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第4話 『別の勇者』

 鬱陶しい木々を掻き分け、木々の隙間から降り注ぐ月明かりだけが光源だった森を抜けた先に、海に面した町があった。

 そこはアルフレッド達が旅立った場所から半日ほどで着く場所にあり、街は薄暗くなった空を照らしていた。


「……着いたね」


 アルフレッドがこぼすが、リーシャは頷くだけで返答はない。恐らく疲れ切っているのだろうが道中を考えると無理はなかった。


 野盗の対処はアルフレッドが行なっていたからともかく、案内はリーシャの仕事だ。つまり、木々を掻き分けて扇動するのは彼女であり、這い回っている虫達の相手をするのもまた、彼女だ。


 森の中が夕陽に照らされ赤く染まった時には、もうリーシャの目に生気はなかった。いつもは明るく言葉を紡ぐ口も、今日ばかりは一の字である。


 とはいえ、疲れたのはアルフレッドも同じで。


「……宿、探そうか」


 リーシャは変わらずこくりと頷く。


 ちょうどアルフレッド二人分ほどの大きさの門を潜ると、目の前に広がるのは同じくらいの高さの家々と、綺麗に敷き詰められた石畳。その町を照らすのは光り輝く宝石のような電灯。


 きれいに並べられた電灯に息を漏らすと、その電灯の下のベンチに座っていた男性がこちらへと歩いてくると、


「もしかして、旅の人かな?」


「ええ、まあ。辺境の方の国にいたもので……」


「ああ、もしかして最近滅びたっていうあの国か? 心中お察しするぜ」


 以前住んでいた国は、大陸の隅にある小さな国だった。アルフレッドはそこで長年静かに暮らしていたため、外の事情にはあまり詳しくはない。

 だがそれより気になったのは、噂はどうやら森の中を必死に掻い潜ってきた彼らよりも足が速いらしい。


「さて改めて、ようこそオルトスへ。歓迎するぜ」


「ありがとうございます。良かったら、宿の場所を教えてもらえませんか? その、連れが今にも倒れそうでして」


「その女の子のことか。妹さんかい?」


「……まあその、知り合いの娘というか」


 宿敵の娘と言ったら彼はどんな反応をするだろうかと悪戯心も芽生えたが、今はそれより休みたかった。

 隣で船を漕いでいるリーシャ程ではないが、アルフレッドの瞼もほとんど空いていない。薄暗いのか気付かれてはいない様子だったが。


「そうか、災難だったな。それじゃ、宿はこっちだ。着いてきてくれ」



「ベッドだ……」


 お互いの声が重なる。

 シーツの上ですりすりと頬擦りをするリーシャと、ただただ呆然と天井を見つめるアルフレッド。


 駆け込みでの部屋の予約だったため部屋は一つしか取れなかったが、リーシャがそのことを気にしている様子はない。アルフレッドの方もそれを気にするほどの余裕がなかった。


「アル、一時間後に起こして欲しい。少しだけ眠る」


「ごめんね、それは無理かも。僕も眠いから……」


「……そうか」


 リーシャは答えるや否や、寝息を立てて眠り始める。

 アルフレッドもそんな彼女の後を追うかの如く眠りの世界へと入っていった。


 と同時に、ノックの音で目が覚める。

 否、実際は数時間ほど経っている。だが、アルフレッドの体感では一瞬だった。


 隣にいる王女様を見るが、涎を垂らしてだらしなく眠っている。

 ならば、と唯一動くことのできるアルフレッドが扉を開けると、そこには礼服を見にまとった男性が、お弁当を二つ持ってきていた。


「……はい」


「お休み中申し訳ありません。夕食なのですが、本日分の食材をすでに使い果たしてしまい、こちらしか用意することができませんでした」


「いえいえ、むしろ無理言ってお部屋をお借りし申し訳ありません。それより、わざわざご用意いただいてありがとうございます」


「お気遣い痛み入ります。それでは、お部屋に運び……」


「ああ、大丈夫ですよ。渡してくれれば、僕が手渡しますから」


 魔族と人間、種族の違いがあるとはいえ見知らぬ異性に寝顔を見られるのは彼女にとっても好ましくないだろう。

 アルフレッドはリーシャの弁当をテーブルの隅に置くと、スタッフに振り返った。


「そういえばお客様、もしかしてお客様も追っかけですか?」


「追っかけ? 何のこと?」


 またまた、と意地悪そうに笑う男性だが、アルフレッド側には一切心当たりがない。

 なかなか言い出さない彼に痺れを切らしてから、男性が片手を口に添えて耳打ちするように言った。


「勇者様ですよ。勇者様がこの街に来てるんです」


「……!」


「おや、ご存知ないご様子でしたか? これは、失礼しました」


 彼はそれだけ言うと去っていってしまうが、その場に残されたアルフレッドはというと、ニヤけていた。


「リーシャー!」


 嬉しそうな雰囲気を隠そうともせず眠っている少女に駆け寄る。

 体だけ起こして彼を見る目は何も言わずともわかるほどに眠そうだったが、彼は気にせず続けた。


「聞いてくれよ! 勇者様のおっかけのためにこの街に来てる人がいるんだって! 僕だよね? 僕のことだよね?」


「……ん、んう」


「いやあ、僕にもファンがいるんだなあ! まあ、エレノアは勇者として慕ってくれていたけど、そういうのじゃなくて……」


「ゆうしゃ……?」


「そうだ! サインとか求められたらどうしようかな? それに、僕って言う一人称もちょっとインパクト弱めかな?」


「あー、ちょっと……」


「私の名は灰の勇者アルフレッド……うん、強そう! これで──」


「勇者っていうのは、多分君のことじゃないよ」


 妄想に暴走させられていた勇者がベッドの上で眠たそうに座り込むリーシャを見る。


「あーそっか、君のいた国はあんまり教会と関係なかったからね」


「教会って?」


「不死の人たちを殺し、世界に平和をもたらそうとしている団体だよ。どういう理屈かはわからないけれど」


 彼女はそれだけ言うと、ベッドからのそのそと起き上がり弁当に手をつける。

 不死を殺す。荒唐無稽な内容ではあるが、アルフレッド自身も不死を殺すことができるため嘘とは思えなかった。


「だけど、それが勇者とどういう関係が?」


「協会のお偉いさん達が勇者って呼ばれてるだけだよ。それじゃ、いただきまーす」


「勇者、か」


 自分の事じゃなくて肩透かしを喰らうよりも先に、彼は気になった事があった。

 もし不死を殺すことができるというのなら、自身が彼らを解放する必要などないのではないか、と。


 いただきます、と手を合わせて弁当を開けた。


「もし興味があるなら尋ねてみればいいんじょないかな。来てるらしいしね」


「……リーシャ」


「なに?」


「野菜、僕の弁当に乗せるのやめてくれない?」



 まだ朝露が木々に残っている早朝、アルフレッドは一人海を見ていた。

 彼らを解放することが自分の使命と信じて疑わなかった。だけど、教会が存在するのなら自分の存在意義はどこにある?


「……自分の存在価値を決める時、か」


 まだ早かったのではないか、と愚痴をこぼしそうになると、その言葉をせき止めるかのような優しげな女性の声がした。


「存在価値がなければ、生きていてはいけませんか?」


「……え?」


「突然お声がけして申し訳ありません。ですが、悩んでいるように見えたので」


「悩んでいる……そうかもしれません」


 振り返ると、そこには黄金色の長い髪を垂らした、ローブを纏った優しげな女性がいた。

 彼女の持つ瞳は澄んでいて、痛いくらいに真っ直ぐな眼差しをこちらに向けている。

 そんな彼女だからこそ、つい聞いてみたくなった。


「もし、自分の使命だと信じていたことが今更不要だったとしたら、あなたならどうしますか?」


「それでも、その使命を全うしようと思います。知っていますか? この世界で無駄な決断なんてないのです」


「無駄な決断なんてない、ですか」


「はい。今こうしてあなたが海を見て考えていたのも、答えに近付ける第一歩だった。そう思えば、無駄なことなんてありません」


 女性は至極当然に言い切って見せる。


「あなたのお名前は何ですか?」


「僕ですか? アルフレッドです」


「アルフレッド……そうですか、良いお名前ですね」


 気のせい、だったのだろうか。

 一瞬だけアルフレッドの名を聞き、表情が曇ったような気がした。


 だけど、彼女はそれを微塵も感じさせないように、微笑んで名乗った。


「私の名はフレア。教会の一員、勇者の一人です」


 その勇者の名を聞き、灰の勇者は唖然とすることしかできなかった。

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