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第18話 『勇者の末路』

「僕が、魔王……?」


「ああ、随分と面白い顔するんだな。まあ、今はお前のその顔が見れて気分がいい。面白い質問だけ答えてやるよ」


 両手を広げて、挑発するようにアルフレッドの前に立つ魔王。

 きっと、このまま続けていて勝てるかも怪しい。もしかしたら、最悪共倒れになる可能性だってある。

 いや、その最悪にさえたどり着けない可能性も十二分にあった。

 剣を下ろし、正面に立つ魔王にずっと気になっていた疑問を投げかけることにした。


「君は、本物の僕なのか……?」


「ああ。正確には『過去の』、な。魔族を殺して殺して、憎しみにとらわれてた頃のお前だよ」


「僕が、憎しみに?」


「何だ、覚えてないのか。まあそこら辺いじられてそうだし、そんなことはいいんだ」


 彼は踵を返すと、広間の最奥にある先程予言者が座っていた椅子に座り、頬杖を突く。

 そして、空いた手で剣先をこちらに向けると、


「ていうか、その質問そっくりそのまま返すわ」


「え?」


「え、じゃねえよ。お前は本物の俺なのかって聞いてんだ」


「だから、言っている意味が——」


「わからねえって言いてえのか? じゃあ、簡単な質問をしてやるよ」


 まるで馬鹿にするような態度を隠さない魔王に、アルフレッドは心の中に憤りを隠す。

 そんな彼の心中を知らない彼は意地の悪い笑みを浮かべたまま、前のめりになってこちらに顔を近づけると、


「魔族って、どんな奴らだった?」


「様々だったよ。羽が生えたり、目が一つだったり、人よりも巨大で——」


「あーあー、もういいぞ。次、お前はなんで魔族と戦おうと思った?」


「それは、彼らが多くの人たちを虐げて——」


「あっはははは!」


 アルフレッドが言いかけると、それを妨げるように彼は大きな声で笑いだす。

 そして大きく息を吸った後、剣先をこちらに向けて、


「いや、傑作だわ。ここまで笑わせてくれるとは」


「……何がおかしい?」


「お前が魔族を退治しようなんて思ったきっかけは、義憤とかそういう綺麗なもんじゃねえよ」


 彼はまるでいたずらっ子のような笑みを浮かべると、その続きを言うべく口を開く。

 対してアルフレッドは、逡巡していた。何か、嫌な予感がする。耳を塞がなくては、と。

 しかし、わずかな好奇心が彼の手を止めていた。


 そして、数秒にも満たないタイムリミットが訪れ、


「復讐だよ」


「……え?」


「父さんと母さんと、お婆ちゃんと姉さんと、数少ない友と師匠の、自分を作り上げていた何もかもを奪った魔族への復讐だよ!」


「は……はは、何を言ってるんだ? そんなのが真実だったら、忘れるわけが……」


「忘れてんだよ、お前は何もかも全部全部全部っ! いいか、耳かっぽじって聞けよ!」


 笑みを浮かべていた彼の表情はすでに消え、憎しみや怒りを隠そうともしない表情をこちらに向ける。

 その表情に、瞳に、騙そうと言う意思は毛ほども見えない。

 だけど、次に出てくる言葉は聞きたくない。

 何故か彼の心を侵食していたその思いがアルフレッドの手を耳に持って行くが、


「フレア、マーヴィン、アリシア。全員魔王を倒す前に死んだお前の友人だろうが!」


 もう、遅かった。


 フレア、マーヴィン、アリシア。

 どれも白風の勇者の名前だ。

 彼らは今も生きている。それを彼だって目にしたはずだ。少なくとも、フレアとアリシアは。


 しかし、彼の目は真剣だった。

 戸惑っているアルフレッドの様子に、心から憤怒している。

 まるで、戸惑っているという行為そのものに腹が立っているかのように。


「……俺がこんなこと言っても、お前が信じないなんてことはよくわかってる。だけど、一度だけ。お前に言いたい事があるんだ」


 彼は一歩、また一歩とアルフレッドに近付いて行く。

 そして、肩に手を置くと、


「もう、休め。お前は戦わなくて良いんだ」


「休めって……」


「世界の端っこで、慎ましく暮らせ。もういいだろ、お前は十分戦ったんだ」


 そう語る彼の言葉は、穏やかなものだった。

 きっと、彼は本当にアルフレッド自身なのだろう。だから、的確に彼の心に刺さる言葉を選べる。

 だけど、


「悪いけど、その提案は拒否するよ。不死者を解放する旅はまだ終わってない」


「……結構マジで言ってたんだけどな。じゃあしょうがねえか」


 彼は指を鳴らすと、左右の壁にある窓が割れ大量の砂が部屋を埋め尽くす。

 正面を向くと、そこにはまるで最初から誰もいなかったかのように魔王は忽然と姿を消し、残されたのは左右から迫る砂とアルフレッドだけだった。


 流石のアルフレッドといえど砂に閉じ込められてはひとたまりもない。

 弾かれるように入り口の扉を開けるが、


「……っ!」


 鍵がかかって、びくともしなかった。

 次の出口を探すか、この扉を破壊しようか、その二択を選ぼうとするが、時すでに遅く。


 彼の全身は砂に埋まってしまっていた。




「おーい、おーい」


 瞼の裏を映す瞳に問いかけられるのは、場違いなほどに明るい声。

 そして、覚醒する意識が最初に抱いたのは、口の中のざらざらとした感触だった。


「げほっげほっ。ぺっ、ぺっ」


 大慌てで上半身を起こし、砂を口内から出そうとする。

 声の主人であろう女性が、突然の行為に目を丸くしたのち、苦笑いをする。


「あーもう、きたないなあ。ほら、水。これでゆすぎなよー」


 渡されたコップの水を口内に含み、一所懸命に口の中を綺麗にするアルフレッド。

 そして、差し出されたバケツに砂混じりの水を吐き出し、ようやく落ち着きを取り戻す。

 そんな彼の瞳に映るのは、星空のような壁と丸い天井だった。


「よし、起きた? 起きたね? 無事助けれてよかったー」


「……あ、えっと」


「大丈夫、ここは天国じゃないよー。地獄かって聞かれたら……うん、まあ……ね?」


 声のする方を向くと、魔女のようなとんがり帽子が特徴的な、こちらに顔を向けて目を閉じ笑っている栗色の髪の女性がいた。

 まるで子供かと勘違いさせられそうな彼女だが、その表情の影に感じる雰囲気のようなものが、それをさせなかった。


「えー、こほん。それではここでアルフレッドくんに重大なお知らせがあります」


「あれ、僕の名前をなんで知って──」


「知ってるよ。君のことなら何もかも。見てたからね」


 見てることしか出来なかったけど、と寂しそうに付け足す彼女の表情は、どこか憂いを帯びている笑顔だった。

 だが、その表情はすぐさま一転して、


「あ! 今変質者とか思ったでしょ! 違うからー!」


「……すみません、ちょっと今はそういう気分になれないっていうか」


「魔王の言ったことが気になる?」


 彼女は痛いほどまっすぐな視線でこちらを見る。

 まるで、吸い込まれそうな瞳が急に恐ろしくなり、彼は目を逸らすと、


「目を逸らさないで」


「え……?」


「君がこれから立ち向かうのは、君自身の罪。復讐という道を遂げた君自身の、ね」


「やっぱり、あいつの言ってることは本当なんですね」


「うん。だけど、あの子はまだ優しいと思うよ。だって、君が本当に触れてほしくないところに触れてないんだから」


 彼女はどこからか取り出した紅茶を二つ机に置くと、もう片方の椅子を差し出す。

 差し出されるがままに座るアルフレッドに対し、彼女は紅茶を仰ぐと、


「結果から言うとね、君はたった三回の戦いで魔族を制して復讐を達成した。魔王を倒したって言うのは、間違いない事実なんだ」


「話だとフレア達は、その時に……」


「うん。でもね、聞いて。そこじゃないの。君にとって重要なのは、そこじゃない」


 彼女はかぶりを振って、アルフレッドの答えを否定する。

 まるで言い聞かせるような優しい口調だが、彼女から感じられる意思はこれ以上ないほどの明確な否定だった。


「じゃあ、どこを重要視してるんですか?」


「覚えてる? 君は父親や母親を殺されて復讐するために魔王を倒したって。でもね、魔王はある魔族……リーシャのたった一人の肉親だった。最悪だったのは、リーシャに初めて会ったのが魔王を倒したすぐ後だったってこと」


「最悪だったって……えっと、まさか……」


 とある想像がよぎる。

 人の親を倒したであろう自分が、その子供を見た時に抱くであろう感想。

 目の前の彼女は、目線を紅茶に落とし無言でその想像を肯定した。


「同じだ、って理解しちゃったんだろうね。親を殺した魔族と、リーシャの親を殺した自分の立ち位置が」


「同じ、ですか」


「そこからおかしくなっちゃったのか、君は魔王を名乗り世界を滅ぼしたのでした。ちゃんちゃん!」


 彼女は先ほどの明るい声に戻ると、手を叩いて話を終わらせようとする。

 だが、アルフレッドは机に手をつき、立ち上がってそれを制止すると、


「なにを……」


「え?」


「何を言ってるんですか!」


 今まで溜め込んでいた思いを彼女にぶつける。

 それは、紛れもなく今まで溜め込んでいた彼の感情の吐露で、自分の不安を誤魔化すように叫ぶ。


「魔王になったって、どういうことですか? それに、世界が滅んだって……じゃあ僕が今まで過ごしていた場所はどこですか!? それに、そんな大事なことを忘れるわけがないじゃないですか!」


「この世界は『物語』。いわゆる、本と同じだ。ページを戻せば、時間が巻き戻る。作られた世界なんだよ。いらないページは、破いて捨ててしまえばなかったことになる」


「だから、今まで忘れていたと!? そんな言葉が信じられると思ってるんですか!」


「私はさっき言ったよ。目を逸らさないで、って」


 彼女の瞳に嘘はない。

 だけど、アルフレッドには理解できなかった。

 この世界が『物語』、作られた世界。

 意味がわからない。

 それに、自身が魔王として世界を滅ぼした、というのも理解ができない。

 全部が全部嘘だとかなぐり捨てて、聞かなかったことにさえしたかった。


 だけど、彼女はやわらかな態度を変えず、まるで子供に言い聞かせるかのような優しい声で続けた。


「元々住んでいた世界は、魔王によって争いの止まらない最悪の世界になってしまった。だけど、これだけは言わせてほしい」


「まだ、これ以上何かあるんですか? いい加減に──」


「今回が、君がこの甘ったれた世界から抜け出せるラストチャンスなんだ」

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