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8.  グレン湖

騎士団の演習があるため、コナー達と魔の森に行くことがなかなかできずにいたアデリンはいつも通りの日々を送っている。


「ねぇ、ノアって苦手な科目はないの?」


「……ないな」


「私、勉強を今まで必死にやってきたのにあっという間に追いついて追い越されちゃうんだもの。ノアって凄すぎるわよ」


「あんたが負けないって言ったから、俺も抜かされないよう頑張らないとな」


相変わらず前髪で瞳の表情は読めないけれど、口の端をほんの少しあげたノアをみて、得意げだな、って感情がわかるようになった。


「そうね、勝負だったわね。私、もっと頑張らないといけないわね」


ノアは面白そうに笑った。


初めて会った時より、ノアはだいぶ表情が豊かになったと思う。

ミリーはまだ余りわからないようだけど。

ノアがここでの生活に慣れてきているのなら嬉しいな。



「オリビア様のお加減はいかがかしら」


オリビアがしばらく体調を崩していたと聞いていた。


「あー起き上がれるようにはなったよ。……あんたに会いたいってよく言ってる。良かったら、一度母に会ってくれるか?」


「ええ、ええ、もちろんよ。私もオリビア様とお話したかったもの。オリビア様の体調がいい時に是非お願いしたいわ」


「ありがとう。伝えておくよ」


ノアの表情が心なしか不安そうに見える。

オリビア様のことが心配なんだろうな。


「午後からオスカーと一緒にグレン湖へ泳ぎに行くの。良かったらノアも一緒に行かない?」


「あんたは泳げるのか?」


辺境伯領には湖川が多いので、不慮の事故などに備えてアデリン達はもちろん、領民の子供達も遊びを兼ねて泳ぐ練習はしっかりさせられる。


「ここでは、領民の子供も令嬢も泳ぐのよ。ノアは泳げるの?」


「はは、もちろんだ。水の中は大好きだ」


ノアが嬉しそうに笑った。


オスカーはすっかりノアに懐いている。

二人はソーラス騎士団の騎士達と一緒にほぼ毎日鍛錬しているらしい。

アデリンも行儀作法やダンスの練習よりも、鍛錬の方が面白そうでいいなと羨ましい。


オスカーとミリーは護衛騎士のハリーが漕ぐボートに乗り込み、湖の沖へと向かった。

オスカーはまだ上手く泳げないのでボートで沖まで行き、浮き袋をつかいながらハリーと泳ぎの練習をするのだ。


湖の水際で足首まで浸かりながら、ボートに手をふって見送る。


「あんたもボートに乗らなくていいのか? 沖まで結構距離がありそうだが、泳げるのか?」


ノアが珍しくアイデンへ揶揄うように話しかけてきた。


「ふふふ、私は泳げますよ。ノアはどうなの? 今なら、まだボートに乗れるわよ!」


「俺は得意だから大丈夫だ。それにしてもここの湖の水はすごく……綺麗だな。」


「そうなの! 水がすごく澄んでいるでしょ。ここら辺の浅瀬だと、お魚がよく見えるわよ」


「あー水質というより……これは魔力か? この湖は浄化されているのか?」


水面をじっと見つめながら、ノアが呟いた。


「すごいね、ノアはわかるの? そうだよ……私が浄化しているの」


「この湖を? 魔獣や魔魚が出たのか?」


「ううん、出ていないよ。というより、出ないように浄化しているの。

……もしかしたら水竜が立ち寄ってくれるかもしれないから……」


「……水竜のため??」


「えへへ……そうなの」


よほど驚いたのか、ノアの口がわずかに開き、目が瞬いているのがわかった。


私にとっては、当たり前のこと。

もしかしたら水竜がやってくるかもしれない湖を浄化して、居心地よく整えているだけ。

魔獣や魔魚がいてはゆっくりできないだろうから……。


「この湖全体に浄化をかけているのか?」


いつもの飄々とした顔に戻ったノアがさらに聞いてくる。


「ええ、全体に浄化魔法をかけているわ。本当は一度で全体を浄化したいのだけど、前に魔力切れで倒れて怒られてしまったから、半分に分けてやっているのよ」


「そうか……水竜のために頑張っているんだな」


掛けられた言葉に驚き、ノアを思わず見あげると微笑が口角に浮かんでこちらを見ていた。


まさかノアに頑張りを認めてもらえるとは思ってもいなくて、不意をつかれて狼狽えてしまう。

ノアの優しい表情に胸がどきんと跳ねて顔が赤くなっていくのがわかる。



「ここは浅瀬だけど、あの色が変わるところから一気に深くなるのよ。私、泳いでくるね!」


動揺を悟られたくなくて、ノアへ言い放つと十分な深さのところまでじゃぶじゃぶと浅瀬を歩くと、水の中に身を踊らせた。


(気持ちいい)


さっきまで熱を持っていた顔が、水で冷やされる。

不意打ちはずるい。

あんな優しい顔をするなんて。いつもの無愛想なノアはどこに行ったのよ。


アデリンはしばらく潜ったまま水中を移動する。


(水竜はいないかしら)


水竜がいないだろうかと、湖底や岩陰へ目を向けて探す癖が幼い頃からついてしまっている。


ふと、何かの気配を感じて左右を見渡した。

ちょうど太陽の日差しが水中に差し込んでいる光の筋の向こうに何かがいる。


(……水竜?)


ドクンと心臓が跳ね上がる。

白い何かが水中を上下左右に体をうねり、回転しているのが見えた。

まるでダンスのようにも、魚が戯れているようにも見えた……。

差し込んでいた光の筋がそれを照らすと、光り輝く空間の中で神々しさが加わった。


(……ノア!!)


驚きが全身を貫く。

ノアの白い服が水中でたなびき、光沢した黒髪がゆらめく。

動きが止まり、強い輝きを宿した琥珀色の双眸がアデリンの瞳を捉えた。


(水竜?)


端正な顔立ちが更に厳かな雰囲気を纏っていて、水竜の化身かのようにも見える。

胸の息苦しさを覚え、ふっと我に戻ったアデリンは慌てて水面へ向かう。

下の方を見ると、ノアがアデリンを見上げていた。


本当に綺麗な顔。

前髪をあげればいいのに……。


そんなことを思いながら水面へ大きく顔を出した。


先ほどの光景が頭から離れない。

心臓がばくばくと痛いくらい激しく動悸している。

心の動揺を抑えようと立ち泳ぎのまま深呼吸を繰り返す。



(ノアはまだなの? 上がってこないわ)


あれからしばらく経っているはずなのに、一向にノアが水面へ出てきた気配がない。


(まさか溺れてる?!)


怖くなって探しに潜ろうと息を吸い込むと、ノアがアデリンの近くに顔を出した。


(よかった!!)


濡れそぼった前髪を後ろに撫でつけ、琥珀色に輝く双眸がアデリンを見る。

いつも通りの飄々とした様子に、心配していた気持ちが空回りしたようで不満に思った。


「ノア!! すごく心配したのよ! こんなに長く潜っているから溺れたのかと思ったわ!!」


自分でもひどい八つ当たりだとわかっている。

なんだかやるせない気持ちになって、涙が出そうになるのを堪える。

言いたいことを言ってしまうと、自分勝手な酷い態度に気がついて頭の中が真っ白に溶けていく感覚に襲われた。


血の気がひき、立ち泳ぎしている足がもつれる。


アデリンが(あ、だめだ)と思った瞬間、自分の腕に温かさを感じると同時に引っ張られた。

気がつくとノアがアデリンの腰に手を回し、抱え寄せている。


「ごめん……心配してくれたんだ?」


湿った甘い声がアデリンの耳元から聞こえる


(ノアの声?)


ノアの腕から離れようとするも、体がまだ思い通りに動いてくれない。

それでも、なんとか胸を押し退けてノアを見ると、蕩けるような光を湛えた琥珀色の双眸に捕われる。


「暴れると溺れるぞ。俺に捕まっていて」


ノア?


──こんな甘いノアなんて知らない。


ノアの腕に囚われていることに、心がざわめいて、胸はぎゅっと苦しくて、なのに居心地良くも感じてしまう。触れるノアの腕や胸は、鍛錬しているだけあって鍛え上げられていることがわかる。顔が火照ってくるのがわかった。

耐えきれなくなったように、ノアがクックックと喉を鳴らして笑っている。

揶揄われたとわかっていても、アデリンは少し温かさから離れがたくて目をそらしてノアに身を預けた。


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