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第9話 『関係』

「時間が戻されたって……それに、どうしてそれが預言者の仕業だと思うの?」


 アルフレッドがまず口にしたのは、至極当然ともいえる彼女への疑問だった。

 だが混乱しているのはリーシャも同じなのか、彼女は一度目を瞑り考え込むような素振りを見せると、


「時間が巻き戻される前、私は預言者に会ったんだ。そこで記憶が途絶えてここにいるのだから、その時点で戻されたと考える方が妥当だ」


「預言者に会ったって……何か、言われた?」


「私の好きにはさせない、と。昔彼とはちょっとした仲だったというのに、今やすっかり嫌われ者だ」


「ちょっとした仲……?」


「……ああ、本当に。本当に、ちょっとした仲だよ」


 自嘲気味に笑うリーシャの様子を見て、アルフレッドの追求の口が止まる。

 反対に、リーシャは口に手を当て、こちらをじっと見つめていた。


「で、キミは教会に捕えられてどういう状況だったのかな?」


「牢獄に入れられ、勇者の一人の部下に助けられて……ああ、そうだ。それも預言による行動みたいな話もされたよ」


「わざわざ捕えて逃した、か。よくわからない事ばかりだが……他には?」


「他には……」


 次いで言葉を紡ごうとした時、アルフレッドの脳裏に不穏な考えがよぎる。

 本当に、ありのまま伝えても良いのかという漠然とした不安。

 白風教が敵ではないと言っていたと伝えてしまっては、何か良からぬ事が起きるのではないか、と。


「不死者の人に家族を奪われた子達にあった。それだけだよ」


「本当に?」


 こちらを睨む目が心なしか強く感じる。

 しかし、何故だか彼はどうしてもそれを伝えてしまっては駄目だ、という脅迫じみた固定観念に縛られ、口を噤んでいると……、


「……いや、冗談だよ。すまないね、つい意地悪をしたくなってしまったんだ」


「え?」


「不死者に親を殺された子供たちに関わってしまったんだろ? そりゃ、辛い思いもするだろう」


 うんうん、と頷くリーシャに対して胸を撫で下ろすアルフレッド。

 しかし、アルフレッドの心内は何故リーシャに隠し事をしなくてはいけないと思ってしまったのか、の一点ばかりだった。


 そんな彼の胸中に気付いていないリーシャは、荷物を持って、扉に近付く。

 後一歩のところで振り返り、彼女は言った。


「さて、それじゃあ折角時を戻してもらったのだから早めにこの街を出発するとしよう。ここにいては、前回と同じ事になる」


「そうだね。もう牢獄はゴメンだ」


 彼は苦笑しつつ荷物と剣を持ち、立ち上がった。




 日に照らされた海がキラキラと光り、小さくなったオルトスがその輝きに照らされていた。

 振り返るのをやめ前を見ると、坂道の頂上に立つリーシャが手を振ってこちらを見下ろしている。

 アルフレッドは彼女に軽く手を振りかえし、ゆっくりと追いかけるように歩き続けていた。


 彼の目に映る世界は平和そのもので、ある意味求めていた景色そのもののように感じられた。

 そんな彼の頬を撫でるような爽やかな風が吹く。


「白風教、か」


 彼らは敵ではない、というアリシアの言葉。

 それを伝えてはならないという自身の本能。


 海が、波立っているように見えた。




 しばらく歩き続けた彼らを待っていたのは、荒野の中央に位置する跳ね上げ式の橋と、城壁。

 彼らはその跳ね上げ式の橋を睨み続けていた。


「すみませーん、誰かいませんかー?」


 アルフレッドが大声で問うが、それに応対する声はなく、帰ってくるのは静寂のみだった。

 隣にいるリーシャがかぶりを振るのを傍目で一瞥したのち周囲を見渡すと、そこには小さな小屋がポツンと立っている。


 ノックをした後扉を開けるが、その中も誰もいない。

 代わりに、きらりと光る小さな鍵が机の上に置いてあった。


「ご自由にどうぞ」


「え? 何の話?」


「いや、書いてあったんだよ。ほら」


 リーシャが指差す先には、壁に貼り付けられた紙とご自由にどうぞの文言。

 彼はその言葉に従い鍵を拝借すると、その鍵を門の前にある手回し機に差し込み、クルクルと回し始める。

 そして、橋が降りてきたのを見届けると、リーシャは意地悪そうに笑った。


「君が捕まる時は他人のフリするからね」


「リーシャも共犯だよ。その場にいて止めないんだから」


 門を潜るが、道は荒れ果て、木々でできた家々から人の気配はしない。

 しかし、家は全く荒らされていなかったため、それが逆に不気味だった。


「あの! 誰かいませんか!?」


 もう一度、アルフレッドの声がこだまする。

 しかし、街からの返答は先ほどと同じではあったが、今度はリーシャから返答があった。


「ある日、この国からは人がいなくなった。全員が同じタイミングで。他の国では不死者や疫病の仕業と言われているけど、実態は謎」


「リーシャ?」


「そういう国だよ、ここは。だから誰もいないのが自然なんだ。もしかしたら、と思ったけどね」


「リーシャはこの国のこと知ってたの?」


「まあ、君のところに行くまで旅してきたわけだからね。君よりは情勢については詳しいはずだよ」


 リーシャの言う通り、この国はどこまで行っても人の気配はしない。

 だが、だからこそ不穏だ。これほどまでに守備が緩いというのなら、盗賊の餌が良いところだ。だが、それでも襲われていないということは、この街は何かがある。


「……リーシャ、油断しないほうが良いよ」


 アルフレッドは背中に立てかけてある剣の握りに触れ、奥へと歩いて行くリーシャを追いかける。


「あ」


 リーシャは何かを見つけたかのように声を漏らすと、街中にある一つの家に入っていく。

 油断するな、と伝えたばかりなのにも関わらず軽率な行動をする彼女に嘆息しそうになるのを我慢しつつ彼女の後を追うと、


「ほら」


 投げつけられた固形状のものを片手で受け止め、包みを開ける。

 そこには、冷めてしまったがふわふわなパンが顔を覗かせていた。


「住んでるんだろうね、誰かがここに。今ここにいない理由はわからないけど」


「え? でも、リーシャはさっき……」


「私が言った情報だって最新じゃないからね。そういう事もあるのさ」


 彼女は当然のように言い切ると、家探しを続行し始める。

 家の中できちんと並べられた家具を乱雑にどかし始め、まるで何かを探しているようリーシャの姿に唖然としていたが、アルフレッドは慌てて彼女を制止した。


「ちょっと、何をしてるんだい?」


「紙を探してる。食事をいただいたことくらいは伝えておかないと」


「食事をって……」


 彼女の言葉を遮ろうとするが、その声を遮るかのようにアルフレッドの腹の虫が鳴る。

 リーシャは得意げにほら、と笑って家探しを続行した。


「君が空腹で動けなかったら、誰が私を守ってくれるのかな?」


「……それは、そうだけど」


「ついでに休んでおくといい。大丈夫、家主が帰ってきたら私から説明しておこう」


 彼女の指さす先には扉から顔を覗かせているベッドがあった。

 シーツも新品同様で、ちらりと見える部屋も掃除が行き届いている。

 もはやアルフレッドの中にある疑問は確信に変わっていた。


 だが、アルフレッドの体力は理性を抑えつけるほどに限界がきており、気がつくと手に持っていたはずのパンは消え、自身の体は柔らかいベッドの海に沈んでいた。

 そのまま彼は沈む体に身を任せ目を瞑り、気が付くと自身の意識を海の奥底へと手放していた。




「預言者様、こちらにいたんですね」


 教会の一室にある窓から街を眺める預言者に対し、背後からアルフレッドを捕らえた男……マーヴィンが話しかけてくる。

 彼はその言葉を背中で受け止め、返事をする様子は見せない。そんな彼の様子にマーヴィンは肩をすくめると、お構いなしに言葉を続けた。


「これは勘なんですがね、もしかして今日は二度目だったりします?」


「……謙遜しなくていいよ。君は確信を持って私に話しかけた、そうだろ?」


「ははは、そりゃ買い被りすぎですよ」


 照れたように笑うマーヴィンに対し、預言者は振り向いて微笑む。

 とはいえ、預言者の顔はフードによって隠されているためマーヴィンからは口元しか確認ができないのだが。


「だけどま、時間を自由に操れるなんて羨ましい限りですよ。もし俺なら……」


「君なら?」


「賭け事で、儲けますかね」


「へえ、過去の失敗をやり直したいとかじゃないんだ」


「ま、それも考えたんですけどね。もう一回同じ日付送るのも面倒かな、と」


 マーヴィンは部屋に備えられているソファに座り、窓際に立つ預言者を見やる。

 彼は変わらず微笑みながら、マーヴィンの方向を向いていた。

 その視線を不気味に思いながら、マーヴィンは咳払いをし、話題を変えることにした。


「魔族の子供とどういう関係なんです?」


「知り合い以上、友達未満。なのかな?」


「いや、聞かれても」


「私はあの子に世話になって……迷惑もかけてきた。きっと彼女は私に愛想を尽かしてしまったんだろう。彼女の世界から遠ざけられてしまうほどに」


「恋仲だったり?」


「それは違うかな」


 キッパリと答える預言者に対し苦笑を返すしかないマーヴィン。

 彼自身も自身のハッキリしすぎている言葉に笑いつつ、窓から離れて扉へと歩いていく。


「どちらへ?」


「お茶でも淹れてこようかと思って。お客様もいらしていただいた訳だしね」


「いえ、これだけ聞いたら消えますのでお構いなく」


「わかった。いいよ」


 ドアノブに手をかけて微笑む預言者に対し、マーヴィン自身がその質問がいかに失礼なものか自覚しつつ口を開いた。


「あなたは、人間なんですか?」


 沈黙が答えとばかりに、部屋を埋め尽くす。

 しばらく静止した時間が空間を支配していたが、その支配を絞り出すような預言者の声が打ち破った。


「……さあ」


 それだけ言うと、彼はドアノブを握り扉を潜って廊下の奥へと歩いていった。

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