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第6話 『教会』

 目が覚める感覚というのは、水底から引き上げられるそれによく似ている。

 それはアルフレッドにとっても例外ではなく、冷えた外気に体温を下げられ、強制的に目覚めさせられた。


「……ここは」


 起き上がると、後頭部に広がる鈍痛に彼の顔がゆがむ。

 出来上がったたんこぶを優しくさすりながら周囲を見渡すと、そこは月の光さえ通さない無機質な岩壁に、外気に当てられ氷のように冷たくなった鉄柵。

 説明されなくても、ここが牢獄であるということはなんとなく理解できた。


「そうだ、リーシャ!」


「来てませんよ。捕まったのはあなた一人だけです」


 アルフレッドを封じ込めている正面の牢獄から声がすると、そこには壁にもたれかかりながら腕を組む長髪の男性がこちらを物珍しそうな目で見ていた。


「やあ、こんにちは。あなたが噂の不死者の勇者様でしょうか?」


「……灰の勇者、アルフレッドです。あなたは?」


「私の名はアズライト。とあるサーカス団の団長を務めていたのですが、お勉強が過ぎましてね。教会の連中に目を付けられたら、こんなところに」


「お勉強?」


「知ってはいけないことを知ってしまった、とでも言いましょうか」


 教会にも知られたくないことがあるのだろうか、とアルフレッドは思い悩む。

 ここで知ってはいけないことの内容についても聞いてもいいのだが、何しろここは敵の手中。それを知ったら——、


「待って、なんで僕は殺されていないんだ?」


「話すことが出来る不死者は珍しいでしょうから、教会側としても殺すのは惜しいのでしょう。私としても、興味深い存在ですので、ありがたいことです」


「興味深い?」


「ええ。不死というのはどういう気持ちですか?」


「……いいもんじゃない、とだけ言っておくよ」


 親友が死に、家族が死に、昔近所に住んでいた少年が死に。

 アルフレッドは数多くの人たちの死を見送ることしかできなかった。


 だが、アズライトはその言葉にそうですか、と冷たく答えるとそれ以降は口を閉ざしてしまう。

 彼にとってはあまり興味をそそらない答えだったのだろうか、と考え込んでいると。


 こつ、こつ、と。

 誰かがこちらに向かってくるのがわかった。


 そして。


 じゃらん、という音がした。


「……っ」


 思わず、息をのむ。

 その音は紛れもなく錠を開ける音。そして、その前に立つのはフードを深めにかぶった人間だった。

 だが、アルフレッドが息をのんだのはそこではない。先ほどまでの足音は、いまだ鳴りやんでいないのだ。


 だが、目の前の存在はその足音を気にもせず、


「後で用がある」


 とだけ言い放ち、薄暗い牢獄の奥の道路へと消えていった。

 そして、入れ替わりのようにこちらに近付いてくる軽装備の衛兵。


「あーあ、うちの牢獄から脱獄するやつなんていんのかよ。めんどくせえよなあ」


 やる気のない声に、毒気がそがれてしまう。

 だが、今はそのやる気のない態度がアルフレッドにとっては行幸であった。


「はいはい、囚人は全員いますよっと。異常ねえや」


 ぶらぶらと指さし確認し、戻っていく衛兵。

 その無防備な背後に対し、錠の空いた扉をこっそりと開け、アルフレッドの拳が後頭部へと振り下ろされた。

 あまりにも唐突な一撃に倒れ伏す衛兵を一瞥し、立ち去ろうとすると。


「待ってください」


 アズライトが声を上げる。

 足を止めて振り向くと、そこには何かを思いついたかのような笑みを浮かべて、こちらを見る彼の姿があった。


「道案内くらいならできますよ。ご一緒させてください、アルフレッド」


「……わかった、鍵はどこにある?」


「そこの人のポケットにあるかと」


 彼の言う通り、衛兵の懐には複数本の鍵が束とって入っていた。

 だが、それはリングによってまとめられ、どれがどの牢屋の鍵なのか、と顔を挙げると。


「貸してください。自分で開けられます」


「君が? というより、君は一体……?」


 困惑しつつ彼はアズライトに向けて鍵の束を投げると、それを受け取るや否や牢をするりと開けてしまう。

 そして、自由になった彼が早速起こした行動は──、


「さあさあ皆さん、今こそ脱獄の時です。お出口はあちらですよ」


 牢獄の中へと鍵を投げ込むことだった。

 そして、自由の身になった囚人たちがおのおの雄たけびを上げ、我も我もといった様子でアズライトに示された道を走っていく。

 そんな彼らを見送った後、アズライトは自身の長い髪をかき上げながら、こともなげに言い放つ。


「さて、我々も行きましょうか。お出口はこちらです」


 しかし、アズライトが再度刺した方向は彼らが走り去っていった方向とは真逆だった。

 アルフレッドは彼の言葉と行動にしばし呆然としていたが、少したって彼の思惑に気が付いた。


「……ああ、なるほど。彼らを陽動に使ったんだ」


「ええ。武器もない我々が二人で外に出るなど、彼らの手を借りずして実現などあり得ません」


 悪趣味、という言葉が思わず口をついて出そうになるが彼の行動に救われているのはこちらも同じだ。

 そして、彼に誘われるままに牢獄の端にある階段を上がると、そこには中庭を一望することが出来る白い廊下と——、


「……フレア」


 杖と氷の槍を構え、こちらを睨むフレアの姿があった。


「やはり、貴方をみすみす逃がすわけにはいきません」


「やはりですか。なるほど、そのやはりというのは予言者は我々の脱獄も見越していたと」


 予言者、と聞きなれない単語の意図を知るべくアルフレッドはアズライトへと振り向くが、彼は答える様子もなく目の前の少女を見つめている。

 だが、アルフレッドにとって予言という単語を聞くことは決して初めてではない。


「その予言者が、僕を捕まえて生かせって?」


「ええ、業腹ですが。しかし、ここであなたを殺さなくては、不死者による被害は増える一方です」


「おやおや、予言者様の言うことに逆らうのですか? 予言が崩壊し、災いが起こると知っていながら?」


 アズライトが小ばかにしたように笑うが、フレアの瞳はアルフレッドをとらえて逃がす様子はない。

 しかし、アルフレッドは現在丸腰だ。フレアとの実力差は、武器ありきであることくらいは彼にもわかっている。


「あなた方不死者が葬った命は、万は下りません。不死者が存在するというだけで人々は怯えた日々を過ごさなくてはならないんです。予言に逆らう理由など、それで充分です……!」


「それで災いの渦中に人々を陥れることになっても?」


「っ、うるさいっ!」


 こちらを睨みながら吠える彼女の様子に、これ以上の問答は不可能と考え、半歩後ずさる。

 最悪の状況を打破するべく考えを巡らせるが、待っているのはどうしようもないという現実と、回答だった。


 その時。


「……予言に逆らうことは許されない」


 彼女の背後に忽然と姿を現したローブを身にまとった青年が、低い声で告げる。

 それは彼女自身にとっても予想外だったようで、「ひゃあっ!」とかわいらしい悲鳴を上げて背後へと飛び上がった。


「突然背後に現れないでください! 心臓に悪い!」


「本来であれば姿を現す予定ではなかったのだが。勇者が予言に背く現場を見てしまった以上、行動せざるを得ない」


「……っ、それは」


「言い訳は必要ない。くだらないことに時間を割くつもりはない」


 冷たく言い放つと、その青年はアルフレッドたちに対し、「行くぞ」とだけ呟いて先へと行ってしまう。

 そして、彼に導かれるままに城のような建物を歩き始めた。


 城内は白を基調とした内装で、床は自身の姿が映るほどに磨き上げられている。

 天井は今までに見たことがないほどに高く、ステンドグラスを通して日光がこの建物全体を照らしていて、まさに教会といった装いだった。


 そして、アルフレッドの身長の何倍ほどもある扉をあけ放つと、街並みが視界に飛び込んできた。

 白色の建物ばかりが目に入る、幻想的な街並みが。


 思わず、おおと声が出る。

 しかし、その感動に追随してくれる人は誰もおらず、ほかの二人は特に感慨もない様子でこちらへと振り返る。


「アズライト、お前には少し話したいことがある。灰の不死者は夜、改めてお前を訪ねよう」


「わかりました。それではアルフレッド、ご機嫌よう」


「僕がこの街から逃げないと考えなかったのかい?」


「教会についての情報はお前も欲しいはずだ。それに、あの魔族にも関係することだと言ったら、お前に逃げるという選択肢はない」


 彼の言う通り過ぎて若干の悔しさがアルフレッドの中に渦巻くが、しかしそれは今知りたい情報を彼が持っているという意味でもある。

 街の奥へと姿を消す彼らを一瞥した後、白色の町と青空を一望し、これからの動向についてぼんやりと思考を巡らせながら彼らとは反対方向へと歩き始めた。


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