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第17話 『もう一人の』

 一歩、また一歩と足音が誰もいなくなった教会の中に響く。

 足音の主の手には、二振りの血濡れの剣。

 そして、彼が歩いた道を示すかのように転々と血が落ちていた。

 背後に倒れている人達に目も向けないまま、彼は扉を開け放った。


「久しぶり……いや、初めましてになるのかな」


 広間の最奥にある椅子に座る老人は、目の前にいる顔面を全て覆うような仮面を被った二つの剣を持ったフードの男性を見やる。


 その男性は鬱陶しそうに先程まで生きていた血を剣先から振り払うと、そのまま老人を向く。


 そして、低く唸るような、憎しみがこもっていることを隠そうともしない声が広間に響いた。


「黙れ。俺はお前と話す舌などない。黙って斬られろ、矛盾野郎」


「矛盾野郎か。ああ、そうだね。私の人生を言い表すとしたら、それが正しい」


「矛盾、裏切り、愚直……全て貴様のためにある言葉だ」


「ああ」


「自覚してるんだな」


 言うが早いか、彼は老人の目の前から消えると、目の前で火花や鉄のぶつかりあう音と共に現れる。

 そこには、鍔迫り合いの形で予言者と男性の間に挟まるアリシアの姿があった。


「どけよ。その顔見るたびに不快になるんだよ」


「お前が誰かは知らないが、敵に不愉快と思われるのは悪くない気分だ!」


「その上、性格まで……おいクソジジイ、お前何考えてんだ?」


「私は、自分のやらなければならないことと向き合っているだけだよ」


「っ、それをし続けたせいで、今のテメェと世界があるんだろうがァ!」


 力で彼女を押し退け剣先を振り下ろそうとするが、それが予言者に届くことはなかった。

 何故なら、彼の腕が地面から伸びている氷に押さえつけられていたからだ。


「フレア、お前まで……っ!」


「……どこの誰だかわかりませんが、予言者様の敵であるのなら私はあなたの敵です」


「っ、のっ……イカレジジイがぁっ!」


 怒りの限り、その仮面の男は叫ぶ。

 しかし、その叫び声を聞いてもアリシアとフレアはただ困惑するだけだった。

 そして、首から下が氷に包まれていく最中、彼は殺意を帯びた視線と共に予言者に叫んだ。


「アリシア、フレア! どうしてこんな奴に付き従う! こいつは、お前らをっ……!」


 その言葉が言い終わる前に、氷の牢が完成した。

 先程までの叫び声はどこかへと消えたかのように静寂が広間を支配すると、


 突然、氷が砕ける音が響いた。


「馬鹿なっ!?」


「……もういい、わかった。お前達はそこのクソイカレジジイに騙されてるんだ。精々俺の正体も、碌でもないクソとだけ伝えて終わりだろ?」


「私達が騙されてるだと? はっはっは、予言者様が私たちを騙して何の得がある!」


「碌でもないクソで終わりたくないなら、答えてください! あなたが一体何者なのかを!」


「そんなの……」


 彼は仮面に手をやると、そのまま静止する。

 しかし、その静止の先に待っていたのは答えではなく、涙だった。


「言える訳、ねえよ……」


「予言者様、この人は……?」


「すまない、今は何と説明すればいいかわからないんだ。だけど、彼は間違いなく私の敵だよ」


 弾かれるように身構えるアリシアとフレア。

 だが、その目線の先から彼は姿を消し、


「邪魔だぁっ!」


 アリシアと、離れた場所にいたはずのフレアが壁に打ち付けられる。

 そして剣先が予言者に突きつけられると、


「……畜生が」


 預言者の目の前。

 二体の剣を受け止める背丈ほどある剣を携えた、灰色の勇者。


 アルフレッドが、いた。


「用があるのは僕だろ?」


「ああ、お前とそこのクソジジイ両方にだ」


 剣を振り払い、力づくで目の前の男と距離を取り、構える。

 その背中を辿る一つの汗が、物言わずとも彼の心境を語っていた。


 この男は強い、と。


「お前がここにいるってことは、性悪クソ女と手切ったってことであってるか?」


「性悪クソ女?」


「リーシャのやつだよ。お前達にとってお気に入りだったらしいが、俺に言わせりゃ意味がわからねえ」


「あの子はいい子だよ。エレノアを……守るべき存在の女の子を、彼女は救ってくれた」


 仮面で覆われた口で、大きく笑う。

 その笑い声には狂気のようなものが混じっていて、威圧感のようなものさえ漂う。

 ひとしきり笑ったのちに彼は大きく息を吸うと、かぶりを振った。


「おめでてえな、お前。反吐が出るぜ」


 ぜ、と言い切るよりも早く、彼はアルフレッドの懐に入り込む。

 慌てて剣身で受け止めようとするが、目の前にいる彼の手に握られているのは二振りの剣。

 剣が二つなら手数も二倍といった世迷いごとを、彼は軽く実践していた。


「俺は知ってるんだぜ? お前がその馬鹿でかい剣が、本当は不得手な獲物だってこと。俺と同じニ刀が本来のスタイルだってこともなぁ!」


 仮面の男は圧倒的な手数を前に、じりじりと近付いてくる。

 いくら巨大といえども、剣からはみ出た肩や足などが引き裂かれ、血が噴き出る。


「……っ、君も不死者を殺せるのか」


 あるはずがないわずかばかりの慢心を振り払い、剣を振り下ろすがそれを滑り込むようにかわし、脇腹から肩にかけて一閃しようとする。

 すんでの所でそれを受け止めるが、腕に伝わる衝撃に顔をしかめる。


 そんなアルフレッドを援護しようとしたのか、フレアは片手を前に出し氷を作り出すが、彼はそれを目で制した。

 そして、相手の件を巻き込み振り上げるような形で剣を上に掲げ、その空いた腹に蹴りを入れ、鍔迫り合いの形になると、


「予言者を連れて逃げてください! こいつはあなた方の敵う相手じゃない!」


 アルフレッドの尋常じゃない様子を見て真実であると察したのか、アリシアは予言者を抱えて仮面の男が入ってきた扉へと走り出す。

 しかし、


「予言者様、あなたがこの街を滅ぼそうとしたというのは本当なのですか?」


 その出入り口を塞ぐかのように大量の白風教徒が立っていた。

 それも、考え得る最悪のタイミングで。


 だが、それは仮面の男にとっては予測できた事態だったのか、


「ほら、答えてやれよ。信徒は不安がってるぞ?」


 片手に握られている剣を揺らしながら、どこか嬉しそうに話す仮面の男に対し、アリシアの隣に立つフレアが吠えた。


「まさか、あの鐘と声はウルガルムの人達に向けてではなく、彼らに……!」


「声?」


「ああ、アルフレッド様は聞こえなかったか、なら教えてやるよ」


 ぶらつかせていた剣を上に掲げると、それを予言者を指し示すように振り下ろす。

 そして、


「この予言者様は、夜空をウルガルムごと滅ぼそうとしてんだよ!」


「我々はそんなことはしていませんっ!」


「そうか? なら聞かせてくれよ。なぜ予言者はこの未来を変えなかった?」


「それはっ……!」


 フレアの言葉が言い淀む。

 だが、白風教徒達は彼女の言葉の続きを待ち続けていて、相変わらずここから動く気配はない。

 思う存分力を振るうことができないこの状況は、アルフレッドにとっては最悪だった。


 だから、彼はわざと大きな声で、


「あーあ! なんだ、そういう事だったのか! じゃあ予言者は俺が倒してこの街を守ることにしよう!」


 と、不自然なほどわざとらしい演技をした後、剣を構える。

 何かをしようとしている、という考えはなんとなくでもアリシアには伝わったらしく、小走りでその場所から離れると、


 アルフレッドが振り下ろした剣から放たれる剣圧が、白風教徒を薙ぎ倒した。

 アリシアは彼に片手をあげて謝意を示すと、フレアや予言者とともにそのまま広間から脱出する。

 その後を追うように白風教徒が続き、その場にいるのは仮面の男とアルフレッドだけとなった。


「おいおい、ひでぇなぁ。あの人たちは不安がってただけだぜ?」


「僕は白風教を信じてたわけじゃ無いからね。君と白風教両方の敵だ」


 当然、嘘だ。

 今はアルフレッドは白風教に協力していて、今の行為も予言者を逃すための方便に過ぎない。

 だが、白風教徒を傷つけられない勇者を逃すには、ここで裏切った演技をするのが一番手っ取り早かった。


 しかし、目の前の存在は手を叩いて笑うと、


「っ、はははっ! いいねえ、まだ考える頭は残ってたんだな、お前」


「それは皮肉?」


「いんやあ、本音だよ。だからさ、安心してお前にこれを見せられる」


 彼はひとしきり笑ったのち、仮面に手をかけてゆっくりと外す。

 そして完全に外された時、そこにあった顔は──、


「僕が、もう一人……?」


 黒い髪や黒い瞳など、アルフレッドの容姿といくつか違う点はあるが、瓜二つという言葉がそっくりそのまま当てはまっている。

 正確に言えば、過去のアルフレッドとそのものだった。


「違う、僕の偽物……?」


「不正解。俺は正真正銘『アルフレッド』だよ」


「何を、言って……」


「まあ、俺の事はアルフレッドって呼ぶなよ。だって……」



「俺には、『魔王』という新しい名前があるんだから」

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