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第11話 『相乗り』

「では、行ってくる。留守は頼んだぞ、ガーネット」


 城壁と馬車を朝日が照らす街並みを振り返り、ブライトはまだ眠たげな少女に語り掛ける。

 返事は片手をひらひらとさせるだけだったが、彼はそれを見て頷くと、すでにアルフレッドとリーシャが乗り込んでいる馬車に乗り込んだ。


「いいんですか、ブライトさん。次の町までお付き合いいただくのは大変ありがたいんですけど、その……」


「いえ、目的地であるウルガルムに用があるのは私も一緒ですから。それに、ガーネットがいるのですから心配はいりません」


「信頼してるんだね」


「別に、烏合の衆の白風ごときならガーネットでも対処できるだろうということだ」


 冷たく言い放つようにきっぱりと言い切るブライトに対し、悪戯めいた笑みを浮かべるリーシャ。

 だが、彼らの会話は馬に移動を促す御者の鞭の音によって遮られると、遅れてくる揺れの音と共に街並みは小さくなっていった。




 街から離れた森の中、馬車の中で朝食を済ませた彼らは車内で思い思いの時間を過ごしていた。

 魔族の少女は穏やかな寝息を立て揺られ、眼鏡の男性は何を言うでもなくただ茫然と前を見続けている。

 アルフレッドはというと、自身の相棒である大剣を手拭いで磨き上げていた。


 自身の顔をぼんやりと写す鈍色の鏡を置き、アルフレッドもぼんやりと周りの風景を眺め始めると、


「随分と大きな獲物ですね、アルフレッド様」


「ええ、まあ。昔は普通の剣を使っていたのですが、時代によって彼らも形が変わってきますから。長く使える剣を探していたら、この剣に」


 彼はほう、と興味深そうに息を漏らすが、同時にアルフレッドは嘘を吐いたという罪悪感にさいなまれる。

 以前、アルフレッドは不死者の声を誤魔化すために今の剣をふるっていると思っていた。しかし、リーシャと旅に出てようやく気付いた。


 昔、勇者たちが魔王討伐のために携えていた剣のような形状のものを持つ、ということ自体に恐怖感を抱いているのだと。


「そういえば、ガーネットさんの二本の剣はブライトさんが教えたのですか?」


「いえ、あれは彼女の独学です。何でも、昔からそういう戦い方をしてきたため、馴染んでいるとか」


「昔から、ですか?」


「はい。彼女の過去については話すと長くなってしまうので、またいつかお話しさせていただきます」


 ガーネット自身は物心ついたころから彼の下にいたと話していたが、彼の言う通りそんな簡単な話ではないのだろう。

 真面目な表情を崩さないまま目をそらす彼の表情を見てアルフレッドは思った。


 そんな感情を遮断するかのように、御者である男性が驚いたかのように小さく声を漏らすと、がたんと大きな音を立てて流れていた風景が停止する。


「ご主人、どうかしたのか?」


「いえ、急に道の真ん中に女の子が出てきたので……」


 確かめてみると、そこにはリーシャほどの身長で灰色のローブを身にまとった人が立っていた。

 顔は良く見えないため男性か女性かさえわからなかったが、アルフレッドへ灰色という色はひそかに親近感を与えていた。


 灰のローブの人間はずいと御者に近付き、麻袋を渡すと馬車に乗り込みあいている席に座る。

 あまりに無遠慮な行動に「お、おい!」と御者は声を荒げるが、涼し気な態度を崩さないまま背もたれに寄り掛かると。


「お金は払いましたよ。ウルガルムまでお願いします」


 少女の声でそれだけ言い放つと、懐から取り出した本をぱらぱらとめくりだす。

 しかし、その本は眉間にしわを寄せたブライトが取り上げると、ローブからちらりと見える茶色の瞳が鋭い眼光で彼を睨んだ。


「返してくださいよ」


「その前にご主人に謝るのが先だろう。君の行動はあまりに無遠慮が過ぎる」


「はあ。でもお金は払ったので、いいですよね」


「この馬車は我々の貸し切りだ。降りろ」


 低く、それでいてドスのきいた声でブライトが降車を促すが、彼女は彼を睨んだまま動かない。

 アルフレッドは気まずくなった車内の二人を交互に見ていると、不意に隣からリーシャの笑い声が聞こえた。


「ふふ、いいじゃないか。乗せてあげなよ、ブライト」


「リーシャ!」


「ようこそ、我々夜空の馬車へ」


「どうも。ほら、本返してください」


 ブライトはしぶしぶといった形で本を返し、受け取ったその本をぱらぱらとめくりだす。

 そして、手を止めるとしばらく本を凝視したのち、突然彼女は顔を上げて硬直した手から本が落ちる音がした。


「……えっ? 夜空?」


「ああ。厳密にはこの眼鏡だけだが」


「眼鏡ではなく、ブライトだ」


「やだやだやだやだ! ごめんなさい、降ろしてください! お金は差し上げますから!」


「はっはっは。仲良くしようじゃないか」


 邪悪な笑みを浮かべながら声を上げて笑いだすリーシャと、対照的に可哀想なほどに委縮してしまっている少女。

 先程とはまた違う雰囲気に変わっていった車内で、ブライトは眉間を抑えてため息を零した。


「だが、残念だね。我々夜空の正体を知られてしまってはお前を生きて返すわけにはいかない。なあ、ブライト」


「私を巻き込むな。勝手にやれ」


「ごめんなさいごめんなさい! ちょっとかっこいいかなって思って調子乗っただけなんです! 許してください!」


「くく、そういう勇気は蛮勇と言って悲惨な末路をたどるものが持つものだ。それを身をもって——」


「うわあああ! 助けて、お母さん! お父さん!」


「こら」


 アルフレッドの静止の平手が魔族の頭に突き刺さる。

 頭を押さえてこちらを見る少女の表情はどこか不服そうだったが、無視して泣きじゃくる少女にハンカチを渡した。


「ごめんね、脅かして。後でリーシャにはちゃんと言っとくから」


「止めてくれるな、アル。せっかく楽しくなってきたのに」


「怒るよ」


 地面に落ちた本に涙がかからないように拾い上げ、軽くほこりを落とす。

 そして、そのまま彼女が泣き止むまで預かることにした。




「ぐすっ……クラリスです。私の名前」


「僕がアルフレッドで、こっちの悪いのがリーシャ。眼鏡の人がブライトだよ」


「……アルフレッド様、簡単にこちらの身分を明かさないでください。白風教徒の可能性もあるのですから」


「あ……すみません、浅慮でした」


「そうだよ、アル。用心してくれないと困る」


「お前は黙っていろ、リーシャ。これ以上頭痛のタネを増やすな」


 眉間のしわに指をあてて、森中に響くのではないかと思うほどに大きなため息を零すブライト。

 対照的に悪戯っぽく笑うリーシャに、自身の行動に後悔し縮こまっているアルフレッド。

 混沌ともいうべき車内の空気で声を上げたのはクラリスだった。


「あの、私は白風教じゃないです。あんなのと一緒にしないでください」


「なら、何故夜空と聞いてあそこまで動揺したんだ?」


「それはあなた方が一番ご存じでしょう? 子供をさらって何か良からぬことをしているという噂が立ってること、ご存じないのですか?」


「おやおや、随分な言われようだねブライト。どうする? やっぱり……」


「ひっ……!」


「黙れリーシャ。その噂についてだが、私としては事実無根と言わざるを得ない。証拠は、今君に手を出していないということで手打ちにしてもらいたい」


「……わかりました」


 言葉では納得しているのだが、彼女のローブからちらちら見える視線は警戒の様子を解く気配がない。

 だが、視線の先にいる少女はそれに気付く様子もなく好奇の視線を少女へと向けている。

 今にもちょっかいをかけそうな様子ではあったが、流石の彼女もブライトの様子が気になるのか見つめるだけで終わっていた。




 数時間ほどたっただろうか。

 先程とは違い緩やかに見上げるような外壁を映し出す景色が止まると、ブライトが御者の男性に片手をあげて合図をし、馬車から降りる。

 それから数分ほど経つと、外から彼が顔をのぞかせいた。


「悪いが、ここからは別行動ということにしてほしい」


「どうかしたんですか?」


「私は既に別の宿を取っていまして、そこに馬車を置く予定でして。申し訳ありませんが、ここからは徒歩でお願いします」


「お仕事関連かな?」


「まあ、そんなところだ。……確か、クラリスだったな?」


「えっ!? ひゃい!」


「……我々は見ず知らずの他人だ。馬車の中は平穏そのものだった。そうだろう?」


「は、はい! そうです! おっしゃる通りです!」


 真っ青な表情で、必死に何度もうなずくクラリス。

 数時間もの間気が休まらなかったであろう彼女に心の底で同情する。だが、同時に何故あんな方法で馬車を捕まえたのか、という疑問も湧いた。


 しかし、アルフレッドがその疑問を口にするよりも先に彼女は逃げるように去って行ってしまう。

 彼女の小さくなる背中を目で追っていると、リーシャはその後を追うかのように走っていく馬車に小さく手を振りながら、


「白風教徒なんかと、ね」


「リーシャ?」


「あの子、夜空にも白風教徒にも随分と悪感情を抱いていたね。面白い女の子だった」


「そういえば、白風教って規模はどれくらいなの?」


「適当に百人指さして白風教徒じゃない人を見つけられたらびっくり、ってとこかな。まあ、予言通りにすれば災害や病気、凶作なんてありえないらしいから、さもありなん」


「不死者を唯一倒せる存在で、未来に貢献する存在か」


「そう。言葉にすると、おキレイな集団だろ?」


 彼女は悪だくみをするかのように意地悪な笑みを浮かべると、正門らしき場所に並ぶ人々へと歩きだす。

 一歩ずつ進むたびに、果てしないほどに大きな正門が目前に迫っていった。




 正門の監査そのものは、あっけなく終わった。

 都市に関する決まり事の書き連なった書類に対するサイン。それも、普通に過ごしていれば引っかかりようもないものばかりで、署名をするだけで簡単に通ることができた。


 そして今、アルフレッドの目の前にあるのは噴水だった。それも、彼の背丈の二倍ほどもある巨大なもの。

 石造りの道路や建物の周囲には、その噴水を中心に水路が張り巡らされ、そのいずれも噴水へと集められていて、太陽光の反射によって宝石のように煌めいている。

 まさしく、円状の都市であるウルガルムのオブジェともいえる建造物だった。


 感動するアルフレッドをよそに、リーシャはいつもと変わらない様子で宿屋を探す。

 少女の様子に少しだけ嘆息したアルフレッドだったが、彼女を追って路地裏へと入っていった。


「そういえば、どうしてここに来たの?」


「ウルガルムの賢者と呼ばれている人に会いに来たのさ。噂によると、彼が知らないことはないらしいからね」


「……偉い人?」


「いいや、ただのおっさんだよ。知識量が膨大な変わり者でね、その知識が正しいことかどうか証明できないから半可通……つまり、知ったかぶりとも呼ばれてる」


「信用できるの、それ」


「魔王を蘇らせる常識外れの御一行が頼れる人なんて、他にいないだろ? とりあえずその人物がどこにいるか聞き込みから始めようか」


 肩をすくめて答えるリーシャに頷き、アルフレッドは彼女の背中を追いかける。

 そして、酒場らしき店のドアに手をかけた。




「一日かけて手掛かりなし、かあ」


 ウルガルムの端のほうにある木造りの宿の一室で、ベッドに寝ころびながらアルフレッドがひとり天井を見つめていた。

 その天井は暖かい色ながらもいくつか変色している箇所が見つかり、この宿屋の年季の入り具合がうかがえる。


 すでに夕食を済ませていた彼だったが、眠るまでには少しばかり時間がある。

 腹ごなしに外に出歩こうと扉を開けると、小さな悲鳴が正面から彼の耳に入った。

 声の主である少女は栗色の髪に、茶色の瞳で背丈はアルフレッドより一回り小さい。そして何より、アルフレッドは少女の声に聞き覚えがあった。


「あれ、クラリスさんだよね? 同じ宿だったんだ」


「いえ、ここにいると賢者から聞いたので」


「……賢者から?」


「ええ。アルフレッドさんを探しているようでした」


 クラリスはこともなげに言い放つと、周囲を見渡す。

 どこかそわそわしている様子から、おそらくリーシャを探しているのだろうなと漠然と想像し、体を半歩逸らすことでリーシャがこの場にはいないことを証明する。


「リーシャがいたらまずいの?」


「……いえ、賢者はあの人も連れてくるように言ってましたけど。でも私、あの人嫌いです」


「いい所もある……って言っても、難しいよね。わかった、それじゃあリーシャに内緒で行こうか」


「はい。でもその前に一つ聞いてもいいですか?」


「うん、どうぞ」


 アルフレッドの言葉に嬉しそうにうなずくクラリス。

 そして、彼女は彼に一歩近寄ると、


「どうして不死者と生き残りの魔族が仲良く旅をしているんですか?」


「……参ったな。正直君を甘く見ていたかもしれない」


「返事は賢者のところで結構です。それじゃあ、行きましょうか」


 踵を返し、部屋の前の廊下を歩きだすクラリス。

 アルフレッドは月に照らされた彼女の背中を目で追うと、自身の背中に一筋の汗が伝うのが分かった。

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