7. 憧れの背
カイル竜騎士団長と竜騎士2名がワイバーン2頭を連れて訓練場へやってくる。
既に騎士団や城内の使用人にはアイザックからオリビアとノアのことを伝えているようで、竜騎士二人もなんの戸惑いもなくノアに接している。
騎乗の感覚を掴むため、まずは2人乗りで飛ぶようにカイル竜騎士師団長から指示がくる。
二人用の鞍が用意され、ワイバーンの両翼の根元に手綱を取り付ける。
「お二人とも乗馬の経験はございますね。手綱の使い方は乗馬と同じです。ただし、今回は手綱を使わない騎乗方法を習得していただきます」
手綱を使わずに、騎手とワイバーンが意思の疎通をとりながら飛ぶ。ソーラス竜騎士団の能力が王家のものより高いと言われているのは、竜騎士がこの騎乗方法を使いこなしているからだとも言われている。国境と魔の森の脅威が身近な辺境伯領だからこそ、生み出された騎乗方法だろう。
「戦場でワイバーンと共に戦うことを想定した乗り方となります。魔力が必要なのですが、アデリン様もノア様も魔力量は多いと伺っておりますので、この騎乗方法で訓練を進めさせていただきます」
乗り手の魔力とワイバーンの魔力を同調させ、“通力”と言われる状態にする。それによって手綱を使わずに自在に騎乗者の意志をワイバーン伝えることができるのだ。
弓など両手が塞がる武器を戦闘中に使用できるため、竜騎士には必要な技術だ。
「まずは竜騎士が一緒に乗って、操縦方法をお見せいたします」
ワイバーンが翼をたたみ、乗りやすいように座ってくれた。首の辺りを撫でて「ありがとう」と伝える。
多少よじのぼる感はあったけれど、竜騎士の前に乗り込んで鞍に跨る。
(やっとワイバーンと飛べる! 嬉しいわ!)
アデリンは興奮が抑えられず、頬が緩みっぱなしだ。すでにもう1匹のワイバーンに跨り、位置についていたノアが食い入るようにアデリンを見つめているのを感じた。
女性が鞍に跨ることに驚いたのかしら。
乗馬でも女性は横乗りが基本だから……女性が鞍を跨ったら、やっぱり驚くわよね。
アデリンは乗馬の時でも鞍に跨るため、乗馬服のスカートは足を開いても問題がないよう、かなり裾が広がったものになっている。
これからもこうやって乗るから、ノアには慣れてもらうしかないわね。
竜騎士がワイバーンの魔力と同調させると、ワイバーンが翼を広げ、ゆっくり大きく上下させて地上からそっと離れた。
数度の羽ばたきであっという間に、城の一番高い塔の先端まで昇る。
アデリンは大きく目を見開き、憧れていたワイバーンの背中からの景色を食い入るように見た。
飛んでいる!!
(私、ワイバーンの背中に乗って空を飛んでいるんだ!!)
ひしひしと嬉しさがお腹の奥から込み上げてきた。
編隊飛行で横に並んでいるノアの方を見ると、風で長い前髪がなびき、目尻の上がっている大きな目が見えた。
端正な顔立ちがはっきりとわかり、一瞬見惚れてしまう。
(やっぱりノアの横顔はきれいだなぁ)
アデリンの心の内側に小さなさざ波がたった。
興奮でノアの琥珀色の瞳は光り輝いているように見え、口元が綻んでいる。
ノアも楽しんでいるみたいでよかった。
「お嬢様、今から速度をあげますので、魔術で前方に風よけを作りますね」
竜騎士が風圧を避けるため前からの風の流れを変える防御壁を作ってくれた。
城の周りを3周し、通力を使ってのワイバーンへの指示や誘導の仕方を教わって、訓練場へ静かに降り立った。
次は一人ずつ騎乗する。
まずは地上で自分の魔力とワイバーンの魔力との同調の方法をラウル竜騎士団長から教わり、早速実践してみる。
自分の魔力の流れを意識しながら、ワイバーンの魔力を探る。
ワイバーンが騎乗者を認識している状況の方が、ワイバーンの魔力を感じ取りやすいため、初心者の二人はワイバーンの首元を触りながら魔力を探っていく。
アデリンはワイバーンの首元のひんやりとした光沢のある黒い鱗を触りながら、ワイバーンの魔力を探った。
目を閉じて集中する。
すると、光る細い紐のようなものを感じた。
(これがワイバーンの魔力だわ!)
自分の魔力をワイバーンの魔力に結び繋ぐようにイメージしていく。
(あ、できたわ!)
ワイバーンと繋がった感覚が体の中を駆け巡る。
思わず、嬉しさに飛び上がりそうになる。
「それでは今から一人ずつ乗ってください。城の上を3周して、またここへ戻ってきてください。お二人の近くにそれぞれ竜騎士がお供しますが、くれぐれもお怪我のないよう無茶はしないでくださいね」
最後の言葉はアデリンに向けたものだったようで、カイル竜騎士団長が片目を瞑って微笑む。
(はい、羽目を外さないよう気をつけますね)
今度は1人用の鞍に乗り込み、ワイバーンの首元を優しく撫でた。
(よろしくね。楽しく飛ぼうね)
ワイバーンも早く私と飛びたがっている……そんな感覚を体の中で捉える。
横のノアを見ると、優しい顔でワイバーンの首元を撫でていた。
あんな優しい顔ができるんだ。
「ノア」
呼びかけると、ワイバーンへ向けていたのと同じ優しい顔がこちらを向いた。
また、胸に小さなさざ波がたつ。
「楽しいね」
声をかけると、薄い唇が綺麗な弧を描いた。
「よし、いくわよ!」
声に出して前をむく。
通力を使ってワイバーンに緩やかな上昇を思い描きながら指示をすると、大きく翼を羽ばたかせ優しく静かに地面から離れる。
城の一番高い塔よりも高いところまで上がり、ゆっくりと羽ばたきながら城を旋回する。
(ひとりでワイバーンに乗って飛んでいるわ!)
空気を切るワイバーンの翼の音だけが聞こえる。黒く輝いている鱗を持つワイバーンの頭向こうに、アンスバッハ山脈の稜線、陽の光に輝いてエメラルドのように輝いているグレン湖が見える。
何もかもが愛おしく感じて、胸が熱くなる。
風の魔術で防御壁を作り、風圧を避ける。
横を飛んでいるノアも防御壁を作ったようだ。
輝いている琥珀色の瞳がアデリンを見る。
ノアの口元が緩んでいるように見える。
アデリンも応えるように、にっこりと微笑み返す。
ノアが目を細めたような気がした
城を3周まわった私たちは、その後低空飛行や急転換の仕方など戦闘訓練も兼ねた特訓を受け、合格をもらった。
「楽しかったー!!ワイバーンと魔力を繋げたのよ。まるでワイバーンと一体化したかのようだったの。自分の行きたい方向へ、思う通りにワイバーンが動いてくれたのよ。身体中でワイバーンを感じられて、すごく幸せだったわ。カイル竜騎士団長からは合格を貰えたし、これで遠くの魔の森まで足が伸ばせるわね!!」
訓練場からの帰り道、興奮冷めやらぬアデリンはミリーに話し続ける。
ミリーは笑いながら聞いてくれた。
少し前を歩いていたノアがぎょっとしたように振り返った。
「本当にあんたが魔の森に行くのか?」
「ええ、馬で行けるところはほとんど行っているもの。薬草を採取しに行きたいし、魔獣が出たら鍛錬の成果を兼ねて実践もしたいわ。それに、次はせっかくだから、ワイバーンで遠出をしてみたいわ」
にこにこと微笑みながら話すアデリンにミリーが提案をする。
「その時は、美味しいお弁当を料理長にお願いしましょう。城内の薬師に必要な薬草を聞いておきますね」
「ありがとう。お父様に承諾をいただいたらコナーと日にちを決めないとね」
ミリーとのやりとりに、ノアが眉を顰める。
「薬草を取りに貴族令嬢が魔の森に行くのか?! あんたはどんな武器を魔獣相手に使うんだ?」
「うふふ、薬草が必要な人たちがいて、自分に薬草を取りに行ける能力があるなら、使わないと勿体無いわ。私は弓が得意なの。剣術も習ってはいるけれど、剣だと力負けしてしまうのよね。
そういえば、お父様が魔の森へ行く時はノアも一緒にっておっしゃっていたわね。ノアは攻撃魔術や剣術はできるかしら?」
「ああ……できるが……」
「そうなのね。ノアは何の武器を使うの?」
「剣かな。魔術も使える」
「そういえば、ノアは魔力量が多いって竜騎士団長も言っていたわね。ね、ノアもワイバーンに乗って薬草を取りに行ってみたくない? 貴重な薬草が高山に多く生えているから、今の時期にちょうどいいわ」
ワイバーンの遠乗りに想いを馳せていたアデリンには、ノアの呟きは届かなかった。
「魔力が多くてもコントロールが上手くできないと意味がないんだ……」
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