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第7話 『木漏れ日にて』

 場所は、白の家々から少し離れた場所にある木々の生い茂った小さな森のような場所だった。

 ギラギラと太陽の光を反射する街並みを避けていると、自然とこの場所へとアルフレッドは足を運んでいた。


 そんな隠れ家のような場所には、木漏れ日と花々と……黒い髪の少年がいた。

 ただ、その少年は彼を見るや否や姿を隠し、木の陰からじっと見つめ続けている。


 アルフレッドはそんな少年にやさしく手を振ると、彼は驚いたのか森の奥へと走って行ってしまう。

 そんな彼の背中を見送ると、近くにあった木々の根元に腰を下ろした。


「……リーシャ、どうしてるかな」


 木々の隙間から顔をのぞかせる青空に対し、散り散りになってしまった少女を馳せひとり呟く。

 しかし、彼のその言葉に返す言葉はなく、静寂だけが彼への唯一の回答だった。


 否、だったはずだった。


 先程の少年が手を引っ張って連れてきたのは、亜麻色の髪を三つ編みでまとめた女性。

 少年はアルフレッドが十分視認できる場所まで近づくと、指をさして大声を上げた。


「ほら! モニカお姉ちゃんの花畑に灰色の人がいる! ね、嘘ついてないでしょ!」


「こらこら、知らない人に向かって灰色の人とか言わないの。ごめんなさい、気を悪くしてませんか?」


「ああ、いえ。その頃はみんな元気ですから。お気遣いなさらないでください」


「ありがとうございます。ほら、ユーリも謝りなさい」


「……ごめんなさい」


 しぶしぶといった様子で頭を下げた少年、ユーリの様子をみてアルフレッドの口からは苦笑がこぼれる。

 しかし、子供たちの元気の良さはどうやらどこの国でも苦労するものなのだろうな、と微笑ましさ交じりのものだった。


「それより、敷地に入っていたのなら謝ります。何分旅のものでして、ここらの地理に疎くて……」


「ああいえ、大丈夫ですよ。ここはただの道で、敷地ではありませんから。それより、旅人さんなのですか?」


「ええ。アルフレッドと言います。その、あなたは?」


「モニカです。孤児院の院長をしています」


「へえ、お若いのにご立派ですね」


「ふふ、アルフレッドさんもそんなに変わらないじゃないですか」


 変わらない、という少女の悪意のない言葉に苦笑する。

 アルフレッドは老いることのない体であり、外見年齢は二十くらいではあるが、実年齢は百は超えている。

 だが、不死者であることを悟られたくない彼は特にその間違いを指摘しようとも思わず、話を続けることにした。


「モニカさんはどうしてこんな町はずれの場所に孤児院を?」


「旧教会を使っているんですよ。白風教(しろかぜきょう)が台頭してから、使う方もいらっしゃらないので、再利用です」


白風教(しろかぜきょう)?」


「あれ、ご存じないですか? 予言に従い、不死者を滅し人間の時代を不変のものとする、というのが信条の宗教です。この街に来たというからには、ご存じだとばかり……」


「……ああ、なるほど。すみません、祖国では別の宗教が未だ台頭していまして、あまり最近のことに詳しくないのですよ。この街に来たのだって、偶然みたいなものです」


 前半はともかく、後半は本当だ。

 しかし、それでもこの言い訳はあまりにも不自然であるということくらいはアルフレッドにはわかっていたが、それでも——、


「ああ、そうでしたか! そうですよね、つい自分の常識を押し付けてしまいました。申し訳ありません」


「あ、えっと。いえいえ」


 通用してしまったようだ。

 だが、これは教会……もとい白風教(しろかぜきょう)について聞くことが出来るチャンスが到来したということでもある。

 何から聞こうかと考えあぐねていると、突然彼から腹の虫が鳴った。


「……すみません」


 彼が最後に食事をとったのはフレアと戦う前で、空腹は当然のことだった。

 不死であるのに食事はとらなくてはならないという自身の体の不出来を呪っていると、モニカは口を押えて上品に笑っていて。


「良かったら、お昼を食べていきませんか?」


「えー!? モニカ姉ちゃん、こんな怪しい人とご飯食べるの?」


「こーら、そんなこと言わないの。この人は優しい人だって、目を見ればわかるんだから」


「あの、モニカさん。その、お心遣いはうれしいんですが、その子も嫌がってるみたいですし、何よりそんなことをしていただく理由が……」


「ユーリは人見知りしてるだけなので大丈夫ですよ。それに、困ってる人を見捨ててしまっては、姉さんに怒られますから」


「お姉さんがいるんですね」


「ええ。仕事ばかりで家に帰ってこない、困った姉ですが」


 苦笑しつつ語る彼女の表情から、その姉への愛情が垣間見え、微笑ましさにアルフレッドは口元をゆがめる。


「では、すみませんが……お世話になってもよろしいでしょうか? ですが、世話になりっぱなしというのも良くないので、雑用があれば手伝いますよ」


「本当ですか? それでは……」



 彼女の言う雑用を済ませると、窓から顔をのぞかせる空の色は赤く染まっていた。

 雑用の内容は、石レンガでできた大きな教会の掃除と、この教会にいる子供たちのお世話。


 とはいえ、教会のほうの掃除はモニカがいつもやっているのかさほど大変な仕事ではない。反対に、大変だったのは……、


「なーアルー! 筋肉触らせてくれよー! かっちかちのー!」


「アルー、このお話読んで! このお話!」


「アルはどんなところ旅してきたのー?」


「アルはいつまでここにいられるの? ねえねえっ!」


 子供たちがアルフレッドの顔や髪の毛を引っ張り、構え構えと騒ぎ続けていた。

 エレノアの相手で慣れていると心の奥底で高をくくっていたアルフレッドも、流石に騒がれ続けて疲労困憊といった様子であったが、モニカからの助け舟は一向に来ない。

 それどころか、口元を抑えてにこにこと笑っていた。


「大人気ですね、アルさん」


「あはは……」


 子供は容赦を知らない。その事実を、久しぶりに思い出しため息を必死で飲み込んでいると、


「ただいまー! モニカー、ご飯できてるー?」


 女性の声が、教会の入り口から聞こえてくる。

 その正体を確認するべくアルフレッドが身を乗り出すが、今彼がいるのは教会の奥にある小部屋で、どうあがいても姿を見ることができない。


「姉さんが帰ってきたみたい。ごめんなさい、アルさん。少し離れますね」


 モニカはその声の方向へと、椅子を立って歩いていく。

 そして、彼女が完全に見えなくなったところで、アルフレッドで遊び続ける子供たちに耳打ちをした。


「……モニカさんのお姉さんって、どんな人?」


「んーとね、強い人! 多分、アルでも勝てないと思う!」


「強い人か」


 抽象的すぎる表現に、思わず苦笑する。

 だが、子供たちが言う強いというのは、おそらく腕相撲が強いとかそういった意味での強いなのだろう、と思うと彼らがお姉さんへの印象に挙げた理由としては納得だ。


「他にはないの? 優しい人とか……」


「うーん……あ、あった! たぶんびっくりすると思うやつ!」


「びっくりする?」


「うん、お姉さんの名前はね……」


 コツコツと、こちらへと足跡が近付いてくる。

 だが、子供たちに振り回され、疲弊していたアルフレッドは気付けなかった。その足音が、怒りを混じったものであることに。


 そして、ドアが開け放たれて、


「フレアって言って、勇者の一人なんだよ」


 扉の先でこちらを睨んでいたのは、以前敵対していた少女に相違なかった。

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