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14.自分の気持ち

 おじいさま、ということはこの男性こそが先々代の辺境伯なのだろう。

 がっしりとした体格に、歴戦の戦士の風格を感じさせる佇まいをしている。どう見ても、おぼつかない老人ではない。


「ふむ……」


 男性は何かを察したように小さく頷くと、視線をヘスティアに移す。そして、彼女に向かって手を差し伸べた。


「お嬢さん」


「えっ……?」


 突然話しかけられ、ヘスティアは驚きの表情を浮かべる。そして、ためらいながらも男性の手を取った。

 すると彼は優しく握り返してくれる。その手は大きく温かかった。


「儂はグレアム・オースティンという者だ」


 男性は名乗ると、ヘスティアの手を引いて立ち上がらせる。


「不肖の孫が迷惑をかけてしまったようだな。すまない」


 グレアムと名乗った男性は、申し訳なさそうに言う。

 それに対して、ヘスティアは慌てて首を横に振った。


「い、いえ……そんなことは……ありません……」


 ヘスティアは言葉を詰まらせながら答える。

 すると、グレアムはゆっくりと頷いた。


「そうか、そう言ってくれると助かる」


 彼はそう言うと、レイモンドの方に視線を向ける。そして、厳しい口調で話しかけた。


「レイモンド、お前は屋敷に戻っていなさい。後で話がある」


「はい……」


 レイモンドは暗い表情で返事をすると、その場から離れていった。

 グレアムはその後ろ姿を見送ると、ヘスティアの方に向き直る。そして、優しそうな表情を浮かべた。


「それで、お嬢さんの名前は何というのかね?」


「私は……ヘスティアと申します」


「ふむ、いい名だ」


 グレアムは満足げに微笑む。そして、再び口を開いた。


「ところでヘスティア嬢はなぜここに?」


「えっと……」


 突然の質問に戸惑いながらも、ヘスティアはこれまでの出来事を説明する。

 すると、グレアムは頭を抱えてため息をついた。


「なんと……儂の後添えとはな……。そんなことになっておるとは……あちらの報告はしてきたくせに、隠していたのか……まったく、あのバカ孫は……」


 グレアムは苦々しい表情を浮かべると、再びため息をつく。そして、言葉を続けた。


「事情はよくわかった」


 グレアムは大きく息を吸うと、気持ちを落ち着かせるように息を吐く。そして真剣な眼差しでヘスティアを見つめた。


「しかし、儂は後添えをもらうつもりはないのだ。だから、今後のことだが……」


「いえ……私はもう出て行くつもりでしたから」


 ヘスティアは慌てて口を挟む。これ以上、迷惑はかけられないと思ったからだ。

 だが、グレアムは首を横に振った。


「いや、それはいかん。どうせ、あのバカ孫がヘスティア嬢の気持ちを考えられずに、身勝手な振る舞いをしたのだろう? ならば、儂が責任を取らねばなるまい」


「でも……」


「安心しなさい。悪いようにはせんよ」


 グレアムはそう言って、微笑む。

 その優しい笑顔に、ヘスティアはほっとする。

 しかし次の瞬間、笑顔がレイモンドと似ていると感じてしまい、胸が締め付けられるような感覚を覚えた。

 グレアムはヘスティアの手を取ると、ゆっくりと歩き出す。


「さあ、行こうか」


「はい……」


 ヘスティアは小さく答えると、グレアムの後に続いて屋敷へと向かった。

 グレアムは屋敷に戻ると、そのまま書斎へと向かった。そして、ソファに座るように促すと、自分も対面に座る。


「さて、色々と聞きたいことがある」


 グレアムは真剣な眼差しでヘスティアを見つめる。

 その視線に気圧されながらも、ヘスティアは口を開いた。


「なんでしょうか?」


「まず、レイモンドのことを嫌っているか?」


「いえ、そんなことは……」


 ヘスティアは戸惑いながら答える。


「ならば、好いているか? もしそうなら、その気持ちを儂に教えてくれんかね?」


 グレアムは優しく問いかける。

 その表情は穏やかだった。だが、その瞳の奥にある光には有無を言わせない迫力がある。

 ヘスティアはその雰囲気に気圧されながらも口を開いた。


「私は……レイモンドさまのことが……好きです」


「そうか……」


 グレアムは満足げに頷く。その表情はとても嬉しそうだ。そして、さらに質問を続けた。


「では次に、なぜ屋敷を出て行こうとしたのだ? その理由を教えて欲しいのだが……」


「それは……」


 ヘスティアは言い淀んでしまう。正直に自分の気持ちを話すのは恥ずかしかったからだ。

 しかし、答えないわけにもいかないだろうと思い直すと、ゆっくりと話し始めた。


「私は……レイモンドさまが好きです。だから、この想いが大きくなる前に、と……」


「ふむ」


 グレアムは小さく相槌を打つ。その表情はとても穏やかだった。そして、静かに言葉を続ける。


「それで? その気持ちを伝えようと思わなかったのか?」


「はい……」


「なぜだ?」


グレアムは再び問いかけたが、その声は先ほどよりも優しいものだった。まるで子供を諭すかのような口調だ。

 ヘスティアはその声と視線に促されるように、自分の気持ちを吐露する。


「だって……私は醜い火傷の痕がある上、男爵家の娘に過ぎません。そんな私がレイモンドさまの隣に立てるわけがないのです」


「なるほどな……」


 グレアムは考え込むような仕草をする。そして、しばらくの間沈黙が続いた後、口を開いた。


「それだけではないだろう? きっかけとなった出来事は何だ?」


「それは……」


 ヘスティアはためらう様子を見せる。

 だが、グレアムの真剣な表情を見て、覚悟を決めたように話し始めた。


「私は……その……嫉妬してしまったんです」


「ほう?」


 グレアムは興味深そうに目を細めた。そして、話の続きを促すように視線を送る。 その圧力に押されるように、ヘスティアはさらに言葉を続けた。


「新しい侍女としてやって来た子爵令嬢のポーラさまが、レイモンドさまと親しく接しているのを見ていると、胸が苦しくて……。だから、私は耐えられなくなって屋敷から出て行こうとしたんです」


 ヘスティアは必死に言葉を絞り出した。


「ふむ……」


 グレアムはゆっくりと顎髭を撫でる。そして、何かを思案するかのように黙り込んだ後、口を開いた。


「なるほどな……レイモンドも未熟な奴よ」


 グレアムは呆れたように呟く。それから、ヘスティアの方に視線を向けた。


「だが、ヘスティア嬢もそれでよいのか? 自分の気持ちを伝えずに、このままレイモンドが他の女と結ばれてもいいのか?」


「それは……」


 ヘスティアは言葉に詰まる。それは嫌だという感情が湧き上がってくるのを感じた。

 だが、自分のような女がレイモンドの隣に立つことはできない。

 それが分かっているからこそ、自分の気持ちを伝えることなどできなかったのだ。

 グレアムは大きくため息をつくと、諭すような口調で語り始めた。


「身分や境遇、隔てるものは色々とあるのだろう。だが、自分自身の気持ちまで偽り、押し殺すことはあるまい。自分の気持ちに正直になりなさい」


「私は……」


 ヘスティアは言葉を詰まらせる。だが、グレアムの優しい眼差しを見ているうちに、心の中にある想いが膨れ上がっていくのを感じた。


「私は……レイモンドさまのことが……好きです……隣に立ちたいと、思っています……」


「うむ、よく言った」


 グレアムは嬉しそうに微笑む。そして、ヘスティアの肩に手を置いた。

 その手から温もりが伝わってくるようで、心が安らいでいくようだ。


「ならば、このまま逃げ出してよいのか? ディゴリー子爵令嬢と戦っても勝てぬと諦めるのか?」


 静かな口調で、グレアムが問いかけてくる。

 己のことで精いっぱいなヘスティアは、グレアムがポーラのことを『ディゴリー子爵令嬢』と言ったことに気付いていなかった。


「そ、それは……」


 ヘスティアは言葉に詰まる。

 確かにポーラはとても美しい少女だ。

 しかも、辺境伯夫人になるという目的のためなら手段を選ばず、自分の欲望を満たすためならばどんな行動も厭わない。それが彼女の生き方なのだろう。


 そんな彼女と張り合うことができるのかと思う自分がいた。

 だが、ここで逃げ出してしまえば、もう二度とレイモンドに会えない気がする。それだけは絶対に嫌だと思った。

 一度は諦めたはずなのに、今は諦めることができない。

 それほどまでに、自分の気持ちは大きくなっていたようだ。


「わ、私は……戦います……!」


 ヘスティアは決意を込めて言う。その瞳には強い意志の光が宿っていた。

 それを見たグレアムは満足そうに頷く。そして立ち上がった。


「よく言ったな」


「あ、ありがとうございます……」


 ヘスティアは深々と頭を下げる。その様子を見たグレアムは再び微笑んだ。


「ならば、儂も手伝ってやらねばな」


 グレアムはそう言って、ニヤリと笑った。

 その表情からは、強者の余裕が感じられた。


「うむ……そうだな……」


 グレアムは顎髭を撫でながら考えを巡らせる。

 やがてその口から出てきたのは、とんでもない提案だった。

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