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第16話 『魔王』

「この街を滅ぼそうと企てている!」


 男性の声が、空をも揺るがすほどの声量で街に響く。

 だが、その言葉に動揺する気配はない。まるで、今の言葉が聞こえていないかのように町は静かなままで、


「……不気味だね、こりゃ」


 歩きながらマーヴィンが呟き、続くクラリスもそれに頷いて同意する。

 マーヴィンはどうしたものか、と呟くとため息をつき、壁に寄りかかってクラリスを見た。


「ところで、あの部屋の奥で亡くなられた方は君の知り合いかな?」


「親戚でした、私の。でも……正直戸惑ってます。あの人が死んだことと、なんで自分はこんなに落ち着いているのかっていうのが……」


「そりゃ突然だっただろうし、今はこんな状況だからね。正常な反応する方がかえって異常だよ」


 ちょいちょいと手招きした後壁から離れて歩き出し、誰もいない通りを歩く。

 その彼の背中に、クラリスは先程まで抱いていた疑問をぶつけた。


「あの、白風教がこの街を滅ぼそうって言うのは……?」


「事実無根のデマ。だけどま、民衆は信じるだろうね。なんせ予言者様はあえてこの未来を回避しようとしなかった、と解釈されることになる」


「確かに、どうして予言者はこの未来を回避しようとしなかったのですか?」


「さあ。少なくとも俺にわかることは──」


 道の開けた場所に出ると、クラリスを片手で制する。

 その正面には先程の夜空と同じ仮面をかぶった者が三人ほど待ち構えていた。

 マーヴィンは肩をすくめると、


「こうやって夜空がのこのこ来てくれるから、首根っこを押さえるには丁度いいということだけだよ」


 皮肉げに笑うマーヴィンに対し、仮面をつけた夜空と呼ばれる三人は黙って剣先を向ける。

 向けられた剣先を見るなり鼻で笑うと、彼は見下したような表情で、


「そんななまくらで人を斬るって言うのかい? 金がないのか、それとも人を斬ったことがないのか。どちらにせよ、面白い冗談だ」


 その言葉に憤ったのか、三人同時にマーヴィンに剣を振り下ろす。

 だが、その剣は彼に届く前に──朽ちた。


「……っ、えっ!?」


 あり得ない光景に、クラリスは息を呑む。

 それは夜空にとっても動揺で、顔は見えなくとも明らかに動揺していた。

 何故なら、先程まで剣は綺麗に磨き上げられ、ほぼ新品といっても差し支えがないほどだったからだ。


「日頃から手入れはちゃんとしときなよ?」


「ふざ、けるなぁっ!」


 一番小柄な夜空の者……恐らく、声からして女性だろうか。その女性が懐からナイフを取り出しマーヴィンに駆け寄る。


「足元、転びやすいから気を付けなよ?」


 その言葉がいい終わるや否や、女性は空中に身を投げ地面に伏していた。

 残された二人は、顔を見合わせ何かを相談している。

 その時に聞こえた、「ありえない」という言葉。それは、クラリスにとっても同様の感情だった。


 だが、その思考を遮るようにマーヴィンに半笑いの声がその場に響く。


「おいおい、これでも勇者だぜ? 何もないわけないだろ?」


「貴様、何をしたっ!?」


「うーん、あんま言いたくないけど……強いていうなら、『幸運』かな」


 両手を広げて、今度は楽しそうに微笑むマーヴィンに対し、起き上がった夜空がナイフを振るう。

 しかし、そのナイフを握る力が弱かったらしく、刃を失った拳が彼の前をすり抜けた。


「勇者どころか、世界最強の運の持ち主。それが俺、マーヴィンだ。良かったな、不運なお前らが幸運な俺に会えて」


 勝てない、そう本能的に理解した夜空達が、それぞれ散るような形で逃げ始める。

 しかし、マーヴィンは逃げる彼らに聞こえるような声で、


「だから、言ったろ? 足元、気を付けなよって」


 言い終えると、夜空達が転んだ。それも全く同じタイミングで。

 そして、気絶したかのように動かなくなった彼らをみて、呆然としている自分に気付いたクラリスが声を張り上げた。


「いやっ! ありえないですよね、運で剣が朽ちるなんて!」


「お、至極真っ当なツッコミ。そだね、運がどんなに良くても今のはおかしいね」


「そだねって……矛盾してるじゃないですか、マーヴィンさんはさっき幸運って……」


「いや、俺は幸運なんかじゃないよ」


 先程と矛盾するような言葉に、彼女は絶句する。

 そんな彼女を見て面白そうに笑うと、一番近くで倒れていた夜空が呟いた。


「申し訳、ありません……」


 マーヴィンは片手で喚く彼女を抑えて、話の続きを聞くかのように耳を傾ける。

 そして、その耳に入ってきたのはあり得ないはずの単語で、誰もが一度は聞いたことがある言葉。


「魔王様」、と彼女は呟いた。




 不死者が積み重なった戦場を見下ろして、アルフレッドはどこか違和感を覚えていた。

 それは、ある種の勘といってもいい。長年不死者と戦い続けた彼だからこそ抱ける、


「……この人たちは、誰だ?」


 といった、ありえてはならないはずの疑問。

 何故なら、アルフレッドにとって彼らは覚えておかなければならなかった親友で、英雄のはずだ。


 だが、今彼の視線の先にいるのは、見たこともない子供。それにも関わらず、勇者であるアルフレッド以外の剣は通さなかった。


 その時、


「……鐘?」


 ゴーン、ゴーンと鐘の音が鳴った。

 その音に続くかすれ声のような音は、街から離れていたため聞こえない。

 音の正体を探るべく街に近付いていくと、


「随分と肩入れするね、アル?」


 聞いたことのある、声だった。

 昨日までは当然のように聞いていた、少女の声。

 振り向くと、そこには……、


「……リーシャ!?」


「まるで幽霊でも見た、って顔だね」


「だって、あそこで確かに君が死んでるのを見て──」


「よく出来た死体だったろう? 君に相談しなかったのは悪かったと思うけど、君だって私に相談しなかった。これでお相子だ」


 おどけて笑うリーシャに歩み寄ろうとするが、不意に嫌な予感を覚えて立ち止まる。

 そして、ずっと気になっていた問いを彼女に投げかけた。


「リーシャ」


「何?」


「予言者と君はどういう関係なの?」


「育ての親だよ。私が彼のことが嫌いなのは反抗期だ。これで満足?」


「じゃあ、今こうして街の人を守ろうと奔走している白風の人達を悪く言うのも、反抗期の一つ?」


 彼女は黙って微笑んだまま、こちらを見つめる。

 その視線はどこか値踏みするかのように、こちらの出方を伺っている様子だった。


「答えてよ、リーシャ。僕には白風教が悪いようには──」


「悪いよ。予言者はこの未来を回避しなかったのだから」


「それは、そうだけど……でも、それでも白風教を信じてる人たちは、傷付いていた! そんな人達を見捨ててどこかに行けるわけないだろ!?」


「……そんなに優しかったんだね、君は」


「え?」


 思いもよらない言葉に目を丸くしたアルフレッドに対し、かぶりを振って答えるリーシャ。

 その表情は一瞬だけ、どこか寂しそうに思えた。

 だが、その一瞬は瞬きしている間に過ぎて、アルフレッドの目の前にはまた先程の笑みを浮かべるリーシャがいた。


「アル。最後に聞くよ。この質問はきっと、私達の関係を大きく変えるものだ」


「……ああ」


「私と予言者。どっちを信じるのかな? 願わくば、私と言って欲しいけどね」


 真剣な眼差しが、先ほどの前置きが虚偽ではないと伝えてくる。

 答え間違えたらリーシャはアルフレッドから離れてしまうことは彼自身にとっても明白だ。

 しかし、アルフレッドの答えは彼自身も驚くほどにスラスラと出てきた。


「予言者は信じるに値しない。でも、それ以上にリーシャ。今は君の事の方が信じられない」


「……残念だ、本当に」


「僕は、白風が人を救おうと努力してる人達に見えた。その人たちを敵と言うなら、僕は君とは手を取れない」


 アルフレッドの声の返事として帰ってきたものは、ため息一つだった。

 心の奥底から落胆したかのような態度を隠そうともせず、リーシャは冷たい視線をアルフレッドに向けると、


「じゃあ、あの街の中心、一回りほど大きな教会に行くといい。そこに、君と話したいという人がいる」


「僕と?」


「さようなら、アルフレッド。君との短い旅路、本当に楽しかったよ」


 彼女の言葉が終わるや否や、強い風がアルフレッドの頬を撫でる。

 思わず目を瞑ると、彼の目の前にあるものはどこからか運ばれてきた砂ばかりだった。

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