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第13話 『白風教』

「……これは一体、どういうつもりかな?」


 手錠を外されたアルフレッドが案内されたのは、街の中でもひときわ大きな教会にある、応接間のような一室。

 目の前にあるテーブルにはまだ温かい紅茶が置かれ、彼が腰かけている椅子はただ座っているだけでも高級なものとわかるような代物だった。

 剣さえも没収されておらず、白風教から彼への警戒は無いに等しいとさえ感じる。


 対照的に警戒をあからさまに崩さないアルフレッドの態度に、目の前に座っている中年の男性、マーヴィンは苦笑する。


「どういうつもりも何も、歓迎するように言われててね。毒なんて入ってないよ、入ってたら俺が怒られちゃう」


「……信用しろと?」


「随分と怒った眼をしているね。もしかして、時間を戻される前の俺に何かされたかな?」


 マーヴィンの試すかのような言葉にアルフレッドは鋭い視線を向けるが、彼は素知らぬ顔で紅茶に口をつける。

 しかし、口喧嘩をしていても始まらないと思ったアルフレッドは、思い切って聞きたかったことを打ち出すことにした。


「リーシャは今どこにいるの?」


「あの子は君と違って凶暴だからね。今は拘束させてもらってるよ」


「解放してくれ」


「いいの? 君への怒りは半端じゃなかったけど。アルフレッドの裏切り者、ってね」


「それは……」


「ま、おおむね君たちがここに来た理由はわかってるつもりだよ。なぜならおじさん達も同じ理由で苦労してるから」


 同じ理由で苦労している。

 その言葉の真意を訪ねようとすると、妨げるように突然背後の大扉が開け放たれた。


「あっははは! 随分と口が回るな、マーヴィン!」


「……はあ、君ほどじゃないよ。アリシアちゃん」


「それもそうだ。私ほど口が回る存在はいまい」


 笑いながらアルフレッドの隣に座るアリシアに、彼は言葉を失っていた。

 依然見たアリシアは、清廉で多くを語らないような雰囲気を醸し出していた。しかし、目の前にいる彼女は口を大きく開け上機嫌に笑っている。


 別人ではないか、と失礼なことを口走る前にマーヴィンが先に口を開いた。


「あれ、もしかしてアリシアちゃんとも会ってたりすんの?」


「ああ、えっと。多分、会っていたと思う。でも、こんなに元気な人にはとても……」


「なるほどな! その時にあった私は恐らく眠かったのだろうな! 出会った時間が夜ではなかったか?」


「うん。でも、夜といってもそんなに遅い時間じゃなかったと思うけど」


「アルフレッドちゃん。アリシアちゃんはね、太陽が沈んだ瞬間に寝るの。そして、太陽が昇った瞬間に起きる」


「あっはっは! 素晴らしい体内時計だと自負しているよ!」


 豪快に笑い続ける彼女と、つられるように笑うマーヴィン。

 目の前の光景に、アルフレッドは言葉を失っていた。

 彼の中の白風教は適応できない人々を迫害し、不死者を倒すことで支持を得ようとする存在だと思っていたからだ。


 だが、目の前の彼らからそういった害意はかけらも感じられない。

 特に、隣で大口を開けて笑う彼女からは。


「そういえばマーヴィン、予言者様はどこへ行ったんだ?」


「あ、そうだ。そのことでアルフレッドちゃん、ちょいついてきてもらっても良い?」


「ん? 私はダメなのか?」


「うるさいからダメ、って予言者様からの言伝があるからね」


「ははは、ご冗談を。私はどこに出しても恥ずかしくない淑女だというのに」


 真意を測りかねる言葉にマーヴィンは肩をすくめることで返事をし、ちょいちょいと手招きした後扉を通り、やけに天井の高いロビーに移動する。


「これが観光なら感動したんだろうなぁ」


「マジで? ずっといると無駄に広くて嫌になるけどなぁ。掃除の為だけに人雇ってるし、無駄に金使ってる感ハンパじゃないよ」


「そうなの? これくらい大きい建物のほうが箔がついてよさそうだけど」


「それ、予言者様も一言一句同じこと言ってた。気が合うかもしんないね」


 肩をすくめてロビーの奥へと歩いていくマーヴィンに連れられたのは、突き当りにある大きな扉。

 手で入るように促され、扉を開けるとそこに広がっていたのは花畑だった。


 そこは四方八方を教会の壁に迫られていることを一切感じさせないほどに開放的な場所だった。

 赤や白、黄色の色とりどりの花に、一本の大きな木。そして、突き抜けるかのような青空。


 やけに印象的だった木の下にいるのは、白髪の男性。

 彼は木陰に身を置き、花に手を添えていた。


 一歩彼へと踏み出すと、花に向けられた顔がこちらを向く。

 その顔はところどころにしわが彫られており、優しそうな眼もとと真っ白な瞳が物静かにこちらをとらえている。

 とはいえ、老人という訳でもない。初老という表現が正しいだろうか。


「こんにちは。良い天気だね」


 印象にたがわず優しそうな声が、アルフレッドに向けられる。

 彼が予言者だとしたら、油断するわけにはいかない。アルフレッドは緊張を隠すように、平静を装う。


「ええ、本当に」


 言葉と態度とは裏腹に、声が上ずってしまう。

 しかし、彼は微笑んで頷くと、手招きで隣に来るように要求する。

 まるで、アルフレッドが敵であったという事実を知らないかのように、純粋に。


「初めまして、アルフレッドくん。君がこちらに来てくれてうれしいよ」


「あなたが、その、予言者なんですか?」


「ああ。でも、君がここに来たってことは私が未来を知っている理由はおおむねわかっているのだろう?」


 アルフレッドが頷くと、老人はほころぶように微笑む。

 だが、そのほほえみは消え、真剣な表情を花畑へと向けると、続けて言った。


「君は、きっと我々白風の悪い噂を聞いてきただろう。それに、白風の者と敵対することもあったはずだ」


「ええ。正直なところ、今でもあなたを信用することはできません。リーシャも開放していただけてませんし、不死者を処理し続けるあなたたちのことも」


「そうだね、一個ずつ説明していこうか。せっかく君と会えたんだ」


 老人は木に寄り掛かり、まるで昔話を聞かせてくれるような穏やかな表情で語り始める。


「まず、あの子を開放しない理由だけど……あの子の、魔王を復活させるという野望。それがあまりに危険すぎるから」


「危険って……」


「君も知っての通り、この世界は突然時間が巻き戻る。その巻き戻り続ける世界で、私は君たちを止めるために——」


 彼は一瞬口ごもる。

 しかし、彼はこちらを白い双眸でとらえると、真剣な表情で言い放った。


「何百回も、私たちは君を殺し続けた」


 時が、止まった。

 先程までの和やかな雰囲気はどこへやら、急に周囲が冷え込むかのような感覚を覚える。

 背中には一筋の汗が伝い、ぱたぱたと飛んでいる鳥の羽ばたく音さえうるさく感じられる。


 だが、彼はそんなアルフレッドを無視し話を続けた。


「断言しよう。君たちの旅は私たちがいる限り永遠にゴールにたどり着くことはない」


「……それを今、僕に言うってことの意味が分かっていますか?」


「ああ。言っておくが、君が剣をふるえば私の命は簡単に潰えるだろうね。君こそ、私がこれを言った意味が分かるかな?」


 予言者の言う通り、彼の体から力は不気味なほどに感じられない。おそらく、今なら簡単に予言者に手が届くだろう。

 だが、アルフレッドは剣を取らなかった。いや、取れなかった。何故か彼に剣をふるっても勝てる見込みが感じられなかったからだ。


「率直に言おうか。君には選んでほしい、旅を諦めるか。それとも、私と共に戦うか」


「両方断ったら?」


「また、元の関係に戻るだけだ。君を不死者として、殺す。そして巻き戻る」


「……まだ、全ての質問に答えてもらってません。それを聞いてから、判断することにします」


「賢明だね」


 予言者は立ち上がると、「場所を移そうか」と言って歩き出す。彼の後を追って教会の奥まで歩いていき、奥のほうにある階段を下る。

 階段の先にある薄暗い通路をランプが照らしている。先程とは打って変わって冷たい印象の場所だった。


「君は、私たちが不死者を処理し続けていると言っていたがそれは少し違う。彼らは、私が責任をもって死を与えているんだ」


「意味が分かりません」


「まあ、見ていれば分かる」


 通路の先にいたのは、鉄格子とつながれた一人の不死者。

 彼らの言葉がわかるアルフレッドにとって、その場所は耐え難いほどの怨嗟に満ちていた。

 予言者はその扉を開けると、彼に近付きひざを折る。そして、


「魔王は、打倒されました。あなた方全員の勇気と、世界中の希望によって」


「え……?」


 アルフレッドにとって驚嘆の声が漏れる。

 しかし、予言者は彼に気にせず続けた。


「もうお休みください。あなた方は、私にとっての英雄。かけがえのない、存在でした」


 淡い光が不死者から漏れる。

 そして、彼はピクリとも動かなくなった。


「ありがとう」という言葉を残して。


「……今のは?」


「不死者を殺すには、魂を器から解放すればいい。先ほどの言葉は、少しでも彼らが安心して眠れるように、と思ってね」


「魂を器から、解放?」


「そういう魔法を私が作り出したんだよ」


 彼は立ち上がると、振り返りアルフレッドを見る。

 その表情は暗がりのためよくは見えないが、何故だか微笑んでいるような確証があった。


「私の目的は、全ての不死者の開放。そのために、力を貸してほしいんだ」

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