


 グレアムは平然とした口調で言う。その態度からは余裕すら感じられた。


「しかし、彼女はまだ若くて……おじいさまとは年齢が離れすぎています。それに、俺は……」


 レイモンドは何か言いかけるが、言葉が出てこない。その表情は苦しそうだ。

 彼の様子を見て、グレアムはため息をつくと諭すように語りかけた。


「儂はおぼつかない色ボケの老人ではあるが、そなたのような情けない男ではないぞ」


「なっ……」


 グレアムの言葉に、レイモンドは絶句する。そして、悔しそうに唇を噛んだ。


「他に異論がある者はいるか?」


 グレアムは周囲を見渡すが、誰も声を上げなかった。

 当主になりたての若いレイモンドよりも、経験豊富な老獪であるグレアムのほうが発言力を持っているのは当然のことだ。

 レイモンドは悔しげに拳を握りしめながら、救いを求めるようにアマーリアに視線を向ける。


「……そうですね。ならば、これからは女主人としての心得を学んでもらうことにしましょう」


 アマーリアは静かに答える。その顔には静かな笑みが浮かんでいた。


「叔母上……!?」


「ふむ、確かにそれは必要だな。では、そういうことにしよう。それで決まりだ」


 グレアムは満足げに頷いた。


「ま、待ってください!」


 レイモンドは声を張り上げるが、その声は虚しく響くだけだった。


「さて、話はこれで終わりだ。まだ正式な立場ではないとはいえ、ヘスティアは女主人だ。皆、心せよ」


 グレアムはそう言うと、ゆっくりと歩き出す。その後ろにはヘスティアが続いた。


「待ってください!」


 レイモンドは叫ぶが、グレアムは振り返ろうともしない。

 ヘスティアは胸が痛んだが、それでも足を止めなかった。

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