癒やされたいの?
ずっと前に
今の勤務先が
見つかる前のこと
おれは仕事を探していて
親父から
「おまえはせっかく
仏教系の
学校を出たんだから
お寺の事務仕事でも
やってみたらどうだ?」と
アドバイスされた
親父としては
おれがどんな仕事についても
いいから
とにかく
長続きさえ
してくれればいいと
そう願っていた
おれも当初は
親父の言ったとおりに
しようかと思った
そこで
たまたま知り合った
精神病患者の女に
そのことを
告げたが
その精神病患者の
バカ女は
何を勘違いしたのか
「癒やされたいの?」と
おれに一言だけ言った
おれは黙ってはいたが
その精神病患者の女は
宗教のことなんか
まるで知らない様子だった
信仰を持つというのは
半ば命がけであって
決して日本人が
クリスマスや
教会で結婚式を
挙げることを
連想するような
ロマンチックな
モノではない
その証拠に
キリストが
十字架に
架けられて
処刑された
それがロマンチックな
死に方か?
お釈迦様は
晩年になって
布教先の
村人から
供物として
捧げられた
食べ物にあたって
苦しみながら
入滅した
それが癒やされるような
死に方か?
日蓮聖人は
晩年に過ごした
身延山の
冬の寒さのせいで
お腹を壊してしまい
下痢が止まらなくなった
そのため身延山を
下山して
湯治に向かう途中
今の東京にある
池上で
力尽きて
入滅された
それがなにかに
癒やされるような
死に方か?
要するに
あの精神病患者の
クソ女は
宗教のことなんか
なんにも分かって
いなかった




