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インドア・スルー・デ・アウトドア

作者: 猫林描木

イン・スルー・デ・アウト・ドア



 今日の天気も晴れ。外で遊ぶには申し分無い天気だ。


「今日は3時に近場公園集合な」


「道具一式忘れんなよ」


 ああ……。ヤだな……。早く梅雨入りして欲しいなぁ……。


「ソノ、今日は用事あるか?」


 帰り支度を終え、窓際の自分の席から青空を見上げていると、僕を呼ぶ声に目をやった。


 “架空用事パス”は今月まだ使っていない。どうしよう。使うべきか。


「ううん」


「んじゃ公園で野球やるぞ。今日は割りと人数が集まるっぽいからな」


 なんだ。人数いるならパスすればよかった。でも野球ならあんまり走らないからいいか。あとは僕の方にボールが来ないことを願おう。


 僕、日景園太ひかげそのたは、ハッキリ言って運動音痴だ。体育より図画工作が好き。外で遊ぶより家でゲームする方が好きな、俗に言うインドア派ってやつ。


 でも僕の友達は正反対のアウトドア派ばかり。学校が終われば決まって公園や空き地で鬼ごっこやスポーツをする。だから僕にとって彼らと遊ぶことは苦痛でならない。彼らからしたら僕はただの人数合わせで、正直いてもいなくてもいい存在だろう。


 たまに用事があると嘘をつき、断ったりもしている。あまりやり過ぎると付き合いが悪い奴だと思われ誘われなくなる恐れがあるのでここぞという時だけ使うようにしている。


 そこまでして無理して付き合う必要は無いだろって? でもさ、雨の日は違うんだ。雨の日だけは、僕の家に集まってみんなでゲームするんだ。その時ばかりは、僕が主役。普段運動で活躍する奴もゲームとなれば僕には勝てない。完全に立場が逆転する。それがあるから僕は我慢して嫌いな運動にも付き合っている。基本、みんないい奴だし、絶交だけはしたくないしされたくもない。


 本来なら僕と同じインドア派の友達を作るべきなんだろうけど、もう五年生だし今更新しい友達なんて作れない。それにもしそいつが僕よりゲームが上手かったらなんか嫌だし。


 ああ……。お願いだからなるはや(なるべく早く)で来て。梅雨。


 待ちに待った梅雨入り宣言。この機を逃さんと僕は貯めていた貯金を解放し、いくつものボードゲームを購入。更に親に頭を下げ今年のクリスマスと誕生日の分のプレゼント権を早めに使い最新のゲームを買ってもらった。


 どれも多人数でできるパーティゲーム。それも動画で取り上げられるほどの話題のゲームだ。うまくいけばみんなゲームの虜となり、これからは晴れの日でも家でゲームしよって言い出すに違いない。これが僕の“ゼンインドア化計画”だ!


 さあ、後は雨が降るのを待つばかり。ただ待っているのもなんなんで逆さのてるてる坊主を吊るしてみる。まあこんなことをしなくてもいずれは降るんだけどね。


 そして待望の雨。連日の雨、雨、雨! 豪雨どしゃ降りスコール! 全国各地は傘マークに染まった。


 そして、僕の心にも。


 なんで……なんでさ……。


 なんで、こんな時に限って、風邪なんか引くんだよぉぉぉっ!


 待ちに待った僕のフィーバータイムが! みんなをインドア派にするチャンスなのにぃ! ゲームにカビが生えちゃうじゃないかああぁ!


 んで、梅雨が明けると同時に僕の風邪は完治した。


 雨上がりの通学路。僕は水溜まりを避けることも忘れトボトボと登校した。


「ソノ、今日はどうする? 病み上がりだからやめとくか?」


 帰りの会が終わり、一応誘いの声がかかる。


「うーん、そうだね。運動はちょっとね。家でゲームくらいならなんとか」


「そっか。ま、しょうがないよな」


 いや別に遊びを断ったわけじゃなく一緒にゲームくらいならできるのであって……。


「おーい! 今日は何人だ?」


 廊下から人目も気にしないくらい大きな声。


「7人だよ。今んとこ」


「なんだよ、中途半端だな。よっしゃ、オレもうちょいクラスの連中に声かけてみるわ」


 それだけ言い残し声の主は去っていった。


「今の誰?」


「ああ、ヒナタつってソノが休んでるとき3組にに転校してきてさ、最近一緒に遊んでんだ」


 へえ……。転校して来たばかりなのに随分親しげだったな。しかも別のクラスなのに。


「あいつ、ソノに負けないくらいゲーム上手いぞ。スマブラとか普通にメテオ決めてくるし。今度対戦したらいんじゃね?」


 へえ……。ゲームしてたんだ。転校生と。おまけに僕に負けないくらい上手いって?


「そ、そこまで言うなら今度と言わず今日対戦してみようかな」


「あ、今日はサッカーするから無理だぞ。久しぶりに晴れたからな。なによりヒナタがやる気だし」


 へえ……。ゲームが上手い上に運動も好きなんだ。まあいいけど。さっきチラッと見た感じだと色黒短髪でいかにもスポーツ万能なイケメンって感じだったし。これじゃ僕の立場も更に薄くなりますます“その他大勢”じゃんかよ……。


「僕、今日参加するよ」


「えっ、大丈夫か?」


「うん。キーパーくらいならできるよ」


 別に意地を張らず家で大人しくしてればよかったのに。せっかく病み上がりというちゃんとした理由があったのに。


 ここで断れば、みんなが僕から離れていく気がして、僕はいつもの公園に向かった。


「オッス! 日景君だっけ? 来てくれてありがとな! オレヒナタ! よろしくな!」


 声でかっ。背たかっ。存在感半端ねっ。


「つーか結局集まったの8人だけか。オレのクラスの連中、塾とか部活とかで忙しいやつばっかでよーっ。お前らみたいな暇な連中と友達になれてよかったぜーっ」


 悪気は無いんだろうな。めっちゃ屈託の無い笑顔だし。


「よっしゃ、グーパージャンでチーム決めようぜ。2点先取するか15分経ったらチーム分けな。ゴールはあっちの鉄棒と木の間でいいか」


 めっちゃ仕切るな。転校生なのに。


 こうして狭い敷地内での4対4の少数サッカーが始まったわけだけど、


「ヘイ! こっちフリー!」


 ド下手な僕が見てもわかる。明らかに上手い。他の誰よりも。だってさっきからシュートが来ないもん。ずっとヒナタのターンって感じだ。


 とまあ味方であれば心強いけど、敵になれば話が違った。


 病み上がりの僕が守るゴールにも、ヒナタは容赦なくシュートを放った。


「ドンマイソノ! 今のはオレでも無理コースだ!」


 敵の僕にもちゃんとフォローの言葉を投げ掛ける。これが本物の試合なら間違いなくキャプテンマークをつけてるだろう。でもあだ名で呼ぶの早くない?


「いやあ、久々チョーいい汗かいたぜ。今日はありがとな」


 みんないつもよりヘトヘトだ。当の本人はまだやり足りないのか、永遠とリフティングをしている。


「つかヒナタ、上手すぎじゃね?」


「前の学校でサッカーやってたとか?」


「やってたっちゃやってたけど、今日みたいにお遊びでやってた程度で部活とかクラブとか入ってないぜ。オレ、堅苦しいの嫌いだし。サッカー以外も好きだし」


 なんだ、ただの天才だったか。才能の塊じゃん。


「さっきヒールリフトやってたよな。やり方教えてくれよ」


「あ、俺も俺も」


「いいぜ。簡単だし。でもまた今度な。授業遅れてるから帰って勉強しねえと」


 転校してすぐに友達を作るほど社交的な性格。女はもちろん、男にもモテそうな爽やかな見た目。そして文武両道。完璧だ。完璧小学生だ。漫画なら間違いなく主人公だ。


 それからも僕らはヒナタと遊んだ。サッカーを始め野球やドッジ、バスケに缶蹴り。ヒナタが晴れ人間なのか知らないが、なかなか雨の日は訪れず、僕は運動を強いられ続けた。


 スポーツ万能なヒナタがみんなの憧れの的になるのに時間はかからなかった。もはや僕らのリーダー的存在だ。ただ僕だけが内心それを認めていなかった。


 雨だ。雨さえ降れば僕の天下だ。


 ゲームで勝ちさえすればみんなの憧れは僕に向く。今まで日の目を見れなかった僕が唯一輝けるチャンス。


 雨よ、降れーっ! 降れっ降れっあーめ! 降れっ降れっあーめ!


 僕の執念の応援が通じたのか、いつしか空は灰色の雲に覆われ、屋根や地面を濡らし始めた。


「やみそうにないな。雨」


「じゃあ今日はソノんちでゲームだな」


 待ってました。てかいつでもお待ちしてますとも。


「うぃっす! こっちも終わったぜ」


 来たな。我が好敵手。


「で、今日はなにするよ?」


「雨だしソノんちでゲームな」


 そう。ゲームという名のワンマンショーさ。今日だけは僕の引き立て役になってもらうよ。ヒナタ君。


「いや雨つっても小雨だし、気温もそんなに低くないし、いつもの公園でサッカーしようぜ」


 ……は?


「でもよ、地面だってぬかるんでるだろうし」


「だからいいんじゃん。いつもと違うコンディションだからこそ新鮮で楽しいんだって。服だってどうせ汗かいて濡れるんだし。雨なんてやってる内に気にならなくなるもんよ」


 いやいや、ヒナタ君。さすがに自己チューが過ぎるんじゃないかね? こりゃ間違いなくみんなから反感買ったよ。あーあ。ハブられても知らないよ? 僕。


「まあ、ヒナタがそう言うなら」


「だな。サッカーやるか」


 ええええええええ。


 なんだよそれ……。雨は僕の家でゲームって決まりじゃなかったのかよ……。


 みんなもみんなだ。ここんところずっとヒナタの言いなりじゃないか。少しは逆らってくれよ。これ以上転校生にでかい顔させるな。


 さすがに温厚な僕も堪忍袋の緒が切れヒナタに一言、


「ソノ」


 言おうと思ったら向こうから顔を近付けられ、


「チーム分けの時、オレパーグーパーグーって出すからよ。一緒のチームになろうぜ」


「うん。わかった」


 渋々了承した。


 雨の中の公園。当然僕らの他に誰もいない。


 結論から言うと、雨の中でやるサッカーは意外と面白かった。


 水を吸ってボールが重くなった分、みんな思うようにプレイできず僕と同じくらいの下手さになり、普段活躍する奴も地面に足を取られこけて顔面泥まみれになったりしていた。


 どうやらヒナタは僕の実力を加味して僕と同じチームになったようだ。そりゃ当然か。一番下手な奴と一番上手い奴が一緒じゃないとバランスが悪いもんね。


「今だソノ!」


 みんなの動きがどことなくぎこちなく、ヒナタの好アシストも手伝い、僕の蹴ったボールはゴールの水溜まりの中にボチャッと転がった。


 ゲーム以外でゴールを決めたのなんていつ以来だろう。僕はたまらなく嬉しくなり、泥が跳ねるのも構わずジャンプし続けた。


「ナイシューっソノ!」


「やった! やったよヒナタく」


 僕はヒナタと手を取り喜びあった。


「……ん? 」


 その時、僕は重大な異変に気付いた。


 ヒナタの濡れたシャツの奥、グレーのものがうっすらと見える。


 ヒナタは僕の視線に気づくと即座に握っていた手を離し、胸の前でクロスさせた。


「うおい。あんまじっくり見んな。ただのスポブラだっつーの」


 す……? すぽ、ぶら?


 ぶらって、ブラジャー? ブラジャーって、女性用下着?


 え? じゃあ、ヒナタって……、お、おん、おんなの、こ……?


 みんな知ってたの? 知らなかったの僕だけ? 道理でさっきから気まずそうに視線を泳がせていたわけだ。


 そうか。それでみんなヒナタに逆らわなかったのか。そりゃ女の友達なんて今までいなかったもんね。どう扱っていいのか分からないよね。


 てか教えてよ! そんな大事なこと! 今まで普通に押し合ったりぶつかったりしてたんだけど!


 雨足(とついでに僕の心臓の鼓動)が強くなってきたので、僕らはサッカーを切り上げ荷物を置いていた東屋あずまやに駆け込んだ。


 各自タオルで頭や体を拭いたり、スパイクについた泥を落としたり、帰り支度を始めた。当然ながらみんなシャツやズボンを脱いだりはしなかった。


「みんな、オレに遠慮せず着替えろよ」


 雨音に紛れ、不意にヒナタの声が耳に届いた。


「最初に言ったけどオレ、体は女だけど心は男なんだよ」


 僕は聞いてない。


「クラスの連中は担任からそれ聞いてオレのこと避けてたけど、お前らはあっさり受け入れてくれた」


 運動苦手な僕ですらハブらず受け入れてくれるくらいみんないい奴だからね。


「できればこれからも男として接してほしい。たのむ」


 ほんの少し、いつも勝ち気なヒナタからしおらしさを感じた。


 みんなの前じゃ明るくしてるけど、きっと前の学校でも苦労してきたんだろうな。それでも心を無理矢理晴れにして、雨の日もくもりの日も乗り越えてきたんだと思う。


「別に、俺らは男とか女とか関係なく遊んでるつもりだよ。なあ」


「ああ。別に人を選んで遊んでるわけでもないし。ただ大人数で遊んだ方が楽しいってゆーか、来るもの拒まずってゆーか」


「ぶっちゃけ俺らもたまたま同じクラスになっただけで、お互いのことそんなに知らないしな。放課後暇だからつるんでるだけだし」


「そうそう。俺なんて気が向いた時にしか遊ばないし。あんま深く考えず気楽に付き合えばいんじゃね?」


「むしろこれからも俺らに色々な遊びやテクニックを教えてほしいし……あ! 決してエロいことじゃねーから! 勘違いすんなよ!」


「ともかくヒナタのお陰で前より楽しくなったのは間違いないよ。参加率も微妙に増えてきたし。こちらこそ転校初日に声をかけてくれてありがとな」


 あれ? これ僕も何か言う流れ? どうしよ。なんも考えてないや。


「僕もそう思う」


 黙って頷いときゃよかった。


「……やっぱ、オレの目に狂いはなかった。お前ら、マジでいい奴じゃん」


 本当は言いたかった。僕も認めるよ。ヒナタが入ってから僕らの中に一体感が生まれた。ヒナタこそ、僕らのリーダーに相応しい、って。


 僕なんか、嫌われることを気にして無理してみんなと付き合ってたのに。雨の日を願っててるてる坊主を逆さに吊るしたりとかまるっきりバカみたいじゃん。


 これからは、勇気を出して晴れの日でも誘ってみようかな。僕の家でゲームしよって。


 それからみんなヒナタに言われた通り、そそくさとシャツを脱ぎ水を搾り始める。一応全員背を向けて。


 気まずさを誤魔化すかのように、ひとりがそれとなく口を開く。


「しっかしよく降るよなー。この分だと明日も雨だな」


「また泥ッカーか? 俺は別にいいけどあんまり汚せば母ちゃんがいい顔しないんだよなぁ」


「じゃあ明日はソノの家でゲームやろうぜ」


 そう提案したのは、ヒナタ。


「ゲームめっちゃ上手いって聞いてるぜ。オレもまあまあ得意だからよ」


 え? それってつまり、女の子を僕の部屋に入れるってこと? うわ、違う意味で緊張してきた。


 いや、ヒナタは女だけど男なんだ。例えスポブラをしてようが男として接しなきゃ。別にスポブラなんてタンクトップみたいなもんだし、見えたところでラッキーとか思わないしスポブラなんて。


「対戦しようぜ。スマブラ」


「えっス!? ……あ、ああスマブラね。うん。やろう。スマブラ」


 しばらくはスマブラをやるたびに思い出すかもしれない。


 女だと判ったところで、僕らとヒナタの関係性は変わらなかった。


「ソノ、最近たくましくなってきたんじゃね?」


「え? そう?」


「ああ。最初会った時はもやしを通り越してかいわれ大根だったのに。今じゃ立派なレンコンだ」


「それじゃ中身スカスカじゃん」


 それどころか、僕はすっかり体を動かすことが好きになり、気づけば自他共に認めるアウトドア人間になってしまっていた。これが雨降って地固まるってやつかな。多分。


 でも、逆さのてるてる坊主を吊るし続けるのだけはやめなかった。


「今日こそは雨、降らないかなぁ」


 と、雨に濡れ、頬を赤らめるヒナタの姿を妄想する。


 ……うん。動機がもうアウトだね。



お題

『雨よ降れ』


 ヒナタの存在以外はほぼ猫林の体験談です。猫林も昔からインドア派で、外より家の中で遊ぶ方が好きでした。でも周りの友人達は運動好き。公園で野球やサッカーをしたり、雨の日はボーリング。チャリで当てもなく遠くへ行ったりもしたもんです。その経験がなければ世間知らずの内気な陰キャのままだったと思います。その反動で今はゲームばっかしてます。

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